第44話 マクロン伍長の兄







 まずは先回りして奇襲に適した場所に着く。


 ゴブリン兵の武器は槍だが、弓を装備している個体はいない。

 もしかしたら革スリングを持っている奴がいるかもしれないから、スリングによる投石には注意する。

 だが飛び道具を持っていたとしても恐らくそれだけだ。

 飛び道具を持っているゴブリンは優先的に倒す。


 これらの情報は皆で確認した。

 

 作戦としては最初のクロスボウ攻撃で、出来るだけ数を減らす。

 その後、俺が乱入して接近戦を仕掛けるから、少女らは狙撃して俺の援護。

 

 これらを全員に話し、最後に一言付け加えた。


「――それから味方を射たない様に注意しろ。よおし、全員配置に着け!」


 少女らはそれぞれの配置場所へと移動する。

 

 もう少しすれば、捕虜を連れたゴブリン兵がここを通る。

 ここは森の中の小道だ、周囲に俺達が隠れる所はたくさんある。

 選んだこの場所も奇襲攻撃を仕掛けるのに悪くない。


 ただ、クロスボウ兵が苦手な接近戦になる可能性がある。

 そうなる前になんとか終わらせたい。


 配置についてしばらくすると、小道の先に荷車を押す集団が見えてきた。

 ゴブリン兵と捕虜達で間違いない。


 俺は少女らに手で合図を送る。

 少女らも手で「了解」と返答する。


 雨足が強くなってきた。

 これはもう本降りだな。


 雨音に交じって、荷車のガラガラといった車輪の音が近づいて来る。


 俺は隊長と思われるゴブリン兵へと狙いを定め、クロスボウの引き金を絞った。

 バシュッという弦が弾く音の直ぐ後に、ゴブリン兵の隊長の悲鳴が聞こえる。

 ボルトがそいつの胸に突き刺さっているのが見えた。


 数秒遅れて他のゴブリン兵からも悲鳴が聞こえる。

 少女らのクロスボウだ。


 さてと、ここからは俺の時間だ。


 俺はクロスボウをその場に置いて立ち上がる。

 そしていつものように抜剣して敵へと走って行く。

 右手には剣、左手には手斧を握りしめて。


 突然のクロスボウ攻撃と俺の出現に、ゴブリン兵は対応しきれていない。

 かろうじて槍を構えるのが精一杯といったところだ。

 ゴブリン兵の隊長を真っ先に仕留められたのも効果が大きい。


 連携を取られると厄介だが、隊長がいなくなったからその心配もなさそうだ。


 捕虜達も俺の出現に驚いている。

 まさかこんな奥地で、味方に遭遇するとは思ってなかったんだろう。


 俺は一番近くにいるゴブリン兵へと走り寄り、横なぎに剣を振るう。

 胴体はバシャリと水溜まりへと倒れ込み、雨水を赤く染める。

 そして首だけが森のどこかへと飛び去った。


 直ぐに新たな標的を見つけ、今度は左手の手斧をゴブリンの頭に叩き下ろした。

 

 それにしても手ごたえが薄い。

 奴隷鉱山の警備兵なんて二戦級の兵士なんだろうか、大した抵抗も出来ずに次々に一撃で崩れ落ちていく。


 まるで祭りの露店の子供向けゲームだ。


 戦いの片手間に捕虜の足かせを剣で叩き壊す。


 足かせが外れて自由になった捕虜が、倒れたゴブリン兵の武器を拾って他のゴブリン兵を牽制し始めた。

 さらに俺は捕虜の一人に持っていた手斧を渡して言った。


「これで仲間を解放しろ!」


 手斧を手渡された捕虜は大きく縦に首を振ると、次々に仲間の足かせを壊して回って行き、味方がどんどん増えていく。


 その間にも少女らのクロスボウが、ゴブリン兵を一匹また一匹と射止めていく。


 うーむ、それにしても呆気あっけないな。

 ゴブリン兵が余りに弱い。

 

 奇襲攻撃から数分で敵ゴブリン兵は全滅した。


 捕虜達は相当にうっぷんが溜まっていたようで、ゴブリンの死体に群がって、何度も何度も足で踏みつけている。


 終わってみれば圧勝で捕虜にも負傷者はなし。

 完勝だった。


 戦闘が終わったとほぼ同時に、マクロン伍長が飛び出して来て、捕虜の一人に勢いよく抱き着いた。


「兄さん!」


「の、ノエミなのか?」


 兄さんと呼ばれて抱き着かれた男が、マクロン伍長の顔をのぞき込むように見る。

 その途端、男はその場で泣き崩れた。


 兄妹っていうのは本当だったようだな。

 あれがマクロン伍長の兄の“エリク”らしい。


 厳しい捕虜生活で相当に過酷な毎日を過ごしてきたんだと思う。

 それが今爆発したんだろう。


 二人してしゃがみこんで泣き始めた。


 だが、俺としてはここを早く移動したい。


「マクロン伍長。取り込み中ですまんが、ここは危険だから移動しないか?」


 するとマクロン伍長は「はっ」とした様子で我に返り、一言「すいません」と俺に言うと、今度は振り返って捕虜達全員に対して言った。


「私達はあなた達を助けに来ました。今から安全な場所へ移動しますので、ついて来てください」


 すると捕虜達から弱々しくも「おお~」と歓声が上がる。


 そしてマクロン伍長の兄のエリクが、俺に向かって言った。


「ありがとう、本当にありがとう。ただ逃げる前に、荷車から食料を持って行きたいんで少し待ってくれ。それと武器になるものもだ」


 そうか、腹を空かしているんだよな。


「ああ、そうだな。少しだけ待つから急いでくれ」


 そう言って、少女らには周囲の警戒をさせた。


 荷車には芋や水が積まれていたようで、捕虜達は荷物を探りながらも芋を生のまま、むさぼる様に食っていた。


 武器になりそうなものを探したんだが、シャベルやつるはしくらいしかない。

 そうなると武器はゴブリン兵が持っていた槍と短剣を捕虜に装備させ、足りない分はシャベルを持たせた。

 

