第75話 大部隊が現れた









「容態が悪化した」と言われ救護所に駆け付けたのだが、その時にはすでにアリソンはこと切れていた。

 安らかに、まるで眠っているかのような死に顔だった。


 俺はその場で両膝りょうひざを突いたまま、しばらく動けなかった。


「ボルフ隊長、アリソンは助かるんですか」

「なんで何も言ってくれないんですかっ」

「うううう……アリソン、目を開けてよおっ」


 少女らの言葉が耳に入るが、それはすべて雑音にしか聞こえなかった。


 アリソンの死は鉱山砦の少女らに衝撃を与えた。

 この小隊が出来てから負傷は何人も出たが、戦死者は一人もいない。

 小隊の誰もがそれが普通に感じていた。


 だから余計に死というものを受け入れられない。


 特にアリソンが所属していたラムラ分隊のメンバーは、それが顕著けんちょに現れた。


 一日中泣いている者。

 ボーっとただ座り続ける者。

 何かをブツブツと言い続ける者。


 その中でも特にひどかったのがラムラ伍長だった。

 あの気の強いラムラ伍長がだ。


 頭を抱えて一日中ずっと自問自答している。


 ラムラ分隊の少女の半数がこんな状態だった。

 こうなってはもう兵士として失格だ。

 心が折れた兵士は戦うことが出来ない。


 メイケはかつてはラムラ分隊にいた事がある。

 だからメイケもかなりショックが大きかったはずだ。

 だがそれでも心が折れてしまったラムラ伍長に付き添っていた。


 そんな中、俺も相当なショックを受けていた。

 

 かつて多くの戦友を失くしてきたが、今回のような気持になったのは初めてだ。


 怒り?

 胸が張り裂けそうな感情?

 何か大切なものが抜け落ちた感覚?

 

 空に向かって叫びたい衝動しょうどうに駆られる。


 このままではいけない。

 この状態で敵が攻めてきたら総崩れになる。

 それくらいは考えられたのは救いか。


 俺は冷静になろうとした。


 そして決断する。

 俺はラムラ伍長を会議室に呼び出した。


「ラムラ伍長、貴官と貴官の分隊は少し休養が必要と判断した。今度は後方のラベンダー村の守備を命ずる。しばらくラベンダー村を守ってくれ。交代の部隊が到着したら後方へ向かってくれ」


 形としては、後方への左遷である。

 今の俺にはこれくらいしか考えられなかった。

 ラムラ分隊の空気を他の小隊メンバーに伝染させたくなかった。


 もちろんロミー准尉には了承済み。

 恐らくこの砦では彼女が一番冷静だ。

 小隊の少女らとそれほど長く過ごしていないからだ。


 ペルル男爵には伝書カラスで連絡するが、交代の部隊が用意できないかもしれない。

 ラムラ伍長が何と言おうとも、分隊は後方へ行ってもらうつもりだ。


 しかしラムラ伍長はその話の最中も自分の足元を見つめたまま、小さい声で「……はい」と返事をしただけで反論の一つもなかった。


 そして俺に視線を一度も合わせずに、ラムラ伍長は静かに部屋を出て行った。


 誰も居なくなった会議室で一人、俺は途方に暮れる。


 俺はアリソンとはあまりからんではいないにも関わらずこれだ。

 ならば、もし、もっと近い少女、例えばアカサ、ミイニャ、メイケなど一緒にいる時間が長い彼女らが戦死してしまったら……

 

 恐ろしかった。


 考えたくもなかった。


 だけどここは最前線。

 あり得ない事じゃない。


 その時、俺はどうなってしまうのか。


 “魔を狩る者”、“地上の悪魔”などと敵味方から恐れられてきたんだが、フタを開ければ普通の男だっただけの事だ。

 それを考えたら何だか笑えてくる。


 誰もが落ち込む中、ロミー准尉だけは普通であり、戦場で放置されているカタパルトを回収させている。

 前にゴブリンと戦った時のものだ。

 多少壊れてはいるが、修理すれば使えるという判断らしい。

 初めて仕事らしい仕事をしているな。

 とは言っても指示を出すだけなんだが。


 それから数日がたった頃、伝書カラスがペルル男爵の手紙を持って来た。

 その内容は一個小隊の援軍を送るというもの。

 ラムラ分隊との交代部隊でもある。


 俺達の少女クロスボウ小隊の活躍で、後方では次々に少女だけの部隊が作られていて、一気に兵士数が増えたかららしい。

 

