第60話 ミノタウロス再び






「入るぞ」


 俺が部屋に入って行くと、ベットで毛布にくるまり横になっていたアカサと目が合う。

 俺と目が合った途端、アカサの目から涙がポロポロとあふれ出した。


 俺はアカサの方へとゆっくりと歩いて行き、ベットのすぐそばで立ち止まって言った。


「アカサ、傷の具合はどうだ?」


 そう俺が声を掛けた途端だった。


 アカサが毛布を跳ねのけ俺に抱き着いた。


「私、私……うう、うううわあああっ」


 何かを言いたいんだろうが、号泣して言葉にならないようだ。

 室内にいる他の少女らも涙ぐんでいる。


 しかし号泣する元気があるなら、しばらく安静にしていれば助かる。

 これが帰還するために行軍とかなると危なかった。


 アカサが号泣するなか、マクロン伍長が俺を申し訳なさそうにツンツンと突いてくる。


「あの~、感動の再会の場面で申し訳ないんですが、風邪ひいちゃいます。その~、アカサは裸……なんですけど~」


 「何!」と俺の胸の中で号泣する少女を見下ろしてみれば、確かに何も身にまとっていない。

 かろうじて包帯を巻いていて、危険個所は見えない、大丈夫?


 だが『裸の少女』という言葉が頭を巡り、妙に意識しだしてしまう。


 このままだとアカサが風邪をひいてしまうし俺的にもまずい。

 そう思ってアカサを引き剥がしてベットへ寝かせようとするのだが、アカサが号泣しながら俺を離さない。

 まるで駄々っ子のようだ。


 こいつ本当に重傷なんだろうかってくらい力がある。


 それでも他の少女らの力も借りて、何とかベットへ横にならせた。

 アカサはそのあとジッと俺を見たまま言葉も発さず、他の少女らと雑談をしている内にそのまま寝てしまった。


 そこで改めて俺は話し始める。


「そろそろ味方が来てくれても良い頃なんだが、雨のせいで遅れている可能性がある。特に途中にあった川が増水している可能性だってあるからな。そうなるとかなり到着が遅れる。だから物資は極力大切にしろ」


 そこまで言うとマクロン伍長が言葉を挟む。


「そう言えばクロスボウのボルトもほとんど残ってませんね。これは作るしかないですね」


「ああ、それは頼む。手空きの時に各自作ってくれ。それからアカサなんだがな、今はポーションのおかげで回復傾向にある。だけど使ったポーションは重傷を直せるレベルじゃない。つまりな、悪化する可能性が高い……」


 急に静まり返る少女達。


 沈黙を破ったのはサリサ兵長だ。


「ボルフ曹長、悪化したらアカサはどうなるんです。まさか死ぬとか言わないでくださいよ」


「そのまさかを起こさない様にお前らが看病するんだ。包帯はこまめに代えて常に沸かした湯で洗って使え。それと傷口が化膿かのうしてきたら俺を呼べ。傷口を俺が焼いて消毒する」


 俺の説明に驚いたサリサ兵長が声を上げる。


「ま、待ってくださいよ。傷口を焼くって……ポーション使ってるから腐る訳ないでしょ」


「腐る、か。アカサに使ったのはレッサーポーションだ。軽傷くらいなら傷口が徐々にふさがるがな、今回は重傷なうえ、傷口が二か所あった。気持ちは分かるが放っておけば間違いなく腐る。だがもうポーションは一つも残ってない。だから腐ってきたらその部分の毒を焼いて消すんだ。そうしないとアカサは本当に死ぬぞ」


 それを聞いた少女らは真剣な表情になる。

 そしてマクロン伍長が言った。


「みんな、アカサを元気に野営地まで連れて帰るわよ。サリダン、お湯をもっと沸かして。金メッケ、もっと布を集めてきて。」


 皆が手分けをしてテキパキと行動していく。


 俺は後の事は少女らに任せて部屋を出た。


 俺は少女らの前では隠していたが、腰に刺さった矢のやじり部分がまだ体内に残っている。

 メイケに治療してもらう時には野外だったこともあって、やじり部分は抜いたとうそを言った。

 出血を止めることを優先したわけだ。

 

