第72話 襲撃された





 歩哨ほしょうで立っていた少女の左腕に飛翔してきたボルトが刺さった。


「きゃっ」


 なに、敵の攻撃か!


「襲撃だ、左方向!」


 皆が一斉に伏せるか、木の陰に隠れる。

 危ない、腕なら命は助かる。

 だが苦しそうだ。

 痛いだろうに、歯を食いしばって耐えている。


 近くにいた少女が手当てをしようと動き出す。

 すると再びボルトが飛んできて、甲高い音を立てて木に突き刺さる。


「ひっ!」


 近づこうとした少女が慌てて木の後ろへ隠れる。

 すると少女らが騒ぎ出した。


 俺は声を飛ばす。


「全員その場から動くな!」


 すぐに少女らは静まり返る。


 追跡していたのに逆に襲撃を受けるとはしくじったな。

 少女らが落ち着いたところで再び声を掛ける。


「誰か、敵を見た奴はいるか?」


 返事はない。

 敵の位置は不明だ。

 となると反撃できない。


 改めて周囲を確認。

 負傷したのはアリソンと言う獣人少女だ。

 アリソンの手当てに向かえそうな奴は……


「ラムラ伍長、敵の位置を確認する。どこにいるか見てくれ」


「了解です」


「それからメイケ、アリソンの手当てを頼む。俺の合図で動き出せ。それから、このポーションを使え!」


 俺がポーションを投げると、メイケがそれを無言でキャッチし、すかさず親指を立ててドヤ顔。


 当然のことながらレッサーポーションではあるが、魔石鉱山のおかげで俺達小隊への割り当て量が増えた。

 躊躇ちゅうちょせずに使えるのは良い。


 そして俺はラムラ伍長へ目配せした後、ボルトが放たれた方角へそっと顔を出す。


 敵の姿は見えない。


 森はシーンと静まったままだ。


 そこへ突然、ヒュルンと音がしたかと思えば、俺の顔を横を何かがかすめた。

 そしてカツンと音を立てて、俺の隠れる木に刺さった。

 クロスボウのボルトだ。


 あっぶねえ、顔を引っ込めなかったら刺さってたな。

 

 だがゴブリン族はクロスボウは使わない。

 やはり相手は人族か。

 

 となれば、こんな辺境地にいる人族などパシ・ニッカリの部隊しかいない。


 まあ、相手が魔族だろうが人族だろうが今更どっちでも良い。

 少なくてもウチの部隊の少女が傷つけられた。

 反撃するには十分な理由だろう。


「誰か見えた奴はいるか」


 俺の問いに獣人の少女が声を上げた。


「二股に分かれた木の陰に二人……人族です!」


 あの辺りか。


「ラムラ伍長、待たせたな。いいぞ、やれ!」


 ニヤリと笑ったラムラ伍長が叫ぶ。


「反撃開始よ!」


 合図とともにボルトが敵のいる方向へと放たれた。

 

 敵の姿を全員確認した訳じゃないから、当てにいくというよりも威嚇いかくの為の攻撃だ。

 敵はこれで少しはひるむ。

 

「メイケ、今だ。アリソンのところへ行くんだ!」


 ポーションを握りしめたメイケが、アリソンの元へと無事にたどり着いたのを見届ける。


 ボルトを放ち始めた途端、敵が何人か動き出した。


 攻撃を受けると自分が見つかったと思って体を動かすものだ。

 その動きを俺は見逃さない。

 敵の位置はこれで判明した。


 そして敵側からも反撃のボルトが一斉に放たれた。


 飛んでくるボルトの数からいって、敵は一個分隊ってところか。

 こちらとほぼ同じ。

 それなら何とかなる。


 接近戦になると不利なのはわかっている。

 ならば先に俺が乗り込んでやる。


「ラムラ伍長、掩護頼む。俺は回り込む。アカサ、俺に付いて来い。」


 返事も聞かずに俺は走り出した。

 アカサは一緒の行動が長いから扱いやすい。

 彼女を選んだ理由はそれだけだ。


 アカサが嬉しそうに走りだす。


 俺は木々を縫うように森を走る。


 ポツポツと頬に冷たいものが当たる。


 雨が降ってきたようだ。

 またいつもの雨だ。


 俺は右手で剣を抜いた。


 左腕は相変わらず動きが鈍いが、一応手斧を持って振ってみる。

 使えなくはない。

 今日は盾を持ってきてないから、いつもの手斧と剣での戦闘になる。


 いつもと違うのは、新しい魔石を埋め込んだ革鎧だ。

 結構な値段だったからな、その性能をみてみるか。


 奴らの左側に回り込んで行くと、ドンピシャで敵の真横に出た。


 やはり人間の部隊。

 一個小隊ほどの人数がいるが、クロスボウ兵は一個分隊だけ。

 あとは軽装歩兵ばかりだが、一切防具は着けていない。

 鎧は着ていないし盾も持っていない。

 槍と小剣だけだ。


 その後方には台車に載せられたバリスタが見える。

 バリスタは思った以上に大きい。

 そうか、人力でバリスタを運ぶから動きやすくしているんだな。


 その部隊の中に知った顔がいた。

 パシ・ニッカリ。


 やはりあいつの仕業か!


 怒りがこみあげてくる。


 敵は池の方にいる少女が一個分隊しかいないことが分かったのか、一斉に攻めようと隊列を組み始めた。

 軽装歩兵による突進の体制だ。


 その隊列の一番後ろに護衛の兵士数人と一緒に、パシ・ニッカリがいる。


 だがこのままだと池にいるラムラ分隊が敵の突撃を受ける。

 何とかしないといけない。


「アカサ、ここから奴を狙えるか?」


 奴とはもちろんパシ・ニッカリだ。

 するとアカサは「やってみる」と言って、クロスボウの準備をする。


 奴らが隊列を組み終える前に、アカサのクロスボウの準備は整った。


「よし、やれっ」


 クロスボウのボルトが、パシ・ニッカリへとヒュルヒュル飛んでいく。


 ボルトはドスっと音を立てて突き刺さる。

 命中だ。

  

「ひぎゃあああっ」


 パシ・ニッカリの悲鳴が森に木霊こだまする。


 腹に命中した。

 致命傷ではあるが、高級なポーションを使えば命は助かる。

 だが直ぐには動けないだろう。

 場合によっても後遺症が残る。


 敵はと言えば、突進が無くなり防御隊形に変更した。

 雇人やといにんが重傷だ、戦闘続行している場合じゃないことは理解しているようだ。


 敵は俺達がどこから攻撃したのか見つからないらしく、兵士らは武器を構えてキョロキョロするばかり。


 その中の兵士に一人、只ならぬオーラを発する人物がいる。


 そいつと目が合った。


 向こうからは草の中に隠れる俺は見えないはずなんだが、確実に俺を認識している。

 動き回る兵士らの中、そいつだけが動かずに俺をジッと見ている。


 


 


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