第49話 侵入!
ゴブリン兵の突撃に合わせてベール中尉の声が響く。
「応戦準備~!」
投石による攻撃準備だ。
前回の時よりも味方のハシゴは増やした。
それにより投石兵の数も倍近くまでになったが、敵の数はそれ以上に増えている。
ハシゴに登った味方兵士が敵の数を見て表情を変えている。
だがやるしかないのは分かっているから「くそ」と悪態をつきながらも投石の準備をしていく。
俺も敵の動向を見る為もあって、ハシゴの一つを使って柵の上から顔を出して様子を伺ってみる。
正面門へ向かう一団とその左右の柵へと向かう一団が目に入った。
正面門に向かう部隊は丸太の杭を抱えるゴブリン兵を中心に、革鎧で身を包んだゴブリン兵が槍と盾を構えながらそれらを守るように取り囲む。
正面門の左右に展開する部隊は、ハシゴを抱えるハシゴ兵と歩兵が警戒しながら前進して来る。
ハシゴの数は二十近くあるだろうか。
ハシゴを抱えたゴブリン兵の一団が柵の近くまで接近する。
そして投石がギリギリ届くか届かないかくらいの微妙な距離で止まる。
何をするかと思ったら、ゴブリン歩兵が盾は構えたままで、もう片方の手で革の
スリングという投石用に作られた遠心力で飛ばす革製の
手で投げるよりも遠くへ飛ばすことが出来る反面、的に当てるにはそれ相応の訓練がいる。
「スリング攻撃、注意!」
味方の誰かが叫んだ。
こういった事に直ぐに反応するところは、やはり新兵とは違う。
そしてスリング攻撃が始まったと同時に、ハシゴ兵が柵の下へと走り寄って来る。
ハシゴといっても切り出した丸太から作った急造品だ。
我々の物とは全然違う。
早く作ることを前提にしたため、かなり重そうだ。
そのせいか、雨でぬかるんだ地面に足を取られているが、なんとか柵に接近してきている。
当然味方から「投石始め~」の掛け声で、そのハシゴ兵を石で迎撃するのだが、敵からは圧倒的な数のスリング投石の援護がある。
まともに顔を出せないほどの量の石が降り注ぐ。
こちらも盾を構えて投石を防ぐのだが、防御しながらハシゴ兵の接近を防げるほどの余裕などない。
そして正面門の扉の前でも、扉破壊ようの杭を持つゴブリン兵への投石が始まっている。
それだけではない。
正面門とは反対側の柵でも、多数のハシゴを持ったゴブリン兵が殺到していた。
短弓兵の男共を配置した見張り塔から攻撃可能だったようで、しきりに矢を飛ばしている。
だが矢で射られるゴブリン兵の数よりも、柵を越えようとしているゴブリン兵の数の方が圧倒的に多い。
それに後方に配置している見張り塔以外の味方兵は少ない。
ここは決断する時かと思い、正面門の前の密集隊形を取る部隊の方を見る。
するとちょうど指揮をとるベール中尉と目が合った。
ベール中尉が
それで意思の
ベール中尉が手を挙げて合図をする。
すると誰かが笛を長く二回吹く。
その笛の合図に合わせる様に正面門の左右に控えていた兵士から「せ~の!」と掛け声が上がる。
そして一気に門が開いた。
門は壊されたら再利用は出来ないが、開いてしまえば壊されない。
敵を撃退したらまた閉めれば良い。
門が解放されると味方兵士達は、一目散に鉱山砦の中央に作られた“最終陣地”へと移動する。
それまでの時間稼ぎをするのが、正面門の前で密集隊形をとる味方の男達だ。
見張り塔の上から少女らがその男達に声援を送ると、ニヤけた馬鹿面で手を振って返す密集隊形の男共。
ベール中尉まで手を振り返すとは……
男の俺が言うのもなんだがな、まあ、男なんてこんなもんだ。
はたから見たらみっとも可笑しい。
俺も気を付けないと。
マクロン兄のエリク軍曹はどこかと言うと、その密集隊形をとる隊列の後方にいる。
副隊長の位置だ。
比較的安全な位置ではあるけど、隊長や副隊長は狙われやすいから注意が必要だ。
マクロン伍長に頼まれたからな、兄のエリクを守らなくちゃいかん。
門が開くと敵のゴブリン兵が、丸太の杭を放り捨てなだれ込んできた。
護衛のゴブリン兵ももちろん入って来る。
砦の中の標的ならば、見張り塔から射れることが出来る。
ただ矢やボルトには限りがあるから、十分引き付けてから良く狙えと言ってある。
なので、時折だが矢やボルトがゴブリン兵を襲う。
そこへエリク軍曹の掛け声のもと、密集隊形をとる歩兵部隊が槍を構えながら、侵入して来るゴブリン兵へと向かって行った。
ゴブリン兵はというと、その密集隊形の突き出す槍で次々に串刺しになっていく。
だが、敵は数の暴力で対抗する。
