第65話 指揮官






 カブトムシの魔物のオスとメスが今ここにいる。

 これは繁殖させる気か?


 想像しただけでも気持ち悪い。

 やめてくれ。

 カブトムシは小さいから良いんであって、こうもデカいとリアルすぎて気持ち悪いだろ。


 まあ、それは良いとしてだ。

 この鉱山砦を守らなくちゃいけないらしい。

 そもそもボロボロだから手入れをしないと砦の意味をなさない。

 それに兵舎や炊事場も手を入れなきゃいけないしな。


「なあ、ロー伍長。ここの手入れや柵の修理に見張り塔の修繕は誰がやるんだ」


 そう聞いてみたフェイ・ロー伍長の返答。


「うむ、先ほど帰って行った部隊が鉱山砦の状況を報告してくれるじゃろ。それをもとに工兵部隊を派遣してくれる手はずじゃ」


 自分らでやれとか言われなくて良かったよ。


「そうか。それとここの指揮官がどうするんだ。それからルッツ村とラベンダー村の守備はどうしてる?」


「ふむ、この鉱山の指揮官は今ペルル男爵が探しているのじゃ。見つかるまではボルフ曹長に任せると言われておるのじゃよ。正式な委任状はあとから届けてくれると言っておったぞ」


 責任重大だがそれはしょうがないか。

 指揮官が見つかるまでの辛抱だな。


「それでルッツ村とラベンダー村は?」


「老兵に加えて新兵が駐屯しているのじゃ。大丈夫じゃ、安心してここを守れと言っておったぞ」


 やはり後方部隊の老人を引っ張り出したか。

 ちょっと悪い事した気分だ。


「新兵か。良く集められたな」


 兵士不足で新兵ですら借りるのも難しいのに凄いな。


「男の兵士はさすがに集まらないからのお。少女新兵を各地からゆずってもらってきたんじゃよ。少女新兵一個小隊くらいなら直ぐに集められたのじゃ。どの部隊も直ぐにOKしてくれたぞ。まあ実際に移動して集まるまでには、もうちっと時間が掛かると思うがのう」


 結局はまた少女部隊なのか……

 前線には出せない少女新兵は、どこでも厄介者扱いなんだな。

 ちゃんと訓練を積めば立派な兵士になるんだが、それを知らない士官が多すぎる。


 先入観ってやつなんだが、俺も最初はそうだったから人の事は言えないが。


 そういうことなら、心置きなくこの地を防衛してやろうじゃねえか。


 なあに簡単なことだ。

 近づく敵を撃退し、周辺をうろつく魔物を狩りつくせばよいだけだ。


 それに加えて駐屯地の生活基盤を整えなければいけないか。


 やることは多いな。


 そう言えば負傷したアカサはというと、動かすよりも安静の方が良いとの判断で、小隊と共にここに残留となった。

 本人の「皆と一緒が良い」という希望が強かったのもある。

 傷の具合は順調に回復しているので問題ないか。

 まあ治療乱雑だがな。

 



  *  *  *



 

 一番怖い敵の襲撃だが、幸いな事に鉱山砦を囲む柵は痛んではいるが無事な訳だし、正面門も一応壊れてはいない。

 見張り塔も三か所は無事だ。

 最低限の防御は出来る。

 

 クロスボウのボルトも少しは補給されたし。

 足りない分は自分らで作る。

 やじり部分は次回の輸送で持って来てもらう手はずになっているから、ボルトのシャフト部分と羽部分は現地調達だな。


 それから大事な作業があった。


 戦場のしかばねを片付けないといけない。

 早くも死臭がただよってきてる。


 まずはそっちからやるか。


「ソニア分隊は砦の見張りに着け。ミイニャ分隊は砦の周囲の偵察、他は戦場の掃除だ。駆け足!」


 俺は戦場の掃除係だな。

 使える武器や道具は回収し、他は燃やすか埋める。

 味方兵士の亡骸なきがらの場合は墓標を立てたりとかなり忙しい。

 

 そういえばガルグとか言うミノタウロスの所持品だが、戦利品としてまだ貰ってないよな。

 俺が倒したんだから貰う権利があるはずだ。


 だが、ミノタウロスの死骸しがいはあっても、あのデカいガルグのものとは違った。

 全部の死骸しがいを確認したんだが、結局見当たらなかった。

 早い話、逃げられたのだ。

 

 まあ、あの傷だ。

 ランクの高いポーションでも使わない限り生きてはいまい。

 命が助かったとしても後遺症が残る。


 ならば問題なしだ。

 しかし物凄い生命力、さすが魔物といったところか。


 そんなことをしながらも作業を進めるのだが、思った以上に進行が遅い。

 そこで改めて周囲を見まわせば、その原因が分かってしまった。


 男が俺しかいなかった……


 力仕事が少女だけでは無理があった。

 作業がはかどらない訳だ。


 カブトムシの魔物が荷運びで活躍はすれど、細かい作業には向かない。

 死骸しがいをカートに積み込むのは人の手じゃないと出来ない。

 夕方になる頃には俺はヘトヘトだった。


 偵察の結果、周囲には敵なし。

 魔物が少しうろついているくらいという報告。


 そして特に何事もなく毎日が過ぎて行った。


 二週間ほどしたら工兵隊が到着し、魔法をフル活用して砦の工事は一気に進んでいった。

 

 そして鉱山で働く労働者用の宿舎が出来上がると、待ってましたとばかりに鉱山労働者が送られて来た。

 しかし送られて来た労働者を見て誰もが驚いた。


「え、何でゴブリンがいるの?」

「ゴ、ゴブリン……」

「あれって、この間私達が捕虜にしたゴブリン?」


 送られて来たのはゴブリン奴隷だったのだ。

 しかも、この間の戦いで捕虜にしたゴブリン兵までいる。


 俺はてっきり人族の労働者が送られてくるものだとばかり思っていたんだが、どうやらそれは大きな間違いだったようだな。


 よく考えれば予想出来たかもしれない。

 こんな辺境の地、しかも敵の勢力圏に近い場所だ。

 誰が好んでこんな危険な場所へ働きに来ようと思うのかって話だ。

 鉱山といっても働き手がいなければ成り立たない。

 それで敵の捕虜という訳だ。

 

 だが俺達平民の下っ端に捕虜の導入を拒否する権利などない。

 命令されたことを素直に実行するだけだ。


 そしてゴブリンの捕虜の行列が我々鉱山砦に入って来た。

 その数百五十匹。


 もちろん隷属れいぞくの首輪など高価な物は着けていない。

 だから反抗的にもなるし、脱走しようとするだろう。

 逃げればここから直ぐのところにゴブリン領がある。


 これは一波乱ひとはらん巻き起こりそうな予感だ。


 そしてその日、俺宛にペルル男爵より正式な書類が送られて来た。


 その内容は、この『鉱山砦の指揮官に任命ずる』というものだった。


 




 

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