 そこで一旦、道から外れて森の中へと退避する。


 しばらく歩き、森の奥へ入ったところで休憩できる場所を探した。

 時間にして一時間も歩いていないんだが、それでも苦しそうな者が何人もいる。

 厳しい捕虜生活で、体力がかなりおとろえているようだ。


 歩きながらエリクが捕虜の代表として礼を言ってきた。

 元々の階級は軍曹とのことで、小隊付きの下士官だったようだ。

 そこで改めてお互いに自己紹介した。


 そしてなんとか休憩できそうな場所を見つけ、ここでしばしの休息をとる。


 体を休めながらも、この先の事を考える。

 先ほどの戦闘の跡はその内に必ず見つかる。

 そうなれば必ず追手の狼が出て来る。

 ここは敵の支配地域、とてもじゃないが逃げ切れない。


 確実に追いつかれる。

 歩くのもやっとなのに、これでは追いつかれてもまともに戦えない。

 ということは確実に死者が出る。

 

 どうする?


 俺が悩んでいると、捕虜の一人が俺の前へと歩み出る。

 その捕虜とはエリクだった。


「あの、助けてもらっておいて図々ずうずうしいお願いなんだが、鉱山の仲間を救い出すのを手伝って貰えないだろうか」


 あまりにも無謀むぼうなその提案に、きっと俺はけわしい表情をしたんだと思う。

 一瞬、エリクがたじろいだ。


 しかしなおもエリクは話を続ける。


「確かに無茶なお願いなんだが、勝算がない訳でもないんだ」


 そんなことまで言ってくるエリクに対して、俺は怖がらせない様にと出来るだけ無表情で返答した。

 

「勝算があると?」

 

「ひっ……す、すいません。勝算はあります」


 逆に怖かったらしい……

 それに言葉使いが丁寧になったよな。


「そ、そうか。ならばその勝算とやらを聞こうか」


「はい、あの鉱山は閉鎖するようです。それで荷物をこうやって捕虜と一緒に運び出しているんです。でも一旦出発した一団は戻りません。だから次の一団が出発するまでは気付かれないはずです。その次の出発は明日の朝なんです」


「明日の出発は朝だけか?」

 

「いえ、明日の昼にも出発します。ただ、今日の夕方に到着するはずの我々が現れないので、到着予定の場所から捜索隊が出るかもしれません。そうなると明日の昼頃には敵の援軍が来る可能性もあります」


 なるほどな。

 そういう事か。

 やりようによっては確かに勝算はあるか。


「輸送の一団を奇襲して数を減らして、仲間を増やして鉱山を襲うってことか」


 明日の朝の輸送集団を襲って、さらに仲間を増やすのと敵兵を減らすってことだ。


「はい、そうです」


「だがな、貴官らのこの状態で戦えるのか?」


 そこが一番の問題点だ。

 現在に二十人はいるのだが、やせ細って体力は激減している。

 とても武器を手に取って戦えるとは思えない。

 だいたい、その身体で良く鉱山労働をやっていたな。


「少し食べて寝れば何とか戦えます。大して戦えなくても数で圧倒します。今鉱山に残っているゴブリン兵は四十ほど。朝の輸送を襲えば残り三十です。それに対してこっちは四十六になります」


 うむ、無謀にも思えるが出来そうな気もする。

 なんせ鉱山のゴブリン兵は戦いに慣れていないようだし。


 聞けば、鉱山に残っているゴブリンも装備の基本は槍で、短弓兵は五匹ほどしかいないらしい。

 捕虜達が言うには短弓兵以外は雑魚だと。


 それであれば上手くやれば、鉱山の捕虜を解放出来るだろう。


 だが柵の中に入り込まないといけない。


 それに助け出したとしても、その後が問題だ。

 体力のない大勢の捕虜を連れて味方陣地まで逃げ切れるのか?

 

 ただでさえ体力のない身体で逃走して、追手に追いつかれた時、とてもじゃないが戦う体力などないだろう。

 

 いっそ、鉱山に立てこもって応援を呼ぶか。

 いや、こんな敵地の奥まで来てくれるはずもないか。


 だいたい、こんなところに鉱山があるとは知らなかったな。


「エリク軍曹、ひとつ聞くが鉱山からは何が取れるんだ?」


「ああ、あれは魔石鉱山です。といっても採掘量は微々たるもんですけどね」


「ポーションや魔道具の材料になるあの魔石か?」


「はい、そうです。その魔石です」


「そうか、それは良い事を聞いた。利用できそうだ」


 するとエリク軍曹は不思議そうな表情で念を押してくる。


「採掘出来ると言っても、本当に少量ですよ?」


「いや、それで良い。採掘量など関係ない。採れるという事実があればそれで問題ない。これで全員を救えるかもしれないぞ」


 俺はひとりほくそ笑むのだった。







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