第52話 少女達の懸命な治療
「ボルフ曹長っ~!」
少女の声がだんだん近づいて来る。
だがそれを判別できないほど視力が消え失せている。
エリク軍曹の声だろうか「今が押し時だ、一気に押し切るぞ!」と言ってるのが聞こえる。
俺の周囲からゴブリン兵達が消えて行くのが何となく感じた。
撤退していくようだ。
「門を閉じろ~!」
その声を聞いて、敵を押し返したのだと分かった。
安心して一気に力が抜ける。
さすがに立っているのも
いや、俺は今、横になっている?
緊張の糸が切れたからなのか、急に睡魔が襲ってきた。
眠い。
直ぐにでも眠れそうだ。
意識ははっきりしてるんだが、身体が全く言う事を聞かない。
身体が睡眠を欲している。
俺の意思に反して
「ボルフ曹長っ、意識をしっかり持ってください。寝てはダメです!」
この声はマクロン伍長か、意外と冷静なんだな。
「皆、手伝って。こっちに寝かせるよ。アカサ、金メッケ、ポーションと布の用意!」
この声はサリサ兵長か、ちゃんと下士官っぽい仕事してるじゃねえか。
成長したもんだな。
「ねえねえ、サリダン。白いのが……骨が、骨が出ちゃってるんだけど!」
アカサ、骨が見えたくらいで
「……死なないで、お願い…死なないで……死んじゃやだ……うっうっう」
メイケ、泣いてないでポーション頼むよ。
意識はあっても身体が動かないのがもどかしい。
ああ、でも急に意識が遠くなってきた。
血が足りないか。
もう俺の意思ではどうにもならない。
もう……ダメか……耐え切れ、そうに……な…い……
「ごらぁっ、起きろって言ってんだろうがぁあ!」
「ほげっ!!!」
頭を引っ叩かれたんだが。
意外と力が入ってるし。
それに、ちょっと恥ずかしい悲鳴が
声からしてサリサ兵長か。
おかげで目が覚めたけど、そんなに強く殴らなくても良いだろ。
「ダメみたい。骨を腕の中に戻さないと治らないみたいよ」
「わかった、私がやるよ」
どうやらサリサ兵長が俺の左腕から突き出た骨を元に戻すらしい。
そうしないとポーションが上手く効かないからな。
うぐぐぐぐ!
だけどな――痛いんだが!
こ、これは拷問だぞ。
うあががあああ!
折れる、折れる~
サリサ兵長、下手くそなんだがっ!
踏ん張るのに俺の顔に
「あ、とれちゃった……」
どういうことだよ!
おいおい、“とれちゃった”って聞こえたぞ?
俺は視力を失ってて、どうなってるか分からないんだよ。
サリサ兵長!!
「ええっと、か、重ねておけばだいじょぶ、でしょ?」
大丈夫じゃない!
おい、サリサ兵長、何やってる!
「こうして、こう重ねておけば……」
俺の骨は積み木細工じゃねえぞっ。
もっと丁寧に扱え!
「あれ、ボルフ曹長の表情が変わったよ。なんか怒ってる?」
アカサ、正解!
「あ、やった。出血が止まったみたい。これなら骨も引っ付くね」
どうやらなんとか上手くいったの……か?
「あ、脇腹も怪我してるよ。ほら、ここから
そう言えば、脇腹に槍を喰らったんだよな。
その時には神経が
「どれどれ、うわっ。なんか出てるよ、え、え、何、内臓?」
あれ、内臓が飛び出すほど酷かったとは思えないけどな。
「ほんとだ、なんか腸みたいなの出てるよ」
「うわっ、キモ!」
「引っ張っちゃえ」
こら、俺の内臓で遊ぶな!
「うわああっ、長いよこれ。長い、長い、どこまで続くのこれ?」
ああ馬鹿、引っ張り出してどうするんだよ!
馬鹿どもが!
死ぬだろ。
少女に殺される!
「あ、これ腰ヒモだよ。なんだあ。驚かさないでよね、こいつめ」
――バシッ!
おい、だから俺を叩くな!
腰ヒモと内臓を勝手に間違えたのはお前らだろうが。
サリサ兵長、覚えておけよ。
「……あ、ダメ…叩かないで……」
メイケ、お前だけが味方だぞ。
その後、治療もなんとか無事? に終わり、俺は意識を手放した。
* * *
どれくらい寝たんだろうか。
取りあえず朝のようだ。
ちょうど陽が昇り始めた頃か。
窓から薄っすらと陽が差してきた。
久しぶりに良く寝た次の日の朝を迎える気分だ。
痛みもあまりないし、視界も良好だ。
俺は最終陣地の元ゴブリン兵の兵舎だったところへ運ばれていたようだ。
ゴブリンの士官室だった所で、ベットは小さめだが個室になっている。
身体を起こそうとするが、何か重い物が俺の腹の辺りに乗っているのに気が付く。
見れば少女が俺の腹の上に顔を押し当てて寝息を立てている。
その少女は綺麗な柔らかそうな金髪をしており、手を伸ばして触りたくなるような感覚に襲われる。
そして気が付けば俺はその髪の毛に手を伸ばしていた。
サラサラだ。
ずっと触っていたいような手触りだった。
なんて柔らかで心地よい手触りなんだ。
そこへ突然、部屋の扉がバンと開き誰かが入って来た。
アカサだ。
「あ、ボルフ曹長!」
俺は瞬の早さで手を引っ込めた。
ちなみに俺の全力の早さだ。
「今、金メッケに
なんでそうなる!
ってゆうか、今の素早さを見切ったのかよ。
「な、何のことだ……」
「まあ、見なかったことにします……」
そう言って、アカサはツカツカとベット脇まで歩いて来ると、大きく右手を振りかぶった。
――バシ!
そして突然メイケの後頭部を引っ叩いて言った。
「金メッケ、いつまで寝たふりしてるのよ、さあ起きて」
頭を引っ叩かれたメイケは頭をさすりながらムックリと起き上がった。
「た、叩かなくても……い、痛いです……」
そう言いながら頭をさするメイケの顔は真っ赤だ。
寝たふりは本当だったらしいな。
って事はだ。
俺が髪の毛をいじっていたのがバレている?!
なんか、こう、なんというか、気まずいじゃねえか。
あ、それよりも傷はどうなってる?
ここは敵の勢力圏内であり、戦いは終わっていない。
だから俺自身がまだ戦える状態なのかどうかは非常に重要だ。
左腕を見れば完治とまではいかないが、ほぼ治っている。
だが、おかしい。
俺達が持って来たのはそこまで効力のあるポーションではない。
「なあ、アカサ。俺はどれくらい寝ていたんだ?」
「え、昨日からですけど?」
なんだ、一晩しか寝てないのか。
ということは、一晩であの傷が治ったってことだ。
結構な値段のするポーションだな、これは。
「俺に使ったポーションだが、どこから持ってきたんだ」
気になるから聞いてみた。
「ああ、あのポーションね。マクロン伍長の私物みたいですよ。マクロン伍長の実家は結構なお金持ちみたいですからねえ。
そうか、そういうことか。
おかげで助かったけどな。
だが以前俺ならあんな戦いはしなかったんだが。
危険は避けて確実に勝てる戦い方をしてきたはずだ。
そうやって俺は
俺の中で何かが変わり始めているというのか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます