第42話 雨の中の偵察









 俺はメイケの片足を手際よく小脇に抱える。

 するとビクンと身体を振るわせ、小さな声で「あっ」と言って縮こまるメイケ。


 俺が何をするのか解かったのか、アカサが直ぐにバックからワイン袋と包帯代わりの布を取り出す。

 メイケの小さな足を布で綺麗に拭きつつ、靴擦れ部分にはワインを染み込ませた包帯を巻いていく。

 かなり我慢していたと思われるほどに靴擦れの傷はひどい。


「ほら、もう片方の足を出せ」


 俺がそう言うと、すごすごと左右の足を交代して俺の前に差し出す。

 実に恥ずかしそうで、俺と目を合わせられずに、時々上目遣いでチラ見してくる。

 気持ちはわかるが、やられる俺の方が恥ずかしい。

 普通にしてくれないものか。


 それを見ていたアカサが布を拾うフリをして、メイケの太もも辺りをペシリと叩いた。


 すると「はうっ」と言ったきり、メイケはうつむいてしまう。

 そしてメイケはあらわになっていた太ももの上に、そおっとバックパックを置くようにして隠した。


 しかし、そんなことを露骨ろこつにされたら、嫌でもついつい目がそちらにいってしまうじゃないかよ。


 それに気が付いたメイケは、「ううう」と声を漏らして両手で顔を隠してしまった。


 なんだか俺が少女に悪戯いたずらをしているようで嫌なんだが。


 メイケの治療が終わると、何故か突然アカサが「痛い、痛い、足が痛いよー」と、いかにもワザとらしく大げさに騒ぎ出した。

 しかしマクロン伍長が今までにないほどの早さで接近して、アカサの後頭部をパチーンと引っ叩いてその騒ぎは終わった。


 小休止を終えて再び歩き出す。

 

 時々ゴブリン兵の偵察部隊に遭遇するようになったが、警戒している様子もない。

 それでも遭遇は避けたい。

 暴れたいのは山々だが、今は隠密行動だ。

 暴れるのは帰りで良い。


 俺は歩きながらもメイケの足をチラチラと気にして見ている。


 あまりにひどければ、ポーションの使用も考える。

 敵に見つかった場合に、逃げ切れない可能性は消しておきたかったからだ。


 もちろん歩行速度はこれで遅くなってしまったが、それはえて黙っている。

 だがメイケの歩きを見る限り、この歩行速度ならば問題はなさそうだ。

 

 ただ、俺がチラ見しているのに気が付いたのか、メイケが歩いている最中ずっと顔を赤くしている。


 するとアカサが俺とメイケの視界を防ぐように現れて、服のすそをまくって太ももをあらわにし出した。

 するとマクロン伍長が走りながら手を振りかざし、バッチーンとアカサの後頭部を引っ叩いた。




 出発して三日目、朝から空模様が怪しい。

 空は灰色の雲に覆われていて、太陽が見えない。

 今にもポツポツときそうな雰囲気だ。


 雨は体力を奪い、歩行速度を落とす。

 それにバックパックの食料が水に濡れると、一気に保存食の意味をなさなくなる。


 それでいて俺達に雨をしのぐ手立てはマントしかない。

 夜は毛布になり寒い時は防寒具にもなる便利アイテムのマント。


 これで荷物ごと体をスッポリ包めば少しは雨をしのげる。

 しかしそれでも完全ではないが、フードも被れば無いより全然ましだ。

 

 出発して少しすると雨は降り始めた。

 

 嫌な雨の中、森の中を伸びる獣道のような所をひたすら進んで行く。


 だがこれで匂いや足音の心配はなくなった。

 敵に発見される危険が減ったと思えば恵みの雨だ。


 結局、午後になっても雨は止まず、全員がずぶ濡れになった。

 雨が止んだのは陽が沈みかけた頃だった。


「ボルフ曹長、空を見てください。神様の架け橋が現れましたよ!」


 そう言ったのはマクロン伍長だ。


 そう言われて、うっそうとした森の中から空を見上げると、木々の間から虹が見える。

 マクロン伍長が言う“神様の架け橋”なんて表現は、子供の頃に聞かされるおとぎ話に出てくる言い方だ。

 

 少なくとも、そんな言い方をするのはマクロン伍長くらいだな。

 案の定、ミイニャ伍長が空を見上げながら言った。


「虹じゃお腹一杯にはならないにゃ」


 見事なぶち壊しだ。


 サリサ兵長がミイニャ伍長の所へ行き「御飯抜きと戦死するのとどっちがいや?」とか聞いている。

 それに対して「御飯抜きになるくらいなら食べ過ぎで戦死するにゃ」とか返している。

 するとサリサ兵長は「そっかぁ」とか返している。


 え?

 今ので会話が成立?


 普通に「そっかぁ」とか返して、おかしいだろ!

 食べ過ぎて死んだら戦死にならんだろうが!


 文句を口にしたいが、誰も突っ込まないから俺も黙っている。

 この部隊を任されてからずっと、ストレスばかりまる気がするんだがな。





 夕方になり、野営場所を探しながら進む。

 だけど野営する前に雨が止んで良かった。

 しかし地面はぬかるんだままだ。


 さすがにぬかるんだ地面の上では眠れない。

 

 この辺りまで来ると、敵に発見される恐れがあるから火も起こせない。

 若干湿った保存食を口に放り込んで、早々に寝ることにした。

 結局、湿った倒木や草の上に横になることになる。

 まだ横になって休めるだけいいと、良い方に考えることにした。




 翌朝は見事に快晴……とはならずに、またしても雨が降り出しそうな空模様だ。

 いや、小雨が降り出したか。


 準備をしてさて出発という段階になって、森の奥で何かが動いたように見えた。

 

 俺は手ぶりで全員をその場にしゃがませる。

 そして何か動いた方向を指さす。


 そして全員で警戒体制となった。


 音がしない様にそっとクロスボウにボルトを装填していく少女達。

 俺も自分のクロスボウの発射準備をする。


 全員が草木に身を隠して動きのある方向を見据える。


 雨が徐々に強くなっていく。


 雨のせいで薄っすらともやが掛かり、視界は不良だ。

 音や匂いも雨が遮断しゃだんしてしまい、獣人の特技が生かせない。


 森の奥の方から何かが近づいて来るようだ。

 二十メートルほどの距離まで来て、やっとその正体が判明した。


 ゴブリン兵が十二匹だ。


 危ない、やはり敵だったか。

 こっちが先に気が付いてよかった。


 少女らに「攻撃するな」と伝える。

 このままやり過ごす。


 俺達が野営していたすぐ横を通り過ぎて行く。


 通り過ぎていくゴブリン兵を観察していると、三匹が短弓を持っていて、仕留めたらしい野鳥を腰にぶら下げている。

 それと二匹はおおきなかごのようなものを背負っている。

 かごの中身は食料だろう。


 これは狩りを終えて、これから宿営地へ帰るのではないだろうか。

 これはチャンスである。

 上手く見つからずに追跡できれば、敵の居場所がわかる。


 雨で視界が悪いが、敵に気が付かれる心配は減る。

 その代わり敵を見失う可能性もあるから、敵との距離を注意しながら後をついて行く。


 歩いて四時間ほどの所で森が開けた。

 森の切れ目の奥には地肌が見える山があった。

 その山にはいくつもの穴が空いている。

 

 鉱山だ。

 穴は坑道だろう。


 その周囲には高さ三メートルほどの木製の柵が作られている。


 その鉱山へとゴブリン兵達は入って行った。


 俺達は森のギリギリのところで鉱山を観察したところ、多くの人族が働かされているのが見えた。


 ここは人族の捕虜による奴隷鉱山のようだ。


 それを見たマクロン伍長が急にソワソワし始める。

 

「マクロン伍長、どうした?」


 あまりに行動はおかしいので俺が声を掛けたのだが、マクロン伍長はと言うと、俺の目をジッと見据えて言った。


「ボルフ曹長、私、鉱山の偵察に志願します」


「なんだ?」


 思わず声を漏らしてしまった。

 俺は一言も鉱山を偵察するなんて言ってないし、そもそも今その偵察をやっているんだが。


「こ、ここからでは詳しい事が解りません。私がもっと接近して調べて来ます!」


 何だかやる気がみなぎっていて良いんだが、何故急に?


「ちょっと待て、何をそんなにあせっているんだ。ここからでも十分偵察可能だろうに。だいたいだな、ここに奴隷鉱山があって味方捕虜がとらわれているっていう情報で十分だろ。それを部隊に持ち帰って報告する。それ以上の判断は上層部が決めてくれるしな。何か問題でもあるのか?」


 するとマクロン伍長が何か言いたそうにモゴモゴと下を向いてしまう。

 何だこいつ、とか思っていたら、突然マクロン伍長が顔を上げて言った。


「私の兄はニ年前の戦いを最後に行方不明なんです。だから、もしかしたら、敵の奴隷鉱山にとらわれいるのかもって思って……」


 そこまで聞いて俺は納得した。

 

 戦場跡で死体が見つからないって事はよくある。

 そう言った場合は大抵もう戦死している。

 

 だが、たまに敵の捕虜になっている場合もある。

 そうなった時は奴隷農場か奴隷鉱山へ送られている可能性が高い。


 だから戦場で行方不明となっても、戦死してるとは言い切れない。


 俺はマクロン伍長の必死の懇願こんがんに折れた。


「わかった、二手に分かれて鉱山周囲から偵察する」


 こうして敵の奴隷鉱山の周囲をまわる事になった。


 








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る