第54話 少女の叫び






 戦場で長く生き残るには「引き際を間違わない」、これが重要だと俺は思っているし、実際にそれで十年以上を戦場で生き残った。

 引き際というのはタイミングが全てであって、そのタイミングを逃せば行く先には『死』が待っている。

 それを理解している者だけが戦場では生きられる。

 強さがすべてではないという事。


 それが分かっていながら、この鉱山砦から逃げられないと言うわな


 捕虜は置いて行けない。

 しかし連れて行っても足手まとい間違いなし。

 

 俺一人なら勝手に突撃して道を切り開けるんだがな。

 今回はそれが出来ない。


 かといってこのままこの場所にいたら、新たな敵が攻めて来る。

 今度はきっと本気で来るだろう。

 個々の強い魔物頼みでなく、数で物を言わせた戦術で攻めて来るだろう。

 ゴブリン兵が数百の隊列を組んで攻めて来る。


 そうなったら体力的に時間の問題になる。

 ましてや食料がない。

 持久戦になっても結果は同じ。

 八方塞はっぽうふさがりってやつだ。


 そして俺個人の問題もある。

 左腕が完治していないのだ。

 一見、治っているように見えるのだが、動かしてみるとそんなレベルではない。

 軽く手斧で素振りをしてみたんだが、違和感があるというかまともに振れない。

 左腕は使い物にならないと判明。


 しょうがなく、ゴブリン兵が使っていた盾を左腕に着けた。

 盾で攻撃を防ぐくらいなら動かせるからだ。

 何も持たないよりは良いだろう。


「ボルフ曹長、手斧はどうしたんですか?」


 マクロン伍長が早速質問をしてきた。


「ああ、面白そうな盾を見つけたんで、ちょっと試しに使ってみようかと思ってな」


 苦しい言い訳だが、マクロン伍長は「余裕じゃないですか」と全く疑わない。

 別に本当のことを言っても良いのだが、「完全復帰」とか「不死身の身体」とか皆の前で言われているからな。

 今更、左腕が調子悪いとか言えない。

 俺だってプライドってもんがある。

 皆に心配させたくないっていうのもあるが。


 だけどゴブリン兵の盾は小さいんだよな。

 あまり格好良くない気がするがしょうがない。


 敵の動向を聞いてみれば、野営地から動かないらしい。

 不気味だ。


 ゴブリン部隊の兵員数はまだ四百近く残っているはず。

 前の戦いでは主力の魔物とゴブリンの精鋭をぶっ倒しただけで、ゴブリン兵は数十匹くらいしか倒せていない。

 だから直ぐに攻めて来てもおかしくないんだが、奴らは沈黙を決め込んでいた。




 気が付けば空模様もまた怪しくなってきた。

 まるで戦況を表わしているようだな。


 そして夕方になると遂には雨が降り出した。

 そして奴らにも動きがあった。


 見張り塔にいる兵士が何かを見つけて叫ぶ。


「投石部隊です。奴ら投石機を持ってきました!」


 投石機が出てくると、柵の外から攻撃されてしまう。

 そうなるとほぼ一方的な敵の攻撃となり、外に出なければこちらからは攻撃できない。


 短弓とクロスボウなら届くかもしれないが、肝心の矢とボルトが残りわずかだ。


「敵の投石機は何基ある?」


 俺が見張りに聞くと「十基です」と返ってきた。

 さすがに十基もあると被害が相当出ると思われる。

 対策を考えないといけない。


 まあ、設置時間が掛かるから直ぐには攻撃してはこない。

 それに暗いと着弾が見えないから狙いも着けにくい。

 攻撃は明日、明るくなってからだろう。


 だがこれで敵ゴブリン兵四百匹に加えて、投石機が十基と敵戦力が増えてしまった。




「ベール中尉、話があります、ちょっと良いですか」


 俺は一人、ベール中尉の所へ足を向けていた。

 兵舎にある指揮官室だ。


 そこで彼は丁度食事をとっていたところだ。

 少ないはずの食料だが、彼だけは通常の量に見える。

