第64話 領地にするという







 クロスボウ攻撃で混乱するミノタウロスの部隊へと、味方の騎馬隊が突撃していく。

 

 騎馬隊の後からは歩兵部隊が隊列を組んで突進して行く。

 まあ追いつきはしないんだが。


 騎馬の重さは500㎏近くある。

 それに騎乗する人の体重に装備の重量も相まって、その突撃の衝撃は計り知れない。

 その衝撃はすべて騎手の持つ槍へと乗せられる。

 身長二メートルを超す体躯(たいく)のミノタウロスと言えども、この騎馬の突撃には耐えられまい。


 騎馬の槍の突きを喰らったミノタウロスは、背中から槍の先端が飛び出した。

 さすがに騎手は刺した槍からは手を放して衝撃を逃がす。


 最初の突撃で半数近くのミノタウロスが地に伏した。

 さすがサンバー部隊の精鋭だ。

 

 騎馬隊は少し遠ざかり助走距離をとると、方向を変えて再びミノタウロスの生き残りへと突進する。

 ミノタウロスはまだ混乱から立ち直れず、騎馬隊への対応ができない。

 

 だが、そんな中でも騎馬隊をぶちのめす猛者もさのミノタウロスもいる。


 そこへ追い打ちを掛ける様にクロスボウの一斉射撃がミノタウロスを襲う。

 馬車の荷台からクロスボウを撃ってくる兵士は一個小隊はいるだろうか。

 皮膚の分厚いミノタウロスも、弓よりも貫通力のあるクロスボウならば、十分な効果がある。

 それに五十本近いボルトが放たれれば、ミノタウロス一体に刺さる数も一本だけでは終わらない。


 しかしその一個小隊のクロスボウ兵なんだが、ちょっと普通と違う気がするな。

 小さいというか、こじんまりしているというか。


 ――あ、女?

  

 遠目だが荷台から上半身を出す体形から、男ではなさそうである。

 髪の毛が長い者もいる。


 決定的なのは、士気をる下士官らしい兵士の格好だ。

 一見、子供の様に見える。

 だが、明らかにクロスボウ部隊の指揮を執っているのはその女の子だ。

 そんな幼女は一人しかいない。


 元伯爵令嬢にして魔剣持ちのフェイ・ロー伍長だ。


 ってことは少女クロスボウ隊、ペルル小隊か!


 だがペルル中尉は見えないな。

 まあ、今やペルル中尉も領主だ。

 領主が自ら出撃はないか。


 それでフェイ・ロー伍長が出て来たってことか。

 だけど一個小隊はいる。

 領地の守りはどうしたんだろうか。

 サンバー伯爵に頼まれたラベンダー村と、ペルル男爵のいるペール村の二つの村の警備をしなければいけないはずなんだが。

 もしかしてまた後方から爺さん兵士を呼び寄せたのか。


 それくらい『魔石鉱山』という言葉に魅力を感じたってことなのかもしれない。

 所詮、ペルル中尉もお貴族様だな、ペルル男爵様だからな。


 さて、俺の出る幕は終わった。

 体のあちこちが痛い、今の内に治療しておくか。

 

