第45話 鉱山砦の制圧作戦
鉱山を襲うにあたっての一番の難関が、どうやって柵の中に入るかだ。
だがそれも、エリク軍曹の言葉で一部解決した。
「それなら問題ないです。元々脱走する計画で――」
話を聞けば脱走計画を進めていたようで、柵には人が抜けられるくらいの切れ込みが入れられていて、ちょっと押せば穴が開くだろうとの事だ。
だが穴が狭いため一人で通るのがやっとらしい。
それだと全員が通り終わるまでに時間が掛かり過ぎる。
それを指摘したところ、エリク軍曹が思い切った作戦を立案してくれた。
抜け穴と並行して、正面門から堂々と侵入する作戦だ。
上手くいくか解からないが、やってみる価値はありそうだ。
その辺は策士のエリク軍曹に任せることにしよう。
こうして俺達は再び鉱山に向かって歩き出した。
俺は最後尾を歩いているのだが、前を歩く行列はまるで亡者である。
これで本当に戦えるのだろうか心配になる。
ある程度歩いたところで野営をする。
捕虜達にはとにかく食べて寝てもらい、少しでも体力の回復を望む。
翌朝、といってもまだ辺りは暗闇だ。
鉱山を朝出発する集団を襲う為の早起きだ。
直ぐに前日の内に下見しておいた奇襲ポイントへと向かう。
鉱山からそれほど離れてはいない場所だ。
恐らく大きな声で叫べば、鉱山砦までなんとか聞こえる距離にある。
言葉の内容までは聞こえないが、何か騒ぎが起きているのが分かるレベル。
しばらく潜んでいると、お目当ての集団が来た。
日も登り辺りも明るくなってきた時間だ。
やはりゴブリン兵が十匹ほどと捕虜が二十人が、荷車を引きながらやって来た。
全く警戒している雰囲気はない。
そして一斉にクロスボウのボルトが放たれた。
初撃で三匹のゴブリンにボルトが突き刺さり、その内の二匹は絶命。
しかしまだ俺達は出て行かずに、もう一度だけ斉射をする。
その間にゴブリン兵が助けを求めるような声を上げた。
鉱山砦に聞こえる様になのか、かなりの大声である。「敵襲」とか言っているのかもしれない。
ある程度、ゴブリン兵に叫ばせたところで、近くに潜んでいた味方がゴブリン兵に襲い掛かった。
二十人の味方がゴブリン兵に襲い掛かった。
弱って衰弱してるとはいえ、元が兵士である上に二倍の兵力なのだ。
二線級のゴブリン兵などに負けるわけがないはず。
だが、期待通りにはいかないもので、かなり苦戦している。
逃げられない様に
ゴブリン兵の方が断然速い動きをする。
それでもなんとか一匹、また一匹と倒していく。
その時、誰かが叫んだ。
「一匹逃げるぞ!」
周囲を見まわすと、森の中へと走って行くゴブリン兵が一匹見えた。
同時にメイケがそのゴブリン兵をクロスボウで狙っているのが見えて、追いかけようとする味方を俺は制止して言った。
「大丈夫だ。彼女に任せておけば問題ない」
どうせ、捕虜達の足では追いつけないしな。
俺の言葉とほぼ同時にメイケのクロスボウからボルトが放たれる。
逃げるゴブリン兵が後ろを確認しようと振り向いたそのタイミングで、ボルトはその顔面に突き刺ささり、ゴブリン兵は崩れるように倒れた。
味方の男が「すげ~」と小さく声を漏らす。
さて、ここからが忙しい。
「急げ、打ち合わせ通りだ」
俺が声を掛けて味方の男たちを
ある者は捕虜達への伝達係に、ある者は包帯の係と役割分けされた通りに作業は進む。
ゴブリンの死体に布を巻き、負傷兵の様に見せる。
そしてそれを荷車に乗せていく。
まだ息のあるゴブリン兵には、しゃべらせない様に口にも包帯を巻き、両手も後ろで縛り付ける。
味方の男達の何人かは、それら息のあるゴブリン兵の“負傷兵”を担がせる。
捕虜達には俺達のこれからする作戦が伝わったようで、やる気がみなぎっている。
やはり腐っても元兵士ってことか。
これで準備完了だ。
いかにも魔物か何かの襲撃に合ったような敗走部隊の完成だ。
荷車を引いて鉱山砦の正面門に着けると、予想通り襲撃の時の叫び声が聞こえていたようで門は閉まっている。
門の横にある見張り塔からゴブリン兵が顔を
多分「何かあったのか?」とでも言っているのだろう。
元捕虜の男が背負う息のあるゴブリン兵が、
そこで捕虜の男が身振り手振りで、魔物に襲われたと伝える。
これで門が開けばしてやったりだし、開かない場合は侵入口から入った部隊の腕に掛かっている。
だが、すんなり門は開いた。
ゴブリン兵の負傷偽装が功を奏したようだ。
怪しまれない様に負傷してもいない足を引きずって歩く者や、苦しそうに負傷部位を手で押さえたりと、中々どうして皆の演技が
その集団が門をくぐろうかという時、荷車の荷物から「ゴソッ」と物音が聞こえた。
荷物の中に潜んでいる誰かだろう。
さすがにこれは門兵にも聞こえたらしく、荷車の荷物に被さった布に手を掛けた。
ええい、くそ!
