第48話 少女らと差し入れ







 多くの味方の死傷者を出してしまったが、後退する場所はもちろんない。

 この場所で徹底抗戦するしかない。

 それが全員が助かる唯一の方法。

 救援が来なかったら、なんてことは考えないことにした。


 鉱山砦内ではあちこちで怒声どせいが飛び交う。


「捕虜のゴブリン兵は牢にぶち込んでおけ!」

「使える矢とボルトは回収しろ、敵の武器もだ」

「グズグズするな、敵は待ってくれないぞ」


 捕虜になる前に下士官だった連中が、上手くまとめてくれている。

 非常に助かる。

 なんとか軍隊を保っている。

 この状況で士気が落ちたら終わりだからな。

 でも士気は高いが体力が低いのはどうにもならない。

 それだけが心配だ。


 幸いな事に敵はもうほとんど残っていない。

 とても攻撃してこれるほどの数じゃないはずだ。

 これでしばらくは味方を休ませられるか。



  *  *  *



 陽は沈み、辺りは暗闇に包まれている。

 ドス黒い雲にはばまれて月も見えず、シトシトとただ雨音だけが聞こえてくる。


 敵もさすがに少なくなった残存兵力では攻めてこない。

 だが時々暗闇に乗じて何者かが周囲をコソコソと動き回る。

 視界が悪いので確認できないが、姿が見えなくてもその辺りへ投石をすれば、「ギギャ」と言っていなくなる。


 敵の姿が見えないというのはそれだけで不気味で、恐怖心と不安感が増す。

 精神攻撃をされている感じだ。

 

 それに敵の野営地が見える所にあるというのも落ち付かない。

 

 ここから少し離れた森の中でゴブリン部隊が火をともしている。

 この場所からそう遠くない所で野営をしているのだ。


 バリスタや長弓ならば届くだろうが、そんなものここには無い。

 忌々いまいましい限りだ。


 俺達は一歩も鉱山砦から出ることなく、交代で休憩をとりながら体を休めた。


 深夜になって各部署の巡回がてら、俺は少女らのいる見張り塔へと向かった。

 見張り塔へのハシゴをそおっと登って行く。

 寝ている者を起こさないようにだ。

 

 見張り塔の上はちょっとした快適空間となっていた。

 小柄な少女らには十分の広さのあるスペースがあり、しかも屋根があるという贅沢ぜいたく

 雨をしのげるというのはメリットが大きい。

 それに何処どこからかき集めて来たのか、毛布や毛皮が敷き詰めてある。

 この場所だけ違う空間だな。


 俺が塔に上がると直ぐに、人差し指を口に当てて「シー!」と言われた上に注意された。

 

「ボルフ曹長、静かにお願いしますよ」


 サリサ兵長が小声でそう言った。


 見れば床に少女二人が身を寄せ合って丸くなって寝ている。

 メイケとマクロン伍長だ。

 交代で仮眠をとっているのだ。


 まるで小動物の冬眠のようだなと思い、思わず苦笑する。

 二人のあどけない寝顔を見ると、この異質な空間も相まって、ここが戦場だという事を忘れてしまう。


 しかし俺は直ぐに我に返り、起きているアカサとサリサ兵長の二人に視線を合わせる。


 二人はどこから入手したのか、焼いてある芋を食べている。

 ここでの食事は誰もが生で芋をかじっていたはずだ。

 だが彼女らが喰っている芋は焼いてあるし、貴重な塩を付けながら食っている。


「おい、その芋と塩はどうした?」


 俺が聞くとアカサが喰い掛けの芋を俺へと差し出して言った。


「ボルフ曹長も食べます?」


 一瞬だけ躊躇ちゅうちょするが、くれるというなら貰うよ?


 久しぶりの調理された食べ物の芋に俺はかじりつく。

 入手経路が気になるが食欲の方が打ち勝ったのだ。

 やはり生で食うよりも全然旨い。

 久しぶりのまともな食べ物でもある。

 塩が芋の旨さを引き立てているしな。


 サリサ兵長が俺が食うのを見てなんかニヤニヤしている。

 反対にアカサは様子を伺う様に俺をチラチラ見ている。

 何なの?


