第43話 マクロン伍長と奴隷鉱山







 すぐに二組に分かれて鉱山の周囲を回ってみた。


 見た所、鉱山の周囲は三メートルの高さの木の柵が巡らされていて、周囲の警戒は四か所ある見張り塔だけだ。


 出入口は恐らく一か所。


 見張り塔のゴブリン兵にさえ見つからなければ、柵の近くまで近寄り隙間から中を観察できるのではないだろうか。


 雨のおかげで視界が非常に悪いため、見つからずに接近するのは容易という俺の判断だ。


 だが俺一人で接近する。

 自分だけならもしもの時でも対処できる。

 その案に反対する者はいなかった。


 さらに注意事項をメンバーに告げる。


「もしもの場合は散開して逃げろ。それで最後に野営した場所で集合だ。俺は見つかっても逃げ切れるから余計な手出しはするなよ。それじゃあ、行ってくる」


 そう、言い残して俺は一人鉱山へと接近して行く。

 体中に葉の付いた枝で偽装して。


 後ろから「ミノムシみたいにゃ」とか聞こえて来るが無視。


 かなり用心して接近したんだが、どういう訳か警戒している様には見えない。

 拍子抜けだ。

 見張り塔のゴブリン兵は外の監視というよりも、中の監視をしている感じで、視線は常に鉱山の方を向いている。


 それに雨音で移動音も聞かれないしこれは都合が良い。

 俺は何事もなく無事に柵に張り付き、柵の隙間から中をのぞく。


 どうやらこの鉱山は非常に小さい規模らしい。

 坑道が少ない、つまりあまり採掘していないってことだ。

 出来たばかりの鉱山だからなのか、これから掘り進めようとしていたのかはわからない。

 でも現段階では小さな鉱山だ。


 その為、守備をしているゴブリン兵も多くはない。

 五十匹もいないんじゃないだろうか。

 兵舎の規模からいってもそんなもんだろうと思う。


 それに対して労働者はもちろん人族の捕虜で、その数も百人もいないくらいだ。


 それとこの鉱山だが、もしかしたら閉山しようとしているのかもしれない。

 薄暗くて見えずらいが、坑道も石を詰め込まれて直ぐには使えない様にしている。

 それに捕虜達が総出で荷車に道具や木箱を積み上げている。


 人族の支配地域が広がり、この鉱山も危ういと思ったのだろうな。

 

 それにしても捕虜の健康状態がひどい。

 やせ細り、怪我をしている者も少なくない。

 ろくな食事もさせてもらっていないようだ。


 もしかしたら人族側の奴隷農場や奴隷鉱山も同じような感じなのだろうか。

 そうだとしたらお互い様だが。


 捕虜は二人一組で足首に足かせを付けられているようで、行動はいつもその二人組となっている。

 あれでは簡単には逃げられない。


 そんな感じでしばらく観察していたら動きがあった。


 十人ほどの捕虜が一台の荷車を引っ張り始めた。

 さらに別の十人も新たな荷車を引っ張り始める。

 その十人は足かせすべてが一本のロープで繋げられている。


 それを監視するように十匹のゴブリン兵が、荷車の周囲に取り付いた。

 時々ゴブリン兵が手に持ったむちで捕虜を打つ。

 倒れようもんなら直ぐに近くまで行って、倒れた捕虜を足蹴あしげにする。


 見ていると怒りさえ込み上げてくる。

 今すぐにでも躍り出て、奴らを切り刻んでやりたいところだが、グッと我慢。

 今は耐える時間だ。


 その一団は門へと向かう。


 鉱山から外に出るつもりか。

 ということは、これは完全に引っ越しだな。


 俺は一旦、皆のいる所へと戻り、注意を喚起する。


「捕虜が見張りのゴブリン兵と一緒に門から出て来る。気を付けろ」


 全員が身を隠して門の方に視線を向ける。


 しばらくすると門が開き、中からゴブリン兵と共に人族の捕虜が、荷車を引っ張りながら出て来た。

 それを監視しながら俺はメンバーに説明する。


「中の様子を見た感じだと、この鉱山は閉山するみたいだ。それで荷物をまとめて捕虜と一緒にああやって引っ越しして行くようだ。捕虜の数は百人以下、敵はゴブリン兵で五十匹ってところだな」


 俺の説明を皆は黙って聞いている。

 

 そんな中、マクロン伍長だけが必死に望遠鏡で、引っ越しする一団を確認している。

 兄がいるかどうか確認しているんだろう。

 だが、そう都合よく見つかる訳――


「ぼ、ボルフ曹長、兄です、兄がいます」


 ――見つかったのかよ?!


