第51話 3匹のゴブリン






 悲鳴が聞こえた。

 蜘蛛くもの悲鳴ではない。

 見張り塔からだ。


 少女らの悲鳴らしい。


 遠くから見たら、俺が蜘蛛くもまれているように見えたのかもしれない。


 だが俺も声を上げていた。


「がああああぁっ!」


 自分の腕から飛び出した骨で、魔物を突き刺すのがこんなに痛いとは思わなかった。

 自然と叫び声が出てしまった。


 俺は立っているのもつらくなって、その場でしゃがみこむ。


 目を突き刺された蜘蛛くもも相当痛かったんだろう。

 凄い暴れっぷりだ。

 背中のゴブリンを振り落としている。

 無理した甲斐かいがあったというもんだ。


 こいつとは接近戦で挑むのが正解らしい。

 もう一度でもバリスタを喰らったら危ない。


 目を潰された蜘蛛くもは背中のゴブリンを振り落した後も、あちこちと動き回っているが、もはや逃げ道を探している様子。


 もう一匹の前脚を失った蜘蛛くもも、ぎこちない歩き方で門から出て行こうとしている。

 背中のゴブリン兵が必死で戦うように仕向けているが、蜘蛛くもは一切それに従う気がないようだ。


 門から逃げる蜘蛛くもは放って置いても問題ないが、片目の蜘蛛くもの方が砦内を徘徊はいかいするのはちょっと良くない。


 とどめを刺そうと目を潰された蜘蛛くもに接近しようとするが、中々に素早い。


 それに左腕の痛みが増してきた。

 さすがの俺でも骨が皮膚から飛び出している状態では、死ぬほど痛い。

 くそ、止血しておいた方が良いか。


 だがその前に、目の前にいるゴブリン兵どもをなんとかしないといけない。

 

 俺は切っ先をゴブリン兵へと向ける。


 すると集団の中から三匹ほど前へと出て来た。

 どうやら腕に自信のある三匹のようだ。


 その三匹が俺と対峙たいじする。

 手練てだれのようで他のゴブリン兵とは装備が違うし、雰囲気がいかにも一癖ひとくせありそうな三匹だ。


 メイスをクルクル回すようにしているゴブリン、長槍を構えるゴブリン、盾を構えて剣を振りかざすゴブリンの三匹。


 それを取り囲むようにゴブリン兵が立ち並ぶが、攻撃してくるというよりも戦いを見物する感じか。


「これは面白い展開になってきたじゃねえか……」


 俺の漏らした言葉に答えるかのようにメイスを持つゴブリン兵が叫ぶ。


「ギャイ!」


 盾剣装備のゴブリンが盾をかざして俺の正面から接近して来る。

 身体が隠れるほど大きな盾だ。

 と言っても人族の俺にしたら小さな盾だが。


 メイスを持ったゴブリンは俺の左側へと回り、長槍を持つゴブリンは右側へと回って行く。

 

 対峙たいじしてわかったことだが、確かにこいつらはゴブリンの中でも腕が立つんだろう。

 だがそれはあくまでもゴブリンの中でのことだ。

 つまり俺の中でのこいつらは雑魚ざこでしかない。


 片腕のハンデくらいくれてやる。


 だが人族に比べて力が弱いゴブリンが打撃武器のメイスを使っている?

 ってことは、特異魔法を使うってことか。


 まずは目の前に来た盾を足でり飛ばす。


 同時に左側からメイスが、右側から長槍の突きが迫ってくる。


 武器のリーチの差で長槍の穂先が先に俺の顔面に迫り来る。


 俺は盾を蹴っている為、直ぐに次の行動がとれない。

 そこを狙った一撃だったんだろう。

 でもそれは想定済み。


 俺は長槍の穂先を首の捻りだけでかわしつつ、右手で持っていた剣を手離す。

 そしてその空いた右手で長槍の柄を掴んだ。


 だが下半身はまだ蹴ったままの状態で、直ぐには体勢を変えられない。


 それで俺は後ろへと体重を移動する。

 盾剣ゴブリンは俺に蹴られて後ろへとっている。

 体勢を崩された盾剣ゴブリンは、これで少しの間は手出しできないな。


 俺は右手の長槍は掴んだまま、背中から倒れ込む。


 その倒れ込む勢いで長槍ゴブリンを槍ごと引っ張る。


 メイスゴブリンの方向へと。

 その時メイスゴブリンが持つメイスが輝いているのをチラッと認識した。

 やはり何かの魔法だ。

 こいつは先に黙らせないとマズい。


 俺はそのまま手で握った槍をメイスゴブリンの喉元のどもとへと、強引に押し込んだ。


 確かな手ごたえを感じる。


 同士討ちに近い形にさせた訳だが、長槍ゴブリンは槍から手を離さない。

 それどころか、味方を攻撃してしまったことに動揺どうようもしてないようだ。

 落ち着いた様子でメイスゴブリンの喉元のどから槍を引き抜いた。


 そして長槍ゴブリンは、軽く舌打ちをしてから俺との距離を取った。

 

