第59話 戦い終わって






 

 アカサを背負いメイケと共に鉱山砦を目指す。

 時々ゴブリン兵が近くを走り抜けるが、俺達に何もしてこない。

 逆に俺達を避けて行ってくれる。


 なので特に隠れることも姿勢を低くすることもなしに、まさに堂々と鉱山砦へと向かった。


 気が付けば空が徐々に明るくなってきた。

 どうやら日の出の時間らしい。


 あれだけ降っていた雨が止んでいる。

 今日は晴れそうだ。





 砦の正面門へと辿り着くと、砦を守っていた男達は唖然あぜんとした表情で俺達を見る。

 そして外の騒ぎは何だと聞いてきた。


 そうか、砦の連中はこの雨降る暗闇で何が起こっていたか知らないからな。

 騒ぎだけは聞こえたようだが、それ以上は何も知らない。


 門に入って行くと少女二人が出迎えてくれる。

 そして真っ先に視線を向けられるのは、俺が背負っている負傷したアカサだ。


「アカサが負傷?! ボルフ曹長、早くこっちへ連れて来てくださいっ」


 そう言って鉱山の坑道の方へ導いてくれているのはマクロン伍長だ。


 他の少女らもメイケを救護所へと連れて行っている。

 その姿をチラッと見ると、さすがにもう泣いてはいないようだが、泣きらした顔がひどいな。

 サリサ兵長が「金メッケ、今さ、すごく不細工な顔してるよ」とか言ってるし。

 それに対してメイケは反論する気力もない様だ。

 だけどサリサ兵長がいればメイケは任せておけるから、俺も安心できる。


 そこへ、ベール中尉が来た。


「いやあ、ご苦労だったな。ところでボルフ曹長、外の騒ぎは何だったのだ」


 そう聞かれたので、簡単に俺がやってきたことを説明したんだが、どうも信用してもらえないようだ。


 まあ確かに、そうかもしれないよな。

 奴隷とは言え魔族相手に交渉したなんて聞いたことないからな。

 逆の立場だったとしても俺なら信じない。


 だけど奴隷が反乱を起こして、その隙に逃げたのは間違いない。


 ベール中尉もそこは信じたようだ。


 それで偵察を出すことになった。

 もちろん俺達以外の兵が行く。


 十人ほどの男らが朝靄あさもやの中、鉱山砦の外へと偵察に向かった。

 

 三時間くらいは掛かるかと思ったんだが、意外に早く彼らは帰って来た。

 たったの一時間ほどだ。


「敵が見当たりません。敵の兵の死骸が散乱しているだけです。それから、あの……ついでというか、その、敵が残していったらしいドングリを大量に持ってきました」


 どうも周囲の見える範囲には敵がいないらしい。

 戦闘があった形跡があちこちで見られ、死骸も多数あったそうだ。

 これらの情報から、食料も放置して敵は撤退したようだ。

 

 そう、ドングリは保存食として魔族が利用しているが、人族の間でも食されている。


 これで食料に関しては少しの間は持ちそうだ。




 その日の夕方、アカサが目を覚ましたと報告があった。

 俺は早速、アカサがいる兵舎へと向かう。


 俺の傷はポーションを使っていないから、治りが早くなるわけではない。

 だから激しく動くとまだ血がにじむ。

 傷が開かない様にゆっくりと歩く。


 そこへ何者かが後ろから声を掛けてきた。


「ボルフ曹長~~、傷の具合はどうですか!」


 そう言って、いきなり俺を後ろからパシッと叩いてきやがった。


「ぐぐぐ……」


 思わずうめき声を出してしまった。

 これは痛みに対してのうめき声ではなく、負傷部分を叩かれた事への怒りの表れだ。


 叩かれたところは矢が刺さっていた腰の部分。

 よりによってそこを叩くとは。


 実は体内にやじりが残っていて、衝撃があると痛むのだ。

 骨に食い込んでしまっていて、メイケの治療の腕前ではそれを抜くことが出来なかったという訳だ。


 俺は口元をヒクヒクさせながら後ろに振り向く。

 振り向けばそこにいたのは、水の入ったおけをもつサリサ兵長だ。


「起き上がって大丈夫なんですか」


 笑いながらそう言ってきたんだが、それは意地悪な笑顔。

 

 あ、こいつワザとだ。


「おい、サリサ兵長。俺をそんな邪険に扱っても良いのか?」


 俺がすご味みを利かせてそう言うと、サリサ兵長はさらに意地悪そうな笑顔で返答する。


「さあ、何のこといってるんすか~?」


「夕べな、ゴブリン陣営から帰る途中に見つけたんだがな……」


 そう言って俺は懐から野草を取り出す。

 その野草は根っこの部分が太く、主にその根っこ部分を食用にされる。

 

 俺が取り出したのはオレンジ色の太い根っこの野菜で、『ジンニン』という根菜だ。


「あ、あ、そ、それって……」


 サリサ兵長の視線が俺の持つジンニンへと固定された。

 この「ジンニン」はウサギ系の獣人が好む根菜だと聞いたことがある。

 人族の子供からは何故か嫌われる根菜だ。


「珍しいだろ、ジンニンだよ。残念ながら一本しかなくてな。アカサにでも食わせてやるかなあ」


 すると急に動揺するサリサ兵長。


「あ、あ、そうだ。私がそれ調理する。そう、私が調理すれば良いんだ。ね、ね、ボルフ曹長ってば~」


 俺は傷口が開くのを無視してスタスタと早足へと切り替える。

 その後ろを右から左からと、足ダンを繰り返しながらおねだりをます野ウサギが一匹。


 アカサのいるところに着く頃には「ね、ね、葉っぱだけダメ?」とか言っていたが、それは全部無視してやった。

 

 その光景を不思議そうに見る男達。


 “魔を狩る者”に“ワルキューレ”とか言われて恐れられているけどな、本性なんてこんなもんだ。

 安心しろ、俺達も普通に人族なんだよ。

 少女らに手を出さなければ問題ないんだよ。


 アカサは兵舎の一室にいた。

 床ではなくベットに寝かされていたのはちょっと驚きだ。

 他の兵卒の負傷兵は皆、床に寝かされている。

 ベットを使うのは下士官以上なのにだ。


 そもそもアカサがいる部屋というのは少女らにあてがわれた部屋らしい。

 この一室で少女らは寝ているようだ。


 この空間だけなんだかホワホワしているんだが。


 



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