第55話 泥の中で






 アカサに押されて吹っ飛ばされたメイケが、泥だらけの地面へ顔から派手に突っ込んだ。


 押し飛ばしたアカサも勢い余って「うわ」と言いながら、一緒に泥の中へと突っ伏した。


 すっかり泥のかたまりと化したメイケが起き上がり、アカサであろう泥団子にキッと視線を向ける。


 するとプイっと視線をらす泥団子アカサ


「おい、アカサ。何が危ないんだ?」


 するとアカサ。


「だって、金メッケが抜け駆けしてこくろうと――ふげっ!」


 俺は突如殺気を感じてアカサを突き飛ばした。

 肩の辺りを狙ったんだが、運悪く掌底しょうていが強打で顔面に入ってしまったようだ。

 

「あ、すまん!」


 アカサは再び泥の中へと仰向けに突っ込んで鼻血状態だ。


 そのアカサの頭上を矢が飛んでいった。


 一瞬「何するんですかっ」と泥団子アカサが文句を言い掛けるが、ビイ~ンと木に刺さって震える矢を見て現状を理解したようだ。


 敵にバレたのだ。

 少し騒ぎ過ぎた。


「身を伏せてろ!」


 俺が怒鳴ると、慌てて二人は姿勢を低くする。


 しばらくじっとしていたが、何も起こらない。

 徐々に雨が俺達を洗い流していく。

 もちろんアカサとメイケの泥もだ。


 敵も馬鹿じゃないな。

 しっかり待ち伏せの短弓兵を配置していたとはな。


「メイケ、アカサ、俺がおとりになる。矢が飛んでくる方角を見極めろ、いいな。敵の位置を特定するんだ。頼んだぞ」


 俺が行こうとするとアカサが慌てて止める。


「ちょっと、待ってくださいよ。ボルフ曹長ストップでーす」


「ん、どうした?」


「そんなことしたら、またボルフ曹長が負傷しちゃうじゃないですか~」


「何を言ってるんだ。俺が負傷する前にお前らがクロスボウで仕留めれば良いだけだろ」


「はい、でました。何を勝手なことを言ってるんですか。私達はボルフ曹長とは違うんですよ。そんな簡単にはいかないですからっ」


「そうか……なら少しだけ助力をしてやる」


 俺はそう言って印を組み始める。

 そして二人のクロスボウに魔法を掛けていく。


「あ、魔法……」


「良し、この二つのクロスボウには魔法が掛かっている。威力はおさえたが、そのおさえた分だけ命中率が上がっているはずだ。ゴブリン相手ならこの威力でも当たればただじゃ済まない。それじゃ、行くぞ?」


 俺は二人の返事を待たずに草むらから走り出る。


 直ぐに矢が飛んできた。


 矢が俺の肩をかすめる。


 数メートル走り、俺は直ぐに草むらに身を伏せる。

 そして二人の方を見ると、少し見えたらしい。

 どうやら木の上にいるらしいのだが、暗くて良く見えない上に木の裏に隠れているらしい。


 そういうことなら、少し長い時間露出させれば良いだけだ。


 俺は再び走りだす。


 今度は少し長い間隠れずに走った。

 当然のことながら矢が俺目掛けて飛んでくる。


 そこへメイケとアカサがほぼ同時にボルトを放った。


 「ドス、ドス」と何かに刺さる音が聞こえ、「ギッ」と小さい悲鳴。

 そして「ドサッ」と何かが地面に落ちる音。


 意外にそれは近くだった。

 十五メートルくらい先だ。


 仕留めた後もしばらくその場で待機した。

 しかし敵の動きはない。

 ということはまだ他の敵には感づかれていないってことだ。

 ならば作戦続行だが、この二人をどうしたものか。


「アカサ、メイケ、まずは作戦中は喧嘩するな。それと俺の指示は絶対だ。それが守れるならついて来ても構わん。どうする?」


「ついて行きます!」


「……私も」


「良し、それじゃあ行くぞ。警戒体制のまま前進」


 俺を先頭にメイケ、アカサの順番で、敵陣を回り込むように森の中へと入って行った。


 途中、倒したゴブリンの短弓兵を確認、ボルト回収。

 一応死体は隠して前進した。


 他にも待ち伏せの短弓兵はいるはずだ。

 一匹だけのはずはない、と警戒していたんだが、幸いな事に遭遇することなく敵の側面へと回り込んだ。

 

 暗闇と降り続く雨のおかげで、姿と匂いを消せたからだ。


 しかし地面の泥濘ぬかるみひどい。

 何度も足を取られそうになる。


 長く続いた雨で地面の状態は最悪といっても良い。

 これだと味方の到着も遅れそうだな。

 士気が落ちるから口には出さないが、少し心配になる。


 さて、この辺りからはさらに慎重に動かないと、敵の見張りに気付かれる恐れがある。


 俺は身体がデカいからな、ここからは匍匐前進ほふくぜんしんする。

 もう敵陣営の明かりがすぐ見える所まで来ているから、俺達も慎重になる。


 しばらく匍匐ほふくで進んで行くのだが、メイケとアカサが俺の速度について来れなくなった。

 特にメイケは胸が地面にってしまい、かなり痛いらしい。

 そんなにデカかったのか……


 アカサがなんだかプンスカしながらメイケの胸をペシペシと叩いている。


「……や、やめて…た、叩かない、で……」


 それを途切れ途切れに言われると、なんだかいけない想像をしてしまうんだが。


 しかし着ている服の胸元が一部破けてしまっていて、凄い光景が俺の目の前にあるんだが。


 確かにメイケ……す、凄いな。


 叩かれながらも必死に胸元を直すメイケ。


「……ぼ、ボルフ曹長……み、みないで、くだ…さい……」


 し、しまった!

 ガン見していたか!

 

 アカサのメイケの胸への叩き方がペシペシだったのが、バシバシになってきたぞ。

 叩かれるメイケの胸が凄いことになってるんだが。


 気が付いたらアカサが俺に矛先を向けた。


 おい、アカサ、何で俺まで叩くんだよ。

 

 そこへ……


「静かに、敵がこっち来るぞっ」


 再び三人で泥の中へといつくばった。


 もう服なんか雨と泥でグチャグチャだ。


 敵の偵察部隊らしく、俺達の数メートル先を歩いて砦方面へと歩いて行った。


 通り過ぎたところで再び進む。

 四つん這いでの前進だ。

 これは俺が先頭で進んで正解だな。

 そこは進み始めて気が付いたことだ。

 少し後悔こうかいしている自分もいるんだが。


 敵の陣営は雨の中でもしっかりと松明たいまついている。

 金属製の傘がついてる物で、雨でも濡れない仕様のやつだ。

 だが数はそれほどないからやはり薄暗い。


 これなら十分に接近できる。


 狼も数は少ない。

 初めに見た十頭くらいから変わっていないようだ。

 奴らの間でも狼の数が減っているように感じる。

 調教が間に合っていないんじゃないかとも思う。

 人族の間でも馬不足のように、ゴブリンの間でも狼不足になっているんじゃないか。


 そんな中でお目当ての物を発見した。


 投石機だ。




 

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