 メイスゴブリンはというと、武器のメイスをその場に落として、両手でのどを抑えてひざを突いている。

 「ゴポ、ゲポ」とのどに開いた傷と口から、大量の血を出している。

 

 これでこいつは排除したようなもんだ。


 そこで盾剣ゴブリンも体勢を立て直して、今度は俺の左右に分かれて布陣した。


 逃げないところはめてやる。


 さて、さっさと勝負を着けて――なんだ、眩暈めまいがするな。

 ヤバい、左腕の出血が過ぎたか。

 そろそろ止血しないとまずいみたいだ。


 俺の意思とは関係なしにひざがガクガクし始めた。

 耐え切れずに片膝かたひざを突く。


 視界がボヤけてきた。


 ひざに両手を置いて強引に立とうとするが、ふら付いて逆に倒れそうになる。


 周りのゴブリン兵どもが騒ぎ出す。

 「今がチャンス」とか言ってんだろうか。

 

 俺は地面に落とした剣を拾おうとするが、剣がかすんで距離感がつかめず手で触れることもできない。

 

 慌ててポーションを取り出すのだが、そこへ長槍ゴブリンの突き攻撃でポーションを手から落としてしまう。

 くそ、ポーションを使わせてはくれなさそうだな。


 しょうがなく腰に差した短剣を引き抜いた。


「おまえらにはな……こ、これで十分だ……ぐっ」


 力が入らない。

 だが強引に立ち上がる。


 よろけた。


 ダメだ、ここで倒れたら俺は死ぬ。

 ここで死ぬわけにはいかない。


 その時、少女達の声が聞こえた。

 何を言っているのかまでは分からない、だが俺を心配しているというのはなんとなく理解できる。


 俺は右側にいる長槍ゴブリンへと短剣を振るった。


 空を切る。


 代わりに槍が俺に迫る。

 

 それに合わせて身体を捻る。


 脇腹がカッと熱くなった。

 一撃を喰らったみたいだ。


 続いて左側にいる盾剣ゴブリンへと短剣を振るう。


 手ごたえはない。


 逆にバランスを崩して転びそうになる。


 そこへ左腕に剣での一撃をもらう。

 しかし痛みはもう感じない。

 直ぐに体勢を立て直し、左へ右へと短剣で威嚇いかくする。


 味方から見たら、俺はいったいどんな状態なんだろうか。

 そんな事を考えられるくらいの余裕はあるようだ。

 我ながら少し驚く。


 足がもつれて倒れそうになり、またしても片膝かたひざを突いてしまう。


 周りのゴブリン兵らの歓声が上がるのが聞こえた。


 その歓声でどちらかのゴブリンが、俺に攻撃をしかけようとしているのが分かる。


 そこでやっと俺は自覚した。

 視力がほとんどなくなっていることを。


 ボンヤリとは見えるがそれが何か判別はつかない。

 近くで見ればなんとか解るかもしれないが、所詮その程度。


 俺は勘だけで長槍ゴブリンへと短剣を向ける。

 

 そして勘だけで首を傾ける。


 耳元で何かがヒュンと通り抜ける。

 それは長槍の穂先だろう。

 上手くかわせたようだ。


 だが生暖かい液体がほほを流れる。


 きっと俺の血だ。


 今の槍の突きのせいだろう。


 それとは行き違いで、右手の短剣に手ごたえを感じる。


 耳元で「ギギギ……」といううめき声が聞こえた。


 短剣を通して手に肉を突き刺す感触が伝わり、俺はそのまま体重を乗せて短剣を奥まで差し込んだ。


 だが、この後の行動が取れない。

 短剣で仕留めたゴブリンを払い除ける力が振り絞れないのだ。


 その時、殺気を感じた。

 そして盾剣ゴブリンがその剣を俺に向かって振りかざす様子を想像した。


 だが俺に剣は振り下ろされず、代わりに盾剣ゴブリンからの悲鳴が聞こえた。


「ギギャア」


 俺は不思議に思いながらも短剣をやっとのことで引き抜いて、悲鳴のする方へと短剣を突き出した。


「ギャフ……」


 悲鳴が止んだ。


 周りのゴブリン兵からの歓声も静まる。


 ボンヤリとした視界の中で俺が短剣を引き抜くと、背中にボルトが刺さった盾剣ゴブリンが、ゆっくりと俺に倒れかかってくるのが見えた。

 そのゴブリンの眉間には、俺が短剣で突き刺したであろう傷も見える。


 ――背中に刺さったボルト


 つまり少女の一人が放ったものだ。

 俺は助けられたようだな。


 周囲のゴブリン兵が何が起こったか理解し始めたようで徐々に騒ぎ始める。


 後方から声がした。


「俺達も行くぞ!」


 最終陣地の方から男達の「押し返せ~」という声が響いてくる。

 それに交じって聞こえた「ボルフ曹長~!」という声が、何故か俺の心を安心させた。




 

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