正面門の両側ではハシゴを使ってゴブリン兵が柵を乗り越え、ロープを垂らして次々に鉱山砦内の地を踏む。
密集隊形を組む味方兵士も左右に回り込まれて、徐々に後退を余儀なくされてしまっている。
しかし、味方の兵士のほとんどは最終陣地へと退避済み。
頃合いが良いところだろう。
「ベール中尉、待避完了です!」
俺は敵ゴブリン兵を斬り倒しながら叫ぶと、ベール中尉は俺の方をチラッと見た後、「下がれ~!」と叫んだ。
その途端、隊列は一気に崩されて散開する。
その場に十人が残り、後の兵は一斉に後方へと走って行く。
一部は後方から侵入してくる敵に対応し、それ以外は最終陣地へと向かった。
俺は残った十人へと加わる。
残った兵と俺の役目は時間稼ぎだ。
その残った十人の中にはマクロン伍長の兄のエリク軍曹もいる。
俺はエリク軍曹と目が合ったのでニヤリと笑みを送った。
するとエリク軍曹は親指を立てて笑い返す。
やる気満々だ。
密集隊形で食い止めていた敵集団が、一気に残った俺達へと襲い掛かる。
その集団の真ん中へと俺は躍り出た。
「ゴブリン兵ども、ここから先は通さんぞ」
俺が言おうとしたセリフをエリク軍曹に先に言われた。
エリク軍曹が俺の方をチラッと見ながらニヤリとする。
何か俺に対抗心でも抱いているっぽい。
どうでも良いが。
ゴブリン兵らは、その言葉に反応するかのように「ギギャア!」と叫びながらこちらに向かって走り込んでくる。
その中にゴブリンの隊長らしき者も見える。
俺も走りだす。
突っ込んでくるゴブリン兵の集団と接敵する寸前で、俺は
背の低いゴブリン兵には丁度良い高さだ。
あっという間に腹に斬撃を受けて吹き飛ぶゴブリン兵達。
雨のおかげで良く滑る地面が、俺の身体に勢いを乗せる。
その勢いのまま終着点のゴブリン隊長を襲った。
ゴブリン隊長は俺に向かって持っていた剣を振るうが、タイミングが合わずに空振り。
そこへ俺の足の裏がゴブリン隊長の
くるっと前方へ回転するゴブリン隊長。
そのまま回転して俺の上へと落ちて来たんで、持っていた剣を突き出せば、向こうから串刺しになってくれた。
「ギギャッ」
小さく悲鳴を上げてカッと目を見開いたまま絶命するゴブリン隊長。
「なんだ、剣を交わしもしないでこれか」
俺が残念そうにつぶやくと、残ったゴブリン兵の全員の視線が俺に向いた。
「おお、やっとその気になったか。いいぞ、肩慣らしに丁度良い」
俺は立ち上がって指をクイクイとやると、馬鹿にされているのが解かったのか、ゴブリン兵の叫び声が方々で聞こえてきた。
エリク軍曹が「俺の剣技も見てろよ」と言って、ゴブリン集団の中へと突っ込んでいった。
自分で言うだけあって、エリク軍曹の剣の腕は中々良いようだ。
弱った身体とはいえ、ゴブリン兵相手なら引けをとらない。
ここに残った兵士十人は、全員が悪くない腕前である。
ゴブリン相手なら相手が正規兵でも引けを取らないだけ剣の技術と、数々の戦闘での経験があるようだ。
エリク軍曹を守ってくれと言われたが、その必要もない気がする。
この程度なら負傷もしなさそうだ。
俺達の周りには次から次へとゴブリン兵の屍の山が出来ていく。
だが敵の数が多い。
元捕虜の体力は低く、あっと言う間に疲労感が出てきた。
見るからに動きが遅くなっていくのだ。
エリク軍曹も例外ではない。
肩で大きく息をしている。
後方を見れば味方は最終陣地へと退避完了している。
それなら俺達も退避するか。
「エリク軍曹、後退だ。ここは俺に任せろ、残った兵を連れて後方へ下がれ!」
エリク軍曹は小さく「すまない」と言って、仲間を引き連れて後退を始める。
引き際もわきまえているところはさすがだ。
こういう判断力は戦場での生き死ににおいて非常に重要だ。
俺は一人残り、次から次へと入って来るゴブリン兵を見やる。
うーむ、思った以上に数が多いな。
まあ、少しだけ暴れて下がるか。
十匹ほど切り倒し、さて、下がろうかという時だった。
正面門の方が騒がしい。
ふと、そちらに視線を持っていくと、ちょうど正面門をくぐって侵入してくる魔物が見えた。
茶色の体色で三メートルほどの体長、そして足が八本。
背中には戦闘室と呼ばれる箱を乗せていて、その中にはゴブリン兵が四匹とバリスタが積まれている。
そのバリスタは槍だけでなく、石も打ちだせる厄介な投射武器だ。
そのバリスタ
こいつを放って置くと、最終陣地が潰されるな。
そう考えたらこいつを放って下がる訳にはいかなくなった。
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