少し早いがしょうがない。
「かかれ!」
俺が叫ぶと、荷車に掛かっていた布がバッと取り払われて、中から元捕虜だった男達が現れる。
同時に俺はメイケとアカサとマクロン伍長の三人で、隠れていた近くの草むらから飛び出した。
荷台に潜んでいた男達の手には、ゴブリン兵から奪った槍や短剣が握られている。
中にはシャベルを握る者もいる。
その各々の武器をゴブリン兵へと振りかざした。
驚いたゴブリン兵はパニックになる。
だが塔の上にいる短弓兵は落ち着いて、早くも地上へと矢を
味方の男が肩に矢を受けて、片膝を突く。
「見張り塔の短弓兵を狙え!」
俺の声に少女三人が斜め上にクロスボウを向ける。
そしてバシュッっと
しかし、早々当たるもんでもない。
そもそも塔の上の短弓兵は半身を隠しながら矢を射ることができる。
下にいる俺達は完全に不利な体勢だ。
短弓兵の反撃に対して、少女らは直ぐに物陰に隠れる。
そうなると、少女三人と塔の上の短弓兵との撃ち合いだ。
その間に元捕虜の男達は門を閉めようとするゴブリン兵に対し、数の暴力で押しつぶした。
騒ぎに兵舎からゴブリン兵がワラワラと現れて来た。
先頭で出て来たゴブリン兵が、こっちを指さして大声で何かを訴えようとした。
その時だった。
ドスッという音を響かせて、そのゴブリン兵の頭にボルトが突き立った。
すぐ後ろから出て来たもう一匹のゴブリン兵は、何が起こったか理解が追いつかずにキョロキョロしている。
そこへ再びボルトが飛来してゴブリン兵の腹に突き刺さった。
抜け穴から侵入したミイニャ伍長とサリサ兵長のクロスボウ攻撃だ。
どこかに潜んで狙撃してくれている。
ゴブリン兵の数が集まる前に、まずは門をくぐらないと。
俺は呪文を唱えながら印を組み、己の剣にマジックアローの魔法を掛ける。
俺の言うところの“シャドウ・ソード”ってやつだ。
詠唱が終わると剣が僅かに輝き始める。
その剣の柄を握りしめて、見張り塔へと走った。
そして塔の根元の支柱に剣の刃を振り下ろす。
剣の刃が支柱の丸太に食い込んだ途端、魔法は発動された。
黒い輝きが放たれて、支柱が切断される。
一瞬だけ剣が三振りになるも、魔法の効果が切れて元の一振りの剣に戻る。
もちろん効果は剣三振り分だ。
するとバキバキと音を立てて見張り塔が傾いたかと思ったら、一気に横に倒れた。
それはゴブリンの兵舎をも巻き込んだ。
もちろん塔にいた短弓兵が無事であるはずもない。
味方から歓喜の声が上がるが、俺は「まだ戦いは続いているぞ」と
喜ぶのは戦いに勝ってからだ。
ここへ来てもやはりゴブリン兵は弱い。
男達は密集陣形をとり、槍を突き出しながらゴブリン兵へと対峙する。
ゴブリン兵はろくな戦い方も知らないようで、その密集陣形へと突っ込んで行って串刺しになっていく。
正面門さえ押さえればゴブリン兵に逃げ道はない。
一応だが裏門らしきところはあったのだが、何故かそこは中から塞がれていた。
徐々に味方が押して行き、最後まで抵抗していた別の塔の短弓兵が倒れて、この戦いは
ここで大歓声が上がった。
涙を流してまで喜ぶ男達。
「これで家族の元に帰れるのか」
「まさか生きて帰れるとは」
「ああ、本当に帰れるのか」
誰もが故郷に帰れる事の嬉しさを口にした。
この奴隷鉱山で死んでいった戦友へ祈る者も多数いる。
そして改めて俺達は捕虜達に取り囲まれて礼を言われる。
捕虜の誰もが、満面の笑顔だ。
だがここで呑気にしている訳にはいかない。
この後の事を説明して準備を急がなければいけないからだ。
俺は捕虜の中の士官や下士官だけを集めて説明する。
幸い中尉だった士官がいたので、その人を中心に話を進めた。
名はベール中尉と言って、長槍部隊の小隊長だった人物らしい。
人族同士の戦いでの士官クラスの捕虜だと、大体が身代金と交換で釈放されるのだが、ゴブリン軍とではそういった取引はない。
兵卒も士官も奴隷というひとくくりの待遇のようだ。
お陰でお貴族様であるベール中尉も、見た目は他の捕虜達と見分けがつかないくらいボロボロだ。
かろうじてボロボロの軍服の階級章で、士官と判断出来る。
そして、そのベール中尉を通して次の作戦へと移る準備を急ぐのだった。
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