 一週間もすればこの鉱山砦に到着するという。

 これでラムラ分隊を休ませることが出来る。


 そして報告のあった援軍の一個小隊が到着する予定の日のことだった。


 偵察へ出ていたマクロン伍長が慌てた様子で部屋に飛び込んで来た。


「ボルフ隊長、人族の部隊が砦に近づいてきます!」


 こんな時にか、とは思うが、どうすることも出来ない。


「分かった、今行く」


 俺はポツリとそう返答した。


 俺は見張り塔に登り報告のあった人族の部隊とやらを見た。

 確かに人族の部隊。

 それもかなりの数、二百人はいる。

 ということは一個中隊か。

 

 物々しいあの感じは、少なくても味方ではないな。


 いつもなら戦闘意欲にき立てられるんだが、今はそういう気にはならなかった。


 まるで日常の出来事のように感じる。


 だが、その部隊の部隊旗を見て違う感情が沸き上がった。


「おい、あの部隊旗……アーポ・アルホ子爵の紋章、ってことはパシ・ニッカリが来てるのか!」


 思わず声を荒げた。


 そして数百人はいる兵士の中にいるパシ・ニッカリの姿を見つけた。

 負傷で歩けないらしく台車に載った椅子に座って周囲に命令を出している。


 それを見た瞬間、俺は二つの負の感情が沸き上がってきた。

 それは「怒り」の感情と「後悔(こうかい)」の感情。


 それはアリソンの復讐の怒り、そしてあの時パシ・ニッカリにとどめを刺さなかった事への後悔こうかいだ。


 俺は見張り塔を降りると、そのまま正面門へと進んで行く。

 恐らく俺は凄い形相ぎようそうをしている。

 

 少女らが次々に道を開けるくらいに。


「門を開けろっっ!!」


 門番の少女が「ひっ」と小さく叫びつつも門の扉を開ける。


 正面門を抜けると、敵部隊が陣形をとって俺の正面へと進んで来る。


 重装歩兵一個小隊五十人による密集隊形だ。

 その後方には残りの部隊、三個小隊が陣を引いている。

 

 重装歩兵の兵士は金属製の兜を被り、部分的に金属を使った革鎧を身にまとい、大きな盾を構えながら長槍を突き出し前へと進んで来る。

 隊列を乱さないように進むため、その歩行速度はゆっくりだ。


 見張り塔からクロスボウを射かけると、大きな盾を張り巡らしボルトは盾に突き刺さって防がれる。

 亀甲隊形という防御の隊形だ。

 小隊長の掛け声で一斉に隊形を変化させるその姿は、決して新兵が出来るレベルではない。

 第一線を潜り抜けて来た強者つわもの達の部隊なんだろう。


 俺は剣を抜いた。


 左手には手斧を持つ。


 見張り塔ではバリスタの準備をしているはずだ。

 さすがにそれを喰らえばこの亀甲隊形も乱れるはず。

 俺はその乱れた所へ斬り込むつもりだ。


 しかし、唐突に敵部隊は止まった。


 そして敵の密集隊形の中から何かが押されて出て来て、部隊の前に放り投げられた。


 ゴロリと転がったそれは人族の遺体だった。

 

 見慣れた服装と装備。


 チェニックの服に矢筒、そして小剣の装備。


 鉱山砦から悲鳴が上がった。


 その遺体は我々と同じ格好をした少女兵だった。


 考えられることはひとつ。

 増援に来る予定の小隊の少女兵。


 何てこと、何てことをしやがるんだ。


「お前ら……生きてこの地から、帰れると思うなよぉっ!」


 俺は叫びながら走り出した。





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