第74話 勝利の代償





「雷神!」


 その言葉を発する瞬間、俺は持っていた剣を“アメフラシ”の頭上に投げた。


 俺の取った行動の意味が分かったのか、怒りの表情をする“アメフラシ”。

 だがすでに魔法は放たれていた。


 俺の投げた空中の剣に複数の稲妻が落ちた。

 

 それは“アメフラシ”の頭上でもある。


 バリバリバリっというもの凄い轟音が響き、稲妻が投げた剣を中継して“アメフラシ”へと降り注ぐ。

 そして周辺の木々と共に“アメフラシ”も焼け焦げる。


「ぐがあっ!」


 だが奴が自分の魔法にある程度の耐性を持っていることも俺は知っている。

 この程度じゃ死なない。


 詠唱開始。

 左手で印を組む。


 腰に差した手斧を右手で引き抜く。


 鎧に埋め込んだ魔石が発動する。


 早いな。

 今までの半分の時間も掛からない。


「これで終わらせてもらう、シャドウ・アロー!」


 俺の投げた手斧が回転しながら“アメフラシ”に飛んでいく。

 全身黒焦げ状態のくせにまだ立っていやがる。


 命中する寸前で手斧は槍の柄で防がれるも、シャドウ・アローの発動でそれを叩き折る。


 それでも手斧は止まらず、“アメフラシ”の胸に突き刺さってやっと止まる。


 再び悲鳴。


「ぐあっ!」


 奴の悲鳴に加えて周囲にいた兵士らの悲痛などよめきも聞こえる。


 ひざを突いた“アメフラシ”は、自分の胸に刺さった手斧にを引き抜こうとする。

 だが、もうそんな力でさえ残されてはいない。

 残されているのは俺に鋭い視線を送るくらいだ。


 俺は虫の息の“アメフラシ”の側に立ちつぶやいた。


「悪いな、お前の手札は知り尽くしている」


 するとその場に崩れ落ちる“アメフラシ”。

 だが最後の力を振り絞って言葉を返す。


「“地上の悪魔”か……さすがだな……」


「おい、その二つ名はどこで聞いた?」


「ふっ……決まって、いる……だろ……」


 そこまで言って動かなくなった。


 “地上の悪魔”、それは魔族の間で言われている俺の二つ名だ。

 人族の間ではあまり知られていない名だ。


 俺は動かぬ人となった“アメフラシ”に声を掛ける。


「これは戦利品として貰っておくぞ」


 俺は黒焦げになった手から指輪を抜き取る。

 昔からこいつが自慢げにしていた魔法の指輪だ。


 そして黒焦げになった自分の剣を拾い、周囲を一瞥いちべつする。


 すると敵の兵士達が後ずさる。


 視線をパシ・ニッカリに移すと、奴は瀕死の状態で護衛の兵士から手当てを受けている最中だ。

 手当てをしている兵士の手には高級そうなポーションが握られている。

 あのポーションなら奴は助かるかもしれない。


「早くそいつを連れていかないと死ぬぞ?」


 俺がそう言うと、小隊長らしい人物が慌てて退却の命令を出した。


 本当のことを言えば、これだけの人数を相手に戦うのは避けたかった。

 人族一個小隊五十人は無理ってもんだ。

 撤退してくれなければ大変なことになっていた。

 今の戦いで身体もボロボロだし。


 助かった……


 俺がその場に座り込んでいると、周囲に気配を感じて立ち上がる。


 すると木の陰からひょっこり顔を出す面々。


「おい、俺は砦に戻れと言ったはずだぞ」


 そこにいたのはラムラ分隊の少女達だ。

 負傷しているアリソンでさえ、ここへ集まっている。


 するとラムラ伍長に言い訳がひどい。


「ボルフ隊長、と、砦の方角を間違えました!」


 こいつ……見え透いたうそを。

 だが俺は怒る気がしない。

 逆に『嬉しい』という感情が湧いてくる。

 そんな感情がバレない様に俺は冷静さをよそおいながら答えた。


「まあ、良い。アリソンの傷は大丈夫そうだな。なら引き返すぞ」


 するとラムラ伍長。


「あれ、ボルフ隊長。何ニヤついているんすかねえ?」


 あ、ちょっとイラっとしたぞ。

 しかしこいつ、目ざとい奴だな。


「なあに、あいつらバリスタを置いてったからな」


「バリスタ、ですか?」


 俺が指さすと、そこには台車に載った二基のバリスタが置かれている。

 ついでに各種荷物も山積みだ。


「戦利品だ。持って帰るぞ」


「えっと、まさかこれを……」


 俺はニヤリとしながら答える。


「そうだ、お前らが人力で引っ張るんだよ」


 俺の言葉を聞いてラムラ伍長がジト目でこっちを見ながら言葉を漏らす。


「悪魔……」


「そうだ、俺は“地上の悪魔”だからな」




 *   *   *




 苦労しながらも俺達分隊は戦利品のバリスタを引っ張り、無事に鉱山砦まで戻って来れた。

 

 戦利品のバリスタを見て大喜びする砦の少女達に迎えられての凱旋がいせん

 ラムラ分隊の少女らも自慢げだ。


 途中心配したアリソンの傷も悪化することもなかった。

 若さだな、これは。

 年を食ってる兵士だったら、傷が悪化してもおかしくないほどの重傷だ。


 だが、鉱山砦に到着した翌日にアリソンの症状が悪化した。

 

 傷口を見れば黒く変色し腐り始めている。

 それに熱にうなされ苦しそうだ。


 これは毒におかされた時の症状。

 最悪だ。


 やはりレッサーポーションではその場しのぎだったってことだ。

 それにこの種の毒に対しては、一時的な効果しかない。

 それが余計に毒の存在を解りにくくした。


 くそ、なんで直ぐに俺は気が付かなかった!


 だが医者のところへ行くにはここからは遠すぎる。

 到着するまで体力が持たないだろう。


「ボルフ隊長、なんとかしてください。アリソンを助けてください!」


 少女らが懇願こんがんするが、俺にはこれ以上対処しようがない。


 せめて毒消しの薬草をと、総出で森の中を探し回った。

 数時間掛けてやっと見つけた一株の毒消し薬草。

 

 少女らはこれでアリソンは助かると思ったんだろう。

 しかしここまで悪化してしまっては効果は薄い。

 これで助かるのは十人に一人ほど。


 すぐに気が付いていれば、腕を斬り落とすことで命は取り留められたかもしれない。


 だが毒はすでに全身に回ってしまっている。

 あとは彼女の自然治癒の力に頼るしかない。




 そして鉱山砦にアリソンが到着して三日目の朝のことだった。





 

 アリソンがこの世を去った。







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