「で、この芋をどこで手に入れた?」


 するとアカサは別の芋を取り出して再びかじりながら返答する。


「なんか~、捕虜だった兵隊さん達が“差し入れ”とか言って持って来てくれたんですよ。あ、その毛布とか毛皮もそうです。色んな兵隊さん達が代わる代わる持って来てくれるんですよね~。なんかここにいる男の人達は皆良い人みたいですね」


 こいつらは『下心』という言葉を知らないのか?


 しかし捕虜の野郎どもめ、そういう作戦で攻めてきたか。

 こんな状況でも女に目がいくとはあきれる。

 ま、その程度なら問題は起きないから放って置くか。


 だけど、何で新しい芋があるのに食いかけを俺に渡したんだ、アカサ?


 俺は一応納得して少女らの見張り塔を離れようとハシゴに手を掛けると、寝ていたうちの一人がモゾモゾと動き出した。

 そしてその金髪の少女と目が合った。

 メイケだ。


「すまんな、起こしちまったか。ちょっと巡回がてら様子を見に来ただけだ」


 そう言うとメイケは急に飛び起きて胸元を手で抑える。


 まて、その反応やめてくれ。

 俺がなんか悪戯いたずらしようとしたみたいじゃないの。


 そしてメイケが聞き取るのもやっとくらいの小さな声で言った。


「も、もしか…して…わ、私の…ね、寝顔……見ました、ね……」


 そりゃあ寝顔くらいは見るよ。


「それくらいは勘弁しろ。だけど触ったりしてないぞ。だいたいアカサとサリサ兵長がいるからそんな事できないからな」


 そう反論したんだが、メイケは顔を赤くして毛布に隠れてしまった。

 

 なんだよ。今まで何度も一緒に野営してるだろ。

 しかしよく考えてみると、メイケは寝るときいつも毛布で見えなくなるな。

 ということは寝顔は見てなかったのか?

 それさえ覚えてないけどな。


 何だか気まずい感じのまま、俺は少女らの見張り塔から離れて行った。

 だけど何か呑気のんきというか、戦いの最中とは思えないな。

 このまま味方が来るまで敵が攻めて来なければ良いんだが。


 しかし、ここは敵の勢力圏内であるという事を忘れていた。




 丁度、陽が昇り始めた頃だ。

 見張りの兵士が叫んだ。


「敵の部隊が来ます!」


 敵の増援部隊らしい隊列のようだ。

 昨日の部隊は先遣隊だったようで、こちらが本隊っぽい。

 規模がはるかにデカい。


 俺は慌てて見張り塔へのハシゴを登る。

 自分の目で確かめたかったからだ。


 そして敵の増援部隊を見て言葉に詰まる。


 その数はざっと見ても五百以上か。


 来るのが早かったということは、近くに駐屯でもしていたんだろうか。

 まあ、今やそれさえどうでも良い。


 朝食として生のまま芋をかじりながら配置に着く味方兵士達。

 その表情は「二度と捕虜はなるまい」といった感じか。

 士気は落ちていない。


「総員配置に着け~~っ!!」

「投石兵、準備しろ!」


 味方下士官らの勇ましい声が鉱山砦内を飛び交う。


 敵部隊は到着すると、直ぐに木を切り倒し始めた。

 正面門を打ち破る破城杭でも作っているのか。


 確かに破城杭は作っているようだが、それ以外にも何やら多数作っている。

 攻城兵器かもしれない。


「ハシゴだ……くそ、奴らハシゴを作ってやがるぞ」


 俺の言葉を聞いて、近くにいた兵士が大声でベール中尉へとそれを知らせる。

 内容を知った味方兵士らがザワつき始める。


 敵はハシゴを柵に立て掛けて乗り越えようとする作戦か。

 今までの様に正面門だけを見ていればよい状況ではなくなった。

 今いる我々七十人ほどの戦力で、この鉱山砦の周囲すべてを守らなければいいけなくなった。

 