 さすがのミノタウロス部隊も押されに押され撤退して行く。





 急いで傷の治療をし、俺は重い足取りで味方の増援部隊へと近づくと、色々と声が聞こえてくる。


「ボルフそーちょーっ」

「助けに来ましたよー」

「何をしておるのじゃ、突撃なのじゃっ、敵を殲滅(せんめつ)するのじゃ~」


 増援部隊はやはり魔石鉱山が気になるらしく、逃げる敵は追わずに砦へと向かって行く。

 ただ、幼女が一人だけ不気味な色で輝く剣を掲げて突撃したがっているが。


 増援部隊は砦の兵士から大歓迎で迎えられた。

 そして元捕虜だった兵士は、増援部隊が持って来た食料とワインに涙を流している。

 やせ細った身体にボロボロの服をまとった彼らが、パンや果物に群がる姿は、貧民街の浮浪者にしか見えない。

 だがそれに野良猫少女も交じっているんだが……


「ミイニャ伍長、食料を補給しに来た側が食料に群がってどうする!」


 そう言って俺がミイニャ伍長のおでこを「ビシッ」と叩く。

 火を吹くから頭は叩かない。


「にゃっ、痛いにゃ。ここに着くまでずっと我慢していたにゃ。お魚の塩漬けがあるにゃよ」


「捕虜だった兵士を優先しろ。彼らは何年もそれを我慢してきたんだぞ」


 俺のその『何年も我慢』という言葉に、さすがのミイニャ伍長も「わかったにゃ」と引き下がった。


 増援部隊は部隊旗が幾つかあった。

 ということはペルル男爵領以外の領主の応援も来ているってことだ。

 サンバー伯爵はもちろん、近隣の領主も兵を出しているようだ。

 魔石鉱山の恩恵が少しでも欲しいのだろうな。

 増援部隊が鉱山砦に入るや、その内の士官らはキョロキョロとして、しきりに鉱山を気にしている。


 貴族らしき指揮官が三人と鉱山技師らしき人物と部下数人を連れて、一緒に坑道へと入って行った。

 魔石の調査なんだろうな。 

 残念だがもう採れないと思うがな。

 ここは閉山してたんだよ。

 言わないけど。


 俺達が食事を終えた頃になって、ガックリとうな垂れた指揮官らが坑道から出て来た。

 中には指揮棒を地面に叩きつけている指揮官もいる。


 その後、ベール中尉としばらく話をしていた。


 そして翌日にはここを立つことになったらしい。

 もちろん捕虜だった兵士も一緒に連れて行ってもらえる。


 調査した結果、やはり鉱山にはもうほとんど魔石は残っていないようだ。

 採れなくはないが、危険を冒してまでここを占領し続ける価値はないという判断らしい。

 

「ほしいならこの鉱山は好きにしていいぞ」


 とまで言い放つお貴族様。

 

 味方の領地からこれだけ離れていたら誰も欲しくないだろうに、こんな枯れかけた鉱山なんてな。


 だが、誰もが見向きもしない中、ペルル男爵の紋章の入った旗をこの地に立てている幼女が一人。


「ロー伍長?」


「何じゃ、ボルフ曹長」


「何故にペルル男爵の旗をここに立てているんだ?」


「決まっておろう。誰もいらないなら貰っておこうと思ったのじゃ」


 はあ?


「この場所を接収すると?」


「そうじゃ」


「鉱山の魔石は枯渇こかつしそうだって知ってるよな」


「それがどうしたのじゃ」


「それにここの守備隊を常駐させる兵士をペルル男爵は持ってないだろ」


「ペルル小隊が今いるじゃろ」


 俺達かよ!


「だいたい金はどうする。領地にしたら運営費用が掛かるけど、魔石採れなきゃそれも捻出ねんしゅつできないんだぞ」


「うむ、ペルル男爵がなんとかするじゃろう」


「まてまてまて、そんな勝手に決めていいのかよ」


「大丈夫じゃ。どんな場所でももらえるならもらってこいと言われて来たのじゃ。ペルル男爵はとにかく領地を広げたいらしいのじゃ」


 領地を広げたいのは良いがな、ここで守備隊に付く俺達はどうなるんだよ。

 水は井戸があるし川が近くにあるからいいけどな、食料はどうするんだよって話だ。

 輸送するにも馬車で一日半か二日は掛かるだろう。

 補給物資を運ぶだけでも護衛を付けなくてはいけないし金も飛ぶ。

 遠くまで輸送となればそれだけ金もかさむ。

 

 それにここを守るとなると相当の人数が必要だ。

 敵地と言っても過言ではないこの場所だ。

 一個小隊でも足りないくらいだ。


 それと守備隊も時々交代しなきゃりゃいけないが、そもそも余分な兵士なんていないぞ。


 あ、そうだ。

 ペルル男爵はペール村にいる訳だが、ここを領地にしたら小隊長は誰がやるんだって話だ。

 士官をどこからか見つけてこないといけないだろ。

 でも少女兵士ばっかりの小隊なんて誰もやりたがらない。

 しかもこんな辺境地に誰が好んで来るってんだか。



 翌日になり、夜明けとともに部隊は元捕虜の兵士らを連れて、この鉱山砦を後にした。

 元捕虜達の「街に戻れる」「故郷に帰れる」と言った声が印象的だった。


 俺達に残されたのは補給物資が少しと、汚らしいカブトムシが二匹とカートが二台だ。

 どうやら使役魔獣のメスのカブトムシをもう一匹購入したようだ。



 



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