第62話 咆哮







 ガルグが足払いを仕掛けてきた。

 

 こいつ、戦い慣れてやがる!


 足蹴あしげりりと違い、足で払うだけなのでモーションが少ない。

 予備動作が少なければ予想がしずらく、咄嗟とっさの回避は難しい。


 ダメだ、避け切れない。


 俺は迫り来る足と自分の身体の間に、強引に左腕の盾を押し込んだ。

 奴にとっては単なる足払いだが、俺にとっては中段蹴りだ。


 次の瞬間、全身に衝撃が走り身体が宙に浮く感覚がした。

 いや、そんなレベルではない。

 吹っ飛ばされたのだ。


 「ガハッ」と肺の空気を強制的に吐き出させられる。

 息が出来ない。


 盾を持つ左腕にも物凄い圧迫感が襲う。


 そのまま数メートルは飛ばされたんではないだろうか。

 俺は地面に何度も身体を打ちつけながら転がって行く。


 地面に打ち付けられるたびに肺の空気が抜けていき、身体中を痛みが走り抜ける。

 

 なにも出来ない。

 なすがままだ。


 だがもし俺が逆の立場なら、この絶好の機会を放ってはおかない。

 ならば奴もそうだろう。


 追い打ちを掛けてくる。


 俺は転がりながらもその勢いを利用して、強引に立ち上がる。


 そこでやっと息が出来た。

 足払いでこの威力か。


 やはり足枷(あしかせ)があった時とは全く違う。


 ガルグが地面を揺らしながら迫り来る。

 

 やはり追撃はきた。


 だが身体がいう事を聞いてくれない。

 今の足払いがこたえているようだ。


 だが右腕は動く。

 ならばいける。


 俺は腰にぶら下げていたロープを取り出す。

 間に合うか!


 それをグルグルと空中で回す。

 ロープの両端には石が結んである。

 これはボーラという武器だ。

 

 ガルグが迫り「ブモオオ!」とお雄叫び一閃、戦斧を両手で頭上に振り上げる。


 俺はボーラを投げ放つ。


 戦斧が一気に振り下ろされる。


 ――盾では無理だ、避けるしかない。


「やられるかっ!!」


 気合と共に横に転がる。


 俺のすぐ横の地面に衝撃と共に戦斧がめり込んだ。

 小石が散弾となって俺を打ちつける。

 だが耐えられる、いや耐えなきゃいけない。


 ガルグの赤い眼光が俺をにらむ。


 俺はやせ我慢しつつニヤリと笑いこう言った。


「おしかったな、これはほんのご褒美だ」


 そう言って手に掴んでいた布袋をガルグの顔目掛けて投げつけた。

 

 咄嗟とっさにガルグはその布袋を手で払い除ける。


 それは予想通り。


 布袋が破れて中に入っていた粉のような土砂が宙を舞い、ガルグの顔へバッと降りかかる。


 古典的な嫌がらせ攻撃の「目つぶし」だ。

 戦場では良く使う手。


 生と死のやり取りの中では形振にりふり構っていられない。

 これはそんな状況でも生き残るための一つの作戦だ。

 戦場ではそれを「卑怯ひきょう」などと言う奴はいない。

 言おうとした奴は大抵この世にはもういない。

 

 晴れた日が続いていたので湿った土も良く乾燥していて、目つぶしにはもってこいの状態だった。 

 少女らがキャッキャッ言いながら作ってくれた、簡単で凶悪な武器だ。

 

「グモオオオッ!」


 ガルグが叫び声を上げて空中を手で何度も払う。

 だが、土埃つちぼこりは力で払い除けられるものじゃない。


 視界を一瞬失ったガルグは、闇雲やみくもに戦斧を振り回す。

 俺の接近を警戒しているんだろう。


 身体がまだ言う事を聞かないが、これで俺にも少しは余裕が出来た。

 そこへ俺は時間稼ぎも含めて、言葉を投げかけた。


「さあて、ガルグだったか……もう終わりじゃない、よな?」


 余裕をぶっこいてはいるが、すごく苦しい。

 呼吸がものすごく苦しい。


 俺の言葉を理解しているはずもないのだが、十分に伝わったのかガルグが声のする俺の方向へ動き出す。


 だが、俺のボーラの攻撃を忘れているな。

 俺はガルグが戦斧を振り下ろすタイミングで、しっかりボーラを投げている。

 ボーラという武器は標的にヒモがからみついて自由を奪う特殊な武器だ。


 ただ今回は奴の足を狙って投げた。

 だから今、ガルグの足にはボーラがからみついてる。


 それで歩こうとすれば――


 ズダーンという轟音と共に、土埃つちぼこりが舞う。


 ガルグが見事に転倒した。


 ホブゴブリンや他のミノタウロス達が騒ぎ始める。

 反対に砦の味方からは歓声が上がる。

 少女らの嬉しそうな声がここまで聞こえてくる。

 それが心底嬉しく感じてしまい、チラッと振り返る。


 そこには激しく手を振る少女らの姿。


 俺も手を振って返す。

 ふと自分に余裕よゆうがあることに少し驚き、一人笑ってしまう。


 だがそんな余裕よゆうもそこまでだった。


 ガルグを見やれば横に倒れた状態で大きく息を吸い込み始めたからだ。


 くそ、この状況で咆哮ほうこうする気か!


 一瞬で俺は判断して俺も詠唱と印を組み始める。

 槍にシャドウアローの魔法を掛ける為だ。


 ここで勝負をつける!


 何度か咆哮ほうこうの時のモーションを見て、俺の詠唱完了までの時間の方が短いと判断した。

 つまり俺の方が早く魔法が完了する。


 そして詠唱が終わり、後は最後の印を組むだけという段階で、ガルグに変化が生じた。


 ガルグの赤い目でニヤリと俺を見た。


 何?!


 そして奴は大きく口を天に向けて咆哮ほうこうを放った。


 ここへきて詠唱を簡略化させやがった!


 咆哮ほうこうに乗った言霊ことだまが、俺の身体を震えさせる。


 俺は立ったまま全身が委縮いしゆくした。

 動けない訳じゃない、がほとんど動けないのだ。


 くそ、くそお、ここへきてこのザマか!


 ガルグが薄っすらと笑いながら足にからみついたボーラを外している。 

 そしてゆっくりと立ち上がり、首をコキコキと鳴らし口を動かしている。


 何かを言っている。


 きっと「小賢しい手を使いやがって」とでも言っているんだろう。


 砦から「ここで負けたら殺すから~!」と少女の声が聞こえた。

 「……殺されるのは勘弁だな」と一人つぶやく。


 するとガルグがゆっくりと戦斧を両手で握り締め、ゆっくりと上段に振りかぶる。

 それは今までで見た中でも一番高い位置だった。


 あれはマズい。

 あの高さから振ろ降ろされたら、当たらなくて吹っ飛ばされる。


 


 

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