第57話 少女の負傷と巨大な奴隷






 俺の腕の中で表情が消えて行く少女。

 

 そして俺の腕の中からゆっくりと崩れ落ちていく。


 俺は慌てて傷ついた少女の身体を抱き起す。


「ア、アカサ、おい、返事しろ!」





 返答はない。





 目につくのは背中に刺さった二本の矢。





「う、う、うあああああっ!!」


 俺はなりふり構わず絶叫した。

 

 頭の中が真っ白になる。


 そこへ泣きらした顔で俺を見上げたメイケが、今にも消え入りそうなか細い声で言った。


「……ア、アカサを、た、助けて……」


 その言葉で我に返る。


 もう一度冷静にアカサを見れば、まだ胸がわずかに上下している。

 つまりまだ死んではいない、生きている!


 俺は周囲から敵が迫って来ているなか、地面にアカサを横向きに寝かせる。


 そしてポーションとワイン、そして雨で濡れてしまった布も取り出す。


「メイケ、矢の治療方法を知っているよな。出来るな?」


 俺の言葉に「……無理…できな、い」と答えるメイケ。

 俺の表情が険しく怖がらせたのかもしれない。


 ゴブリン兵が草むらの中にしゃがむ俺達へと、ゆっくりと警戒しながら歩を進めて来る。


 それを見てやはりメイケにやってもらうほかないと決断。

 出来なければアカサは確実に死ぬ。

 俺はどうしてもせまって来る敵を防がなければいけない。


「メイケ、良く聞け。敵がせまっているんだ――グッ」


 メイケに説明している間にも、敵の投げた槍が俺の左のもも肉をいだ。

 だが、言葉に少し詰まるも何事もなかったように俺は話を続ける。


「――俺は敵に対処しなけりゃいけない。だからメイケ、お前がアカサを救うんだ。出来る出来ないの問題じゃない。やらないとアカサは死ぬんだ」


「うえっ…ううう……でも、でも……」


 俺はメイケの両頬りょうほほに手を当て、視線を合わせる。


「いいか、俺の目を見て良く聞くんだ。この状況はメイケにとって今までで一番苦しい時かもしれない。だがな、その一番辛い時にこそ何をするかが重要なんだ。何もしないで後になって後悔するのと、今出来る事に最善を尽くすのとどっちか選べ」


 雨と涙と泥でグチャグチャのメイケの顔をそっと手でぬぐってやる。

 折角の美しい金髪も泥でひどい状態だ。


 メイケは俺の目をジッと見る。

 いつもと違い目をらさない。


 そして「……やって、みます」と小さな声が返ってきた。


 俺はメイケの小さな頭を一撫ひとなでですると、その場を立ち上がる。


 すると直ぐ目の前には槍を振りかざしたゴブリン兵がいた。


「俺達に手を出したむくいを受けさせてやる」


 言葉を発するのと同時に剣を左から右へと振り抜いていた。

 その剣速はゴブリン兵の槍の速度の比ではない。


 槍がくる前にゴブリン兵は上下に両断した。


 ゴブリン兵の血飛沫ちふぶきが俺の顔を赤く染めるも、雨が負けじとそれを洗い流す。

 

 赤く染まった顔が洗い流される前に次のゴブリン兵の血祭が出来上がる。


「貴様らは俺の事を“地上の悪魔”と呼んでいるらしいな。ならばそれを思う存分味わうが良い!」


 言葉が通じないはずのゴブリン兵の表情が変わった。

 恐怖におののく顔だ。


 だが多勢たぜい無勢ぶぜい

 倒しても倒しても俺達の周りにワラワラとゴブリン兵が来る。


 だがここから離れる訳にはいかない。

 直ぐ近くの草むらでは、メイケが必死でアカサの命をつないでいる。


「うおおおお!」


 気合と共に剣を振るう。


 何匹を地獄へ叩き落としただろうか。

 そんな事を考えている間にも、雨の飛沫しぶきとゴブリンの血潮たしおが空を舞う。

 一振りごとに確実にゴブリン兵の命の火が消えていく。


 ゴブリン兵の槍が同時に三本俺に迫る。


 左側から来た槍は盾で防ぐ。


 右側からの突きは剣で払い除ける。


 だが正面から迫る槍を防ぐものがもうない。

 