 今更あれはうそでしたとは言えない。

 後でこっそり男兵士の誰かに取ってもらうか。


 そしてアカサの傷も特に悪化する事もなく、三日経った朝のことだった。


 見張りに立っていた兵士が大声を上げた。


「敵襲~!!」


 もう来ないと思っていた中での敵の襲撃の報告だ。

 誰もがかったるそうに装備の準備をしている。

 「もういいよ」と言う言葉が聞こえてきそうだ。


 体力は十分に回復してはいるが負傷兵は多いし、傷が悪化して毎日一人二人と返らぬ人となっている。

 元捕虜だった男達の基礎体力は低く、それが傷を悪化させていた。


 今やまともに戦えるのは五十人ほどだ。

 この人数でどこまでやれるのか。


 俺は気持ちを振るいたたせるように、両頬りょうほほをピシャリと叩いて立ち上がる。

 装備を着けて正面門へと向かう。


 俺が到着するとすでに何人も兵士が集まっていて、その中にマクロン伍長の兄のエリク軍曹もいた。


 直ぐにエリク軍曹に事情を聞けば「ミノタウロスの部隊がいる」という。


 ミノタウロスと聞いて思い出すのは奴隷になっていた個体だ。


 俺が柵の隙間から外の様子をうかがえば、そこにいたのはまぎれもない俺が逃がしたあのミノタウロスだった。

 ただしそいつ一匹だけじゃない。

 仲間のミノタウロスやホブゴブリンが多数いる。


 これは『お礼の言葉』を言いに来たんではないな。

 だいたい礼を言いに来たなら、戦装束いくさしょうぞくというのは変だ。

 そこにいる魔族達は全員が、戦装束いくさしょうぞくに身を包んでいる。

 早い話、全員が戦闘準備状態ってことだ。


 ただ、戦闘を仕掛けて来る気配がない。

 何かを待っている感じだ。


 少し考えた後、俺は決断した。


「エリク軍曹、あのミノタウロスは俺が逃がした固体だ。俺が話をして来る」


 そう言って慌てるエリク軍曹を無視して、俺は正面門から外へと出た。


 そこには十匹ほどのミノタウロスと二十匹ほどのホブゴブリンがいて、その集団の前に一匹の見たことあるミノタウロスが立っている。

 

 俺が門から出ると、そのミノタウロスとゴブリンが一匹こちらに歩み寄って来た。


 ドス黒い体躯たいくに赤く光る眼光、はち切れんばかりの筋肉。

 間違いない、俺が逃がしたミノタウロスだ。

 アキレス腱も負傷している。


 俺がそいつの目の前まで歩み寄ると、そのミノタウロスが後方からゴブリンを呼んですぐ横まで来させた。

 そのゴブリンには足枷あしかせが付いている事から奴隷なんだろう。


 そしてそのゴブリンがミノタウロスの横に立つとしゃべりだした。


「ガルグサマ、オマエト、タタカウ」


 人族語を話した。

 通訳ってことか。

 しかし戦うって言ったよな。


「何故戦うんだ。その理由は何だ」


 俺の質問にゴブリンはミノタウロスと少し会話してから返答があった。


「マケタママ、ヒキサル、ナイ。リベンジ、ガルグサマ、ツヨイ、カツ、メイヨ、カイフク」


 “名誉のために一騎打ち”ってところか。


「嫌だと言ったらどうする」


「コノトリデ、セメオトス」


 そう来ると思った。


「ならば、一騎討ちで俺が勝ったらどうなる」


「オマエ、カッタ、ワレ、カエル。ガルグサマ、カッタ、トリデ ウバウ」


 何だよ、俺が負けても一騎討を拒否しても砦に攻めて来るのかよ。

 それは最早、一騎討をしないとダメな状況ってことか。

 ならばしょうがない。

 怪我は治ってないんだがそれは奴も同じだ。


「解かった。ならば一騎討開始は太陽が真上に来た時にする」


 開始時間を勝手に決めたが大丈夫か?


「ワカッタ、ソレマデ、ココデ、マツ」


 そう言って、そいつらはその場で座り込んでしまった。






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