第71話 あのバリスタを追え






 にもかくにも、全員一致で相手が人族でも叩き潰すことが決定した。

 その覚悟も確認できた。


 まずは見かけたっていう、バリスタの移動先が気になるな。

 ただ俺達にバレない様に、道なき道を進んでいたとのこと。

 そう遠くへは移動できないはずだ。


 今直ぐに出れば追い付くはず。

 俺は皆の前で宣言した。


「パシ・ニッカリの追撃隊を編成する。それでだ。ミイニャ伍長、ラムラ伍長の腰の剣を鞘ごとこっちへ渡してもらえるか?」


 するとミイニャ伍長は「にゃにするんにゃ?」と言いながらも、ラムラ伍長の腰のベルトから剣を外し始める。

 ラムラ伍長もされるがままに、左手を頭の高さまで挙げて脇の下を大きく広げる。


「おお、そうか。ラムラ伍長が志願してくれたか。それじゃあ、今回はラムラ伍長の分隊が――」


「ちょ、ちょっと待った。私、手を挙げてないぞ。剣を貸してくれって言うから、邪魔にならないように腕を……ああっ、やりやがったな!」


 すると慌てた様子でメイケとアカサがピンっと手を挙げて言った。


「「志願します」」」


「ああ、アカサ、メイケ、勇気ある二人には感謝する。だがラムラ伍長の一個分隊だけで今回は十分。逆にそれ以上は砦の防備に問題が出る。すまんな、今回はラムラ分隊で追跡作戦を実行する」


 するとアカサ。


「あのう、戦闘になるんですか?」


「どうだろうな。一応だがバリスタをどうするのか確認する。その結果次第で破壊するのか放って置くのか判断する。攻撃した後で『バリスタは魔物狩りで使うつもりだった』とか言われたら面倒だからな」


 まずは直ぐに出立しないと。

 バリスタは小型で台車に乗せているとはいえ、人力ではそう遠くへは行っていないはず。

 だが、森の中だ。

 移動範囲は広い、急がなければ。


「ラムラ伍長、準備を整え速やかに分隊を門の前へ集合させろ。一応一週間くらいは見ておけ」


「ちっ、しゃーない。ラムラ分隊、聞いての通りだよ。直ぐに準備。ほら、かけ足、急げ!」


 ラムラ分隊の少女らが慌てて走り出す。


 少女らもだいぶ兵士らしくなってきたが、それでも動きは男とは全然違うんだよな。

 なんか微笑ましいというか。


 

 門の前で待っていると、徐々に少女らが集まって来る。

 数を数えると十名、全員揃ったのを確認。


「よおし、全員集まったみた――待てよ。おい、そこ。わざとらしく後ろを見るな。アカサとメイケ、お前ら二人だ」


 ラムラ分隊が整列しているんだが、そこに何故かアカサとメイケが当たり前の様にいる。

 もちろん二人は別の分隊の兵士だ。

 俺が指摘すると、とぼけて後ろを見る。


 するとアカサの返答。


「ああ、なんか体調不良の兵が二名でまして~。本当にしょうがなく、私達が代理で入りました。砦を守りたかったんですけど~、残念ですね~。ほんとですよ?」


 そしてうつむきながらメイケ。


「……よろしく、です」


 体調不良ねえ……


「まあ、そういうことなら止む負えを得ないな。二人にはすまんがよろしく頼むぞ」


 そう言って急ぎラムラ分隊を率いて砦を出発した。


 出発した途端、あれほど晴れていた空模様が灰色の雲でおおわれた。

 暗雲とは不吉だな。


 しばらく歩いたところで台車の車輪の跡を発見。

 この車輪の後さえ見つければ追跡など簡単だ。

 余程の事が無い限り見失わない。


 だが、追跡して行けば行くほど変だ。

 鉱山砦から遠ざかって行く。


 最早鉱山砦を攻撃するために運んでいないことが、明白になってきたな。

 ならばどこへ持って行こうとしているのか?