 減らしているのかもしれないが、俺の目にはそうは映らない。


 お貴族様だからしょうがないと言えばそれまでだ。

 平民の俺がとやかく言える立場ではない。

 だが、少し怒りが込み上げてくる。


 戦いの最中は立派な軍人と思ったんだが、これを見たらやはりお貴族様なんだと思う。

 当番兵らしい若い兵卒の少年が、うらやましそうにその食事を見ている。


 ベール中尉は食事を終え、ボロ布で口を拭きながら返答した。


「それでなんだね、ボルフ曹長」


「はい、敵の投石機のことでお話があります」


「なんだ、言ってみてくれ」


「はっ、投石機は現在設置準備中と投石の石を集めているようです。そこでです。敵の投石機を一つでも多く叩き潰そうかと思いまして」


 怪訝けげんそうな表情で疑問を投げかけてくるベール中尉。


「どういうことだ」


「はい、夜になったら暗闇に乗じて投石機に細工をしてきます」


「そんなことが出来るのか?」


「恐らく奴らは俺達が砦の外に出て来るとは思っていないでしょう。きっと油断しているはずです。破壊できなくても細工するだけなら上手くいく可能性が大きいと思われます」


 それと投石による攻撃の対策も付け加える。


「それから最終陣地にいては投石を防げません。それで鉱山の坑道に退避してはどうでしょうか」


 鉱山の坑道ならば投石でも余裕で防ぐことが出来る。

 それに坑道内ならば敵が何匹いようが数匹ずつしか入って来れないから、数の少ない俺達には戦略的に都合が良い。


 俺の案には特に反対することもなく、すんなり意見は通った。

 ただ、あまり時間がない。

 朝までが勝負だ。


 動ける者が総出で坑道を塞いでいた板や土砂をどかす作業に取り掛かった。


 そして暗くなるのを待って俺は雨が降る中、鉱山砦をこっそりと出発した。

 そう、こっそりと出たはずだった。


「おい、何でついて来てるんだ」


「……」


「バレてるんだよ。いいから出て来い」


 俺の言葉にやぶの中から恐る恐る少女が二人出て来た。


 メイケとアカサの二人だ。

 二人は何か言い訳をしようと口をモゴモゴさしているんだが、適当な言葉が見つからないらしく、はっきりと言葉を発しないままだ。

 

 そこで俺の方から二人に言ってやった。


「今から俺がやろうとしているのは非常に危険な仕事だ。ハッキリいってお前らに無理だ。だからついて来るな」


 そう言うと、悔しそうな表情で黙り込む二人。

 俺が何も言わずに先を行こうとすると、アカサが俺の背中に言葉を投げかけてきた。


「そ、それでもっ。私は付いて行きます……」


 俺はピタリと歩を止め、ゆっくりと振り返る。


 そして今度は俺を真っすぐに見つめながらメイケが言った。


「……放って、おけません…昨日、死にそうに、なったんですよ……ボルフ曹長――」


 そう言って目に涙を貯める。

 今にもこぼれ落ちそうだ。


 俺が言い返そうとするも、メイケの続く言葉に何も言えなくなる。


「――ボルフ曹長は、ボルフ曹長は……いつも、いつも勝手です……どんなに心配しても…いつも…私なんか放って……行っちゃう……そんなの嫌。もうそういうのは嫌なんですっ!」


 メイケがデカい声でしゃべった!

 メイケのしゃべった内容よりも声の大きさに気を取られた。

 そして、思わず口に出た言葉。


「なんだ、普通に声、出るんじゃねえか」


 俺だけでなくアカサも驚いているようで、メイケの顔を見たまま固まっている。


「そ、そんな事……それよりも、私、ついて行きます…もう、待っているだけの女は……やめに、します。それに……わ、わ、私、ぼ、ボルフ曹長の、ことが――」


「――金メッケ、危な~~いっっ!」


 突然アカサがいかにもワザとらしく、両手でドンとメイケを跳ね飛ばした。




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