第73話 アメフラシ






 兵士らのざわめきとパシ・ニッカリの悲鳴が響く中、俺は自然と草むらの中から立ち上がる。


 アカサに「ラムラ分隊へ戻れ」と告げて俺は一人歩き出した。


 それでもキョトンとするアカサにもう一度言う。


「ラムラ伍長に伝えろ、砦に戻れと。そして防備を固めろと。これは命令だ。早く行けっ!!」


 俺の強い口調にアカサは慌てて走り出す。


 俺は“あいつ”を知っている。

 あの鋭い目。

 かつて共に戦った事がある。


 俺はゆっくりとした歩調で歩いて行くと、奴は俺を正面に見据えるように立ち直す。


 俺が出て行くと兵士らが、俺を指差して騒ぎ出す。


 どうやら俺の事を“魔を狩る者”と叫んでいるようだ。

 それは都合が良い。

 おかげで敵はパニック状態。


 だが、その中で“あいつ”だけは落ち着いた様子で俺から目を離さない。

 やせ細った身体だが、そのたたずまいから出る異様な雰囲気は、こいつが強者であることを示している。

 人族として完全にイレギュラーな存在である。


 敵の集団に近づくと、勇敢にも敵兵一人が剣を抜いて飛びかかって来た。

 分隊長クラスのようだ。

 

「魔を狩る者、勝負しろ!」


 どうやら二つ名持ちの俺を倒して名を挙げたいらしい。

 俺にいどんで来るってことは、相当腕に自信があるんだろう。


 だが、俺はその分隊長を一振りで地面に斬り伏せた。


 一瞬で静まる敵部隊。


 だが“あいつ”だけは違った。


 笑っていやがる。


 そして“あいつ”は槍の穂先をこちらに向ける。


 俺も笑い返しながら“あいつ”に接近して行く。


 途中、草むらに隠れていた兵士が数人で突然俺に襲い掛かって来た。

 俺はそいつらに視線も合わさず剣を一振りする。

 するとパッと鮮血が木々を染める。


「邪魔だ」


 俺が敵の部隊へと入って行くと敵兵が道を開けた。


 その先には槍を構えた“あいつ”がいる。


 お互いの顔を確認できる距離まで来て、やっと“あいつ”の二つ名を思い出した。


「久しぶりだな、“アメフラシ”」


「ああ、久しぶりだな“魔を狩る者”」


 “アメフラシ”

 これがあいつの二つ名だ。

 あいつがいる場所は高い頻度ひんどで雨が降る。

 それで付いた二つ名だ。


 それはあやつる魔法が雷系だからだ。

 雨雲がないとこいつの魔法は発動しないと言われている。

 だから雨雲を自分で呼ぶとも言われている。


「なあ“アメフラシ”、まだ生きていたんだな。とっくにおっちんだと思ってたよ」


 俺の言葉に眉をひそめながら“アメフラシ”が返答する。


「ちょっとばかり金が必要になってな、裏の仕事をしてたんだよ」


 傭兵に落ちたか。


「そうか。あのバリスタがその仕事のひとつか?」


「まあ、それは企業秘密ってとこだ」


 そこで敵の小隊長らしい人物が「早く奴を殺せ」と言ってきた。


「どうやら小うるさい上司らしいな」


「まあ、そこそこの金を貰ってるんでね。ここは戦わなければいけないみたいだよ。だけどまさか“魔を狩る者”と戦う羽目になるとはね」


 お互いに何気兼ねなく話をしているように見えるだろうが、奴の眼光は鋭利な刃物のように鋭いままだ。


「それはこっちのセリフだ」


「それじゃ、やりますか」


 そう軽い口調で言ったかと思うと、天空に手を挙げて「雷電!」と叫んだ。


 その途端とたん、空から稲光と共に稲妻が降り注ぎ、森に轟音が響き渡る。


 俺のいた場所が吹っ飛んだ。


 すると近くで見ている敵兵からどよめきが起こる。


 “アメフラシ”が驚いた表情で俺を見て言った。


「あれを避けるのか、なんて奴だ……」


 いや、待て。

 それを放てるお前の方が凄いだろ。


 確かに俺は『雷電』の魔法を避けた。

 でもそれはこいつの魔法を知っていたからに過ぎない。

 過去に何度も一緒に戦った仲だからな。

 魔法を出す時のくせくらい分かっている。

 だからタイミングも予想がつく。


 こいつの弱点は接近したらこの魔法を使えなくなること。

 自分にも雷が落ちるからな。

 だから距離は開けない。


 俺は走り寄って横なぎに剣を振るう。


 それを槍で受け流される。


 そして俺から遠ざかろうと、槍で牽制けんせいしながら下がって行く。


 逆に俺は距離を開けない様に詰め寄る。

 こいつが厄介なのは、槍の腕前も高いことだ。


 槍の穂先が目の前に迫る。


 ――くっ


 避けたつもりだったが、どうやら避けきれていない。


 かろうじて俺の肩口の革鎧が槍を防いだ。

 その防いだ鎧でさえ槍で削られて肩から血がにじむ。


 新品の鎧なんだがな。


「今の一撃も平気なのか。相変わらず無駄に頑丈だな」


「それが取り柄なんでな」


 常に槍の間合いでの戦いとなり、剣の間合いへは中々入れてくれない。

 俺の不利な状態ってことだ。


 俺がこいつ戦い方を知っているように、向こうも俺の戦い方を知っている。

 

 俺は左手で印を組む。


 すると直ぐにそれを邪魔するように攻撃を激しくする。


 やはりな。

 俺の昔からの攻撃パターンを読まれているか。


「どうした“魔を狩る者”、お得意の左手の手斧は使わないのか?」


 俺が手斧を使わないから探りを入れてきたか。


「なあに、お前程度なら片手で十分だと思ってな」


「言ってろ!」


 鋭い突きが俺の顔面に迫る。


 首をひねるがわずかにかすり、ほほから鮮血が舞う。


 咄嗟とっさに数歩後ろへ下がる。


 そこへ追加の連撃が俺を襲う。

 物凄い速さでの突き攻撃の連続だ。


 俺はそれを防ぐのがやっとで、さらに後ろへと下がる。


 そこへ槍の長さを利用したぎ払いが迫り、俺はさらに大きく後方へと下がった。


 “アメフラシ”がニヤリと笑ったのが見えた。


 “アメフラシ”は槍を空高くつき出して叫ぶ。


「雷神!」


 先ほどの『雷電』の上位の特異魔法の『雷神』。

 複数の稲妻が天空より襲ってくる魔法。


 これには発動の予想が出来ても避け切れるものじゃない。

 4本5本と落ちてくる。


 だが、俺はこの時を待っていた。


 




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る