第76話 ロミー准尉の策略








 俺の走りだしたタイミングに合わせて、見張り塔からバリスタの槍が射出された。


 その槍は俺の目の前の重装歩兵を盾ごと吹き飛ばす。


 中々良いところへ撃ち込んでくれるじゃねえか。


 見ればメイケが小さく手を振っている。


 おかげで敵の密集隊形が乱れる。


 そこへ俺は無謀むぼうにも斬り込んだ。


 俺が斬り込んだ瞬間はまだ敵重装歩兵は取り乱したままだったが、実戦経験が豊富な連中らしい。

 直ぐに体制を立て直し俺を取り囲んで来る。


 だが、そこへ再びバリスタから槍が撃ち込まれた。

 それも一本ではない、全部で三本か。


 いつの間にかに正面門にバリスタが三基出張っていた。

 奴らから奪ったバリスタも入っている。


 これで見張り塔のバリスタに加えて、全部で四基のバリスタが敵の行く手をはばむことになった。


 しかし根本的な問題がある。

 我々には投射武器という強みだけしかない事。

 

 通常ならばそう言った武器を使って敵の隊列を乱し、そこへ歩兵を突っ込ませるのだが、我々にはその歩兵がいない。

 えて言うならば俺だけ。


 これでは敵が強引に接近してきたら成す術がない。


 案の定、後方に控えていた歩兵部隊がが正面門へと行進を始めた。


 バリスタの装填そうてんには時間が掛かるし、強力とは言え一度の射撃で倒せる人数はそれほど多くはない。

 ましてや今いる敵の数は二百人を超える。

 それとあの楯で防御した亀甲隊形は強固だ。

 一人二人倒しても、直ぐに後列の歩兵が前に出て来て、倒れた歩兵の代わりをする。


 とてもじゃないが倒しきれる訳がない。


 だがバリスタの横に少女らが整列を始めた。

 

 クロスボウの一斉射撃の体制だ。

 いや、少し違う。

 お互いの間隔を空けて整列している。

 

 スカーミッシュ隊形か?!


 指揮をしているのはラムラ伍長。

 ソニア分隊とラムラ分隊の二個分隊二十人だ。


「第一列、放て~っ!」


 最初に一列目が斉射すると、二列目が前へと歩み出で交互に斉射と前進を繰り返す。

 この繰り返しで徐々に敵との距離とを詰めていく。


 しかしいつもとは違い、指揮するラムラ伍長の手ぶり身振りが大げさに見えるんだが。

 それに後列からの命令でなく、一番前に立っている。


 心意気は認める。

 でもこれだと敵との接近戦になる。

 投射部隊が自ら接近戦をしてどうする!

 

「よせっ、下がれ~!」


 戦いながらも俺が叫ぶも、俺の声が聞こえないのか聞こえていても従わないのか、彼女らは一斉引こうとしない。


 ラムラ伍長が大きく手を振る。


「放て~!」


 バリスタで防御陣形が乱れた場所を狙って撃ち込んでいるようだ。

 斉射するたびに確実に敵兵が地へと沈んでいく。


 それでも敵の数が多すぎる。


「“魔を狩る者”を討ち取って名を挙げよ!」


 敵の小隊長が士気を高めようと必死だ。

 俺の周りには敵兵が囲んでいて、少女らの所へは向かえそうにない。


 アリソンの死が、そして先ほどの少女の遺体が頭をぎる。


「はああっ!」


 俺は左腕の手斧を投げつける。

 まだ違和感が抜けないが、なんとか投げることは出来た。


 投げた手斧は敵の叫んでいる小隊長へとクルクル回転しながら向かう。


「押せ、押し切るん――ふごっ!」


 見事に小隊長の眉間に直撃して額をカチ割った。


 その場によたよたと崩れる様に倒れていく。


「次はどいつだ!」


 そう叫びながらも敵の首を斬り飛ばす。


 敵がたじろぐ。


 しかしその頃には少女クロスボウ部隊と別の敵歩兵が接近していた。


「ええい、どけっ!」


 なんとか少女クロスボウ部隊に近づこうとするが、敵がそうはさせてくれない。


 そこへ、鉱山砦から何かが投げ込まれた。

 どうやらゴブリンから奪ったカタパルトから射出されたものらしい。


 空中を飛んでいくその塊は、最初岩かと思ったんだがそうでないらしい。

 俺にはそれが土の塊に見えた。

 だがその土の塊には葉っぱが生えている。


 その土の塊は、敵の重装歩兵部隊の盾に防がれる。


 何の衝撃も与えられずに、その土の塊は周囲に土をばらまいた。


 敵の重装歩兵は呆気あっけに取られた様子だったが、それも直ぐに変わる。


 土が散らばった後に中から出て来た物、それは『マンドレイク』だったからだ。


「ギャアアアアアアアッ!」


 マンドレイクの叫び声が響き渡る。


 くそ!


 俺は耐え切れずに片膝かたひざを突いて両耳を塞(ふさ)ぐ。


 マンドレイクは地面に着地すると、潜(もぐ)れる柔らかい土を探して辺りを走り回る。

 もちろん叫び声を上げながらだ。


 それを近くで耳にした敵は、次々に気を失っていく。

 そうでなくても最早戦闘どころではない。


 多くの敵兵が耳を抑えながらしゃがみこみ、うめき声を上げる。


 マンドレイクを土ごとカタパルトで投射しているのか。

 それでロミー准尉はゴブリンのカタパルトを回収していたのか。

 となると、これはロミー准尉の策略さくりゃくか。


 両耳を抑えながら後ろを見ると、見張り塔の上から戦場を眺めているロミー准尉がいた。


 ということは……


 俺は視線をクロスボウ部隊へと移すと、少女らは全員が耳栓をしている。

 なるほど、それで大げさな手ぶりと身振りだったのか。


 さらにマンドレイクが投射される。

 こいつはまた大きな個体らしく土の塊もデカいし、何より出ている葉っぱが大きい。

 敵兵の隊列の直ぐ近くに着弾するや否や――


「ギャアアアアアアアアッ!!」


――土の中から大きなマンドレイクが飛び出し叫び出した。


 こともあろうか、そのマンドレイクは敵歩兵の隊列の中へと走り込んだ。


 敵歩兵部隊は大混乱どころではない。

 気絶する者多数で、隊形は大きく崩れる。


 おうふっ、ちょっと待て。

 俺も戦闘行動が取れないぞ。

 ってゆうか、俺が気絶すること考えなかったのか!


「うぐ、ぐぐぐぐ」


 俺は歯を食いしばって叫び声に耐えながら立ち上がる。


 そしてゆっくりと耳から手を放してみる。


 耐えられなくは、ない……いける。


 俺が前へ進もうとすると、俺の肩を叩く者がいた。

 振り向けば、そこには耳栓の上から耳を抑えるロー伍長がいた。

 耳栓をしているのにつらそうだ。


 それで何かと思えば、自分の持っていた剣を俺に差し出した。


 そう、あの魔剣をだ。


 聞こえないとは思うが一応俺が「いいのか?」と問うと、ロー伍長は「貸すだけじゃ」と断りを入れて大きくうなずく。


 マンドレイクの叫び声が止まる。

 土の中へと潜ったようだ。


「そうか、なら遠慮なく使わせてもらうぞ!」


 俺は魔剣を左手に持ち、右手に剣を持って敵部隊を見据みすえた。


「さて、貴様ら、どうしてくれようか!」







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