 そこでふと、鉱山砦で戦った二匹の蜘蛛くもの魔物を思い出す。

 背中にバリスタを背負った魔物だった。

 そのバリスタは確か、人族製の性能の高いものだった記憶がある。


「まさかなあ、それはないだろう」


 思わず口に出してしまうと、不思議そうにラムラ伍長が聞いてきた。


「どうしたんです?」


「いやな、最初に砦に乗り込んだ時にな、ゴブリンが人族製のバリスタを使っていたんだ。その時は人族から奪った武器かと思ってたんだがな、今思うと人族の誰かが裏取引して横流ししていたんじゃないのかって思ってな」


「横流しですか。でも敵に武器を横流しして何の得になるんです。結局、自分らにその武器が向けられるんですから、そんな訳ないですって」


 俺の勘違いだったらいいんだがな。

 もし俺の予想が間違ってなかったら一大事だな。

 

 さらに森の奥深くを進んで行くと、小さな池を発見する。

 こんなところに池があったんだと思いながらも、歩哨を立てて一旦小休止をすることに。


 少女らが思い思いに手ごろな場所を見つけて座り込み、水袋を片手に乾燥パンをかじり出す。

 

 メイケとアカサは俺の側に腰を下ろした。


 アカサは荷物を降ろすと直ぐに池へ水を汲みに行く。


 俺は他の少女らと同様に乾燥パンをかじり出した。

 メイケはというと水袋を両手で持ちながらチビチビと水を飲み、時々俺をチラチラと見てくる。

 たまに目が合うとフッと目をらす。


 何か言いたいことでもあるんだろうか。


 俺が気になって声を掛けようとすると、メイケの首元に小さな蜘蛛くもを見つけた。

 あれは神経毒を持った蜘蛛くもだ。

 刺されると厄介だぞ。


 俺は静かに立ち上がりメイケの側に近づいて行く。


 俺が口に人差し指を当て「シー」とやると、メイケは「?」という表情をする。

 俺はなおもメイケに近づき、アゴを左手でそっと支える。


 メイケの顔が真っ赤になる。

 見慣れた光景だ。


 そしてメイケのアゴを少しだけ持ち上げる。

 

 やはり毒蜘蛛どくくもで間違いないな。

 アゴの下まで移動している。

 これはそおっと排除しないとマズいことになる。


 俺が蜘蛛くもに顔を近づけていくと、メイケは「ふえっ」と訳の分からない声を発し、何故か目をつぶって自らアゴをクイっと出した。

 

 そんなにかしこまらなくても良いんだがな。


 俺が蜘蛛くもを指で軽く摘まんだ瞬間、『スッパーン』と誰かがメイケの頭を引っ叩いた。


 その瞬間、メイケが両手で持っていた水袋をギュッと握った為、そこから水が勢いよく噴出。

 その水はメイケの頭を叩いた人物の顔面を洗い流した。


 そこにいたのはアカサだ。

 メイケの頭を引っ叩いた張本人でもある。


「アカサ、何やってんだ?」


「冷たっ。それを言いたいのはこっちですよっ、こんなとこで何しようとしてんですかっ。人が水を汲みにいっている隙にっ。あ~怖い、恐い、怖いわ~」


 ビチョビチョな顔のまま、何故かもう一発メイケの頭を引っ叩くアカサ。

 すると再度水が噴出し、顔を濡らし泣きそうになるアカサ。


 モジモジしながらもメイケがか細い声で謝る。


「ご、ごめん、なさい……」


 二人の訳の分からぬやり取りに、俺は摘まんだ毒蜘蛛どくくもを見せながら言った。


「俺は毒の蜘蛛くもをメイケの首から獲っただけんだがな。何か勘違いしてるのか?」


 すると再びメイケの顔が真っ赤になり、両手で顔をおおってしまう。


 アカサはというと意味の分からない言い訳をするだけだ。


「もう……びっくりさせないでよ。あ、私は、あの、ほら、ちょうど水浴びしたかったの。ハハ、ハハハハ……」


 乾いた笑いを響かせながら再び池へと向かっていくアカサ。


 何をしたかったんだろうか。

 今だに俺は少女らの考えが読めん。

 

 そんな事をしている時だった。


 突如、一本のボルトが歩哨ほしょうの少女を襲った。

 



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