第53話 目覚めると






 俺は起き上がり、ベットに腰掛けたままアカサにたずねた。


「戦況はどうなっているんだ?」


 敵は撤退したのは何となく記憶しているが、その後の事がよく解からない。


「敵は撤退したんですけど、まだ砦の外にゴブリンがいますよ。とりあえずまだ攻撃はしてこないですけどね」


 そうアカサは説明してくれた。


 まあそうだろうな。

 昨日の戦いではそれほど敵の数を減らしてはいない。

 その代わりに敵の隊長クラスや精鋭を打ち倒したからな。


「アカサ、そう言えば蜘蛛くもの魔物はどうなった?」


「ああ、あれは逃げられちゃいましたね。誰も手を出そうとしなかったですからね~」


 それはまあしょうがない。

 どうせあの傷だと戦力にはならんだろう。


 それに少しはビビッているだろうから、向こうの士気はガタ落ちのはず。


 直ぐには攻めてこないと思うが、敵の増援が来ようものならまた攻めて来るだろう。

 ここは敵の勢力圏の地域、増援もそれほど時間は掛からない。


「そうか、それで味方の被害はどれくらいなんだ」


 とさらに質問をする。


「えっと、戦死者は出なかったんですけど、負傷兵が結構いまして……」


 そうか、負傷者は多いのか。

 まあ、あの激戦だ。

 負傷兵くらいは出るだろう。

 それに時間がたてば戦死者に変わる者も出てくるだろうしな。


「で、戦える者はどれくらいいるんだ」


「ええっと、五十人ちょっとくらいですかね。多分それくらいだと思います」


 だいぶ減ったな。


「そうか、ご苦労だったな。お前らは怪我とかしていないのか」


「はい、私達四人はピンピンしてますから安心して休んでいてください!」


 どうやら少女らに怪我はないようだ。

 少しホッとした。


「エリク軍曹も無事か?」


「はい、大丈夫です。目が覚めたらボルフ曹長にお礼を言いたいって言ってました」


 それは良かった。

 マクロン伍長にエリク兄さんを頼むって言われてたからな。

 約束は守れたか。


 よし、まずは現状を見てみるか。


 俺は装備を整え始める。

 ベット脇に置かれていたボロボロになった革鎧を身に着け、ベルトを腰に巻き剣を装備していく。


 それを見たアカサとメイケが急に動揺し始める。


「え、え、何してるんですか、ボルフ曹長。まさか、その傷で戦いに参加するつもりですかっ」


 アカサに慌てて止めに入られた。


「アカサ、メイケ。俺はベットの上で死ぬよりも戦って死ぬ方を選ぶ。それが戦士ってもんだ」


 兵士ではなく、えて“戦士”と言う言葉を選んだ。


 その言葉を聞いてアカサが必死に「休んでいてください」と説得してくるが、メイケはなんだか両手の平を顔の前で結んで、目をキラキラさせて俺も見つめてくる。


 お、メイケには俺の言葉が通じたようだな。

 それなら将来良い戦士にきっとなるな。


「メイケ、なに感動してるのよ。一緒にボルフ曹長を止めてよ」


 そこへ新たな来客が部屋に来た。


「声がしたから来てみたんだが、ボルフ曹長、気が付いたのか!」


 ベール中尉だ。


「ベール中尉、すいません。少し休ませていただきましたがもう回復しました。戦いに復帰します」


 俺の言葉にベール中尉は何度もうなずきながら俺の肩を叩く。


「いやあ、すばらしい戦いだったよ。実にすばらしかったよ。“魔を狩る者”の名にふさわしい戦いだったよ。傷はもう大丈夫なのか?」


「はい、完全ではありませんが、十分に戦えます」


 アカサとメイケが心配そうな表情で俺を見ている。

 そんなことはお構いなしにベール中尉は話を続ける。


「よし、ならば復帰してくれ。その前に生き残りの味方兵士に顔を見せて士気を高めてほしい」


「お安い御用です」


 俺はベール中尉に連れられて兵舎から出ると、いち早くマクロン伍長とサリサ兵長が俺を見つけたようだ。

 二人が笑顔で走り寄って来る。


「ボルフ曹長、気が付いたんですね」

「死んだかと思いましたよ」


 走り寄って来たところで俺は、サリサ兵長にカウンターでのデコピンを喰らわせた。


「ひぐっ」


 ひたいを両手で押さえてうずくまるサリサ兵長。

 ウサ耳がヒクヒクしながら足をダンダンしている。


 そして「いきなり何をするんですかっ」と不満を訴えてくるが、それに対して俺は「深い意味はないが昨日のお礼だ」と返答。


 俺の骨をいたぶってくれた“お礼”だ。


 するとサリサ兵長は考える様に俺をじっと見つめ、しばらくすると「ハッ」とした様子で気まずそうな表情に変わる。

 どうやら“お礼”の意味がわかったようだ。

 そして視線をスッとらしてつぶやいた。


「聞こえてたんすか……」

 

 少女らが四人が集まり、それぞれが無事を確かめていると、突然ベール中尉が大声を上げ始めた。


「皆、注目。“魔を狩る者”が死神をも倒してあの世から生還したぞ!」


 その言葉に見張りの兵士や作業をしている兵士、そして休んでいる負傷兵までもが俺を見た。


 そして俺に注目が集まったところでベール中尉が再び声を張り上げて話し出す。


「ここに“魔を狩る者”とワルキューレ達が再び戦線に完全復帰する。どんな敵が来てももう怖くないぞ。すべて返り討ちだ。その内に味方の増援も来る。それまでの辛抱だ。俺達はまだやれるぞ!」


 すると男達のあちこちから声が上がる。


「そうだ、俺達に怖い物はない!」

「不死の身体を持つ“魔を狩る者”だ」

「俺達はまだやれるぞ~」

「返り討ちだ」

「ワルキューレ万歳!」


 あちこちから「おお~」とか掛け声が聞こえ始めた。

 士気は旺盛おうせいのようで良かった。


 ちなみにワルキューレって少女達の事らしい。

 伝説上の戦乙女からきてるんだろう。


 そんな中、ベール中尉がドサクサに紛れて俺の耳元で小声で言った。


「士気は高いんだがな、実は食料がもうない」


 もうないってどういうことだ。

 すっからかんってことか?

 それを聞いてみると、兵達があまりに腹を空かしていたんで、制限なしに食ってしまったとのことだ。

 つまりほぼゼロに近い量らしい。


 節約しても一日で終わる量しかないそうだ。


 それに使える矢とボルトもほとんどない。

 そうなると飛び道具の援護がなくなるってことだ。


 これは士気が高くてもどうにかなるような状況じゃないぞ。


「あの~、この状況で俺に何を求めるんです」


 恐る恐る聞いてみた。

 すると高らかに笑いながらベール中尉は言った。


「ふはははは、勝利に決まってるではないか」


 この間まで捕虜だった人物がよく言えたもんだが、そんなことは口に出す訳ないが。


 だが、助けるんじゃなかったと、少しだけ後悔こうかいした。







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