「マクロン伍長、間違いじゃないのか。ただ似ているだけかもしれないだろ。そう簡単に見つかるとは思えないからな」


 だが、マクロン伍長は興奮しながら反論する。


「いいえ、間違いありません。あれは“エリク”兄さんです」


 そこまで言い切られると否定できない。

 だからといって今出来ることなどないから、俺は黙って見守るだけだ。

 しかしマクロン伍長は何やらゴソゴソ始めた。


「おい、マクロン伍長、何してる?」


 見れば背中に背負っていたクロスボウを手に持って、発射準備をしようとしているではないか。


「兄を助けるんです。このまま見過ごせば、兄はもっと敵の奥地へ連れて行かれてしまいます。兄を救うには今しかありません」


 マクロン伍長の言い分は確かにわかるんだがな。

 だからといって今は団体行動をしているんだ。勝手な行動は死を招く。


 俺はマクロン伍長を手で制止しながら言った。


「待て。このタイミングで手を出せば、鉱山の守備隊のゴブリン兵五十匹と闘う事になるんだぞ。そうなれば、ここにいる四人の少女も巻き込まれるってことだ。下手したら死者が出るんだぞ。マクロン伍長の自分勝手な行動の為にな」

 

 俺の言葉を聞いてマクロン伍長は手を止め、皆の顔を見回す。

 そして一瞬、地面を見つめた後、肩を震わせながら俺に訴えかけてきた。


「それじゃあ、どうしたらいいんですか。このまま兄が連れて行かれるのを黙って見ていろって言うんですかっ」


 俺を見つめるマクロン伍長の目からポロポロと涙が溢れだす。

 くそ、女の武器をここで出してきたか。

 俺は言葉が詰まる。


 するとサリサ兵長が口を開いた。


「ボルフ曹長、私さ、そろそろ暴れたくなってきたかな~なんてね」


 その言葉に呼応するかのようにアカサも口を開く。


「あ~、私もなんか日頃の鍛錬たんれんの成果を発揮したくなってきちゃったかな~」


 そしてミイニャ伍長。


「やってやるにゃ!」


 最後にメイケがボソリと告げた。


「……私も」


 これで全員がマクロン伍長に賛同したことになる。

 良い意味でも悪い意味でも連帯感というか、仲間意識が強くなってきやがったか。


「マクロン伍長、良い戦友を持ったな」


「は、はい?……ありがとうございます?」


 さて、こうなったらしょうがない。


「ならば、作戦を立てるぞ。いいか、敵は……」


 俺が話しかけたところでマクロン伍長が言葉を挟んできた。


「あ、あの、すいません、ボルフ曹長?」


「……どうした、マクロン伍長」


 マクロン伍長は実に言いずらそうに言った。


「もしかして、その~、兄の救出を手伝ってくれるのですか」


「それ以外に見えるのか」


 この俺の一言で再びマクロン伍長の目から涙が溢れだす。


「あ、あ……ありがとう、ございます、本当に……」


 あ、また泣かしちまったか。


「マクロン伍長。泣いてる暇があったらだな、その、なんだ。作戦の説明に加われ。それに泣くのはまだ早いぞ。泣くのは兄とやらを救出してからにしろ」


 マクロン伍長は無理やり笑顔をつくりながら俺の話に加わった。

 しかし、こぼれる涙は止まらなかった。


 作戦は簡単だ。


 襲撃時の音が鉱山守備隊に聞こえないくらいの離れた距離で、待ち伏せによる奇襲攻撃を加える。

 ゴブリン兵は一匹も逃さないのは絶対条件だ。

 逃がして応援を呼ばれたら大変だ。


 こっちはとにかく人数が少ない。

 クロスボウの初撃で敵の数を減らしたい。

 

 数を減らしたところで突撃して一気に準滅する。


 一番怖いのは、ほとんど抵抗もなく逃走されるのが困る。

 その場に留まってくれればゴブリン兵ならその内に片が付く。

 しかしバラバラに茂みの中へでも逃走されると、とてもじゃないが追い切れない。


 そうさせない為にも奇襲攻撃は必須だ。





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