 槍の穂先が腹目掛けて迫りくる。

 それを身体をひねることでける。


 しかしそれで腰の辺りに激痛が走る。


 腰に矢が刺さっていたのを忘れていたな。


「くそっ」


 一人悪態をつぶやく。


 戦いながら自分の身体の傷を確認していくと、腰に矢が刺ささったまま。

 太ももの肉がえぐれて出血。

 それ以外にも細かい傷が結構あるようだ。

 それと相変わらず左腕は調子悪い。


 だがこれくらいなら問題ない、現に戦えている。


 十数匹のゴブリン兵を斬り伏せたところで、指揮官らしいゴブリン兵が見えた。

 しかしそいつまでは少し遠い。

 離れた場所で指揮をっているようだ。


 自軍陣営の中で暴れまわる俺は、ゴブリン軍にしたらさぞかし厄介者だろうな。

 きっとあの指揮官も苛立っているはずだ。


 だが俺の体力にも限界ってもんがある。


「メイケ、どうだ。終わりそうか?」


 俺が小声で足元の草むらの中にいるメイケに話し掛けたのだが、返ってきた言葉は「……もう少し、時間が」という言葉。


 そう言われてはしょうがない。

 だが、ふと治療の後の事を考えた。


 この場から重傷のアカサを連れて、鉱山砦まで逃げ帰らなくてはいけないのだ。


 とても逃げ切れるとは思えない。

 いや、今は目の前の戦いに専念しようと。


 だが突如、俺達の周囲からゴブリン兵が下がり始めた。

 奥にいる指揮官ゴブリンの号令だ。


 そしてゴブリン兵が引いたと思ったら、代わりに奥の暗闇から太鼓の音と共に行進してくる一団がいる。


 降りしきる雨と暗闇のせいではっきりとは見えないが、ニ十匹ほどの集団が俺達に向かって何かを引いて行進して来るようだ。

 その通り道をゴブリン兵らは空けていく。


 近くまで来てそれが何か判明した。


 二十匹ほどのゴブリン兵が大きな車輪付きのおりを引いて来たのだ。

 そのおりの中には巨大な魔物がいた。


 ドス黒い体躯たいく、暗闇でも赤く光る眼光、はち切れんばかりの筋肉。


「ミノタウロスのおでましか……」


 俺達の近くまで来ると太鼓の音が止み、おりも停止する。


 わざわざ太鼓を鳴らして行進して来るってことは、隠し玉ってところか。


 そしての扉がゆっくりと開かれると、中からよだれを垂らしながらミノタウロスが現れた。

 

 ミノタウロスはおりから解き放たれると、ゆっくりと地面を踏み固める様に歩いて来る。


 ミノタウロスは他の奴隷と同様に、足枷あしかせを着けている。

 金属製の頑丈なやつだ。

 それに加えておもりであろう大きな岩がくさり足枷あしかせつながれている。


 あれでは恐らく走ることはできない。

 それどころか、まともに動けないんじゃないだろうか。


 ミノタウロスは俺の前で立ち止まると大きく息を吸い、胸を膨らませる。

 そして空に向かって咆哮ほうこうした。


「ブモオオアアアア!」


 その雄叫おたけびとも吠え声ともいえない“音”は、周囲にいる者たちを委縮いしゅくさせた。


「くそ、言霊ことだまかっ、耳をふさげ!」


 言霊ことだま、声に魔力を乗せる魔法の一種だ。

 直ぐに耳をふさぐも間に合わなかった。


 このミノタウロスの吠え声は、それを聞いたものを委縮いしゅくさせる力があるようだ。


 俺はその魔法にいとも簡単に掛かってしまった。


 そこへミノタウロスの右手が大きく振りかぶられた。


 ――こぶしが落とされる!


 直ぐにそうさとったのだが、身体が委縮いしゅく状態で思う様に動かない。


「ええい、動けええっ!」


 俺の意思とは反対に身体はいう事を聞かなかった。







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