 正面門だけなら良かったんだがな、周囲すべてとなるととても見切れない。

 だが敵の数は5百匹。

 きっと攻めてくる場所は数か所に絞るはずだ。

 こちらもそこへ戦力を集中する。


 数時間かけてハシゴを幾つも完成させたようだ。

 もちろん正面門を突破する為の杭も出来上がっている。


 止んでいた雨も降り始め、暗い雰囲気の中で戦いは始まった。

 雨のお陰で敵は火攻めが出来ない、それは非常に助かった。

 木で作られたこの砦も、柵に火を放たれれば燃えてしまうからだ。


 どうやら攻めてくるようだ。

 敵が隊列を組み始めた。

 敵は二つの部隊に分かれた。

 一つは正面門へ、もう一つはその反対側の柵へと移動している。

 正面門は予想がついて良いが、裏側へ回った部隊が心配だ。


 そして裏側へ回ったゴブリン部隊は、少女らが守る見張り塔近くへと移動して行く。


 くそ、そうきたか。

 俺は少女らが守っている見張り塔へと急ぐ。


 俺が少女らの見張り塔へと移動すると、なんだが呑気のんきに食事をしている。


「おい、敵が目の前に来てんだぞ。なに呑気のんきにエサを食ってんだ」


 一応、敵の監視をしながらの食事だが、他の兵士に比べて呑気のんきすぎる。

 するとサリサ兵長がモグモグしながら言った。


「……ング…腹が減っては戦ができないって言うじゃないですか~。それとエサってひどいですよねえ」


 お決まりのセリフが返ってきた。

 だが良く見れば、またも他の兵士とは違う物を食ってやがる。

 他の兵らと同じ芋なんだが、湯気が出ているじゃねえか。

 それにまたも貴重な塩を付けながら食べてやがる。


「おい、その食料と塩、どうしたんだ?」


 と俺が聞くとマクロン伍長が返答する。

 

「なんだか捕虜の兵隊さん達が、代わる代わる“差し入れです”と言って持って来てくれました」


 やっばりそういうことか。

 差し入れなら俺に文句を言われずに、少女らと会話できるからな。


「ったく……分かった。良し、食事は終わりだ。武器を持て、敵が柵を登って来るぞ」


 それを聞いてアカサが見張り塔から下をのぞき込む。

 そして目を丸くして言った。


「す、すごい数。なんかハシゴみたいなの持ってるし」


 すると他の少女らも慌てて下をのぞき込む。


「ほんとだ、集まって来てる~、なんかヤバくない?」

「うわっ、す、すごい数」

「戦闘準備しよ、戦闘準備」


 慌てているようだが、なんかそうは聞こえないよな。

 そもそもちゃんと見張りしてたのかって聞きたい。

 取りあえず確認だけはしておく。


「いいか、奴らはあのハシゴを使って柵を乗り越えるつもりだ。作戦通りにやるぞ」


 少女らは黙ってうなずいた。

 俺が見張り塔から下りようとハシゴに手を掛けると、マクロン伍長が言葉を言葉を掛けてきた。


「あの、こんなこと言うのも変ですが……兄さんを守ってください」


 俺は返事に少し迷ったが、小さな声で「ああ、努力はするさ」と返した。


 俺は見張り塔から降りると正面門へと向かう。

 そっちの方面が一番騒がしいからだ。


 正面門に俺が到着するタイミングで、ゴブリン部隊の鼓笛隊がドンドコ太鼓を鳴らし始めた。

 そして長い笛の音が響く。


 突撃の合図だ。


 合図と共にゴブリン兵らが一斉に動き出す。


 正面門の扉を杭で打ち破るべく、切り出した丸太を担いでゴブリン兵が突撃して来た。


 こうして戦いが再び始まった。



 


 

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