第41話 長距離偵察






 主要人物が揃っている朝の点呼の時だ、俺は話を切り出した。

 

「皆も知っての通り、この新しい領地“ペール村”は敵陣営に近い。いつ敵が攻めて来てもおかしくない場所にある。そこでだ、事前に敵の動向を知っておく必要がある。ここまで言えば俺が何を言いたいか解かるな」


 少数の少女らがうなずくが、残りのほとんどは露骨ろこつに目をらす。

 ここまで言っても解らない奴がこんなにもいるのか……


 しかし絶対に理解していないと思われる奴も、大きくうなずいてたりもする。

 ミイニャ伍長だ。

 「そうにゃ、そうにゃ」とか言ってるんだが、絶対こいつわかってないよな。


「ミイニャ伍長、俺が何を言いたいのか解るのか?」


「もちろんにゃ。いつも御飯の事ばかり考えてると思ったら大間違いにゃ」


 これは驚いたな。

 食う事しか頭にないと思ってた。きっと皆もそう思っているはず。


「そうか、見直したぞ。それではミイニャ伍長、俺が何を言いたいか言ってみろ」


 ミイニャ伍長は大きく返事をしてからしゃべり始めた。


「ボルフ軍曹が何かおごってくれるにゃ!」


 は?


 途中をすっ飛ばし過ぎだ。

 それは偵察志願者をつのる時の方法だ。

 まあ、今は『偵察』というキーワードが欲しかったんだが、話の流れ的には間違ってない。

 

「う~ん、そうだな。ミイニャ伍長の中では最終的な結論がそうなのかもしれないが……そうだな、それは結果のご褒美ほうびであってな……まあ良いいか」


 俺はミイニャ伍長への説明をあきらめて話を続ける。


「そうだな。答えは長距離偵察部隊を編成するってことだ」


 ミイニャ伍長が「あ、誤魔化したにゃ」とか言ってるのはスルーして、俺は話を続ける。


「片道五日の道のりとなる。単純に往復で十日は掛かる。今回は敵陣に深く潜り込む作戦となる。我々が人族の恰好で魔族陣営に入り込むんだから、発見されやすいし、そうなったら逃げる所もない。ハッキリ言って危険を伴う任務になる。それで斥候の得意な者が必要になる――おい、サリサ兵長。頭の上に鳥の糞が付いているぞ」

 

 するとサリサ兵長は血相を変えて頭の上を手で振り払いだす。


「何、やだ。なんで鳥の糞が頭になんかに……あっ、もしや!」


 頭の上に手を伸ばした状態で何かに気が付き、動作を止めるサリサ兵長。

 俺はニヤリとしてから得意げに言った。


「志願、ありがとう。両手を挙げてくれるとはな。これで一人決まったな。あと四人から五人の志願が必要だがいないか?」


 サリサ兵長が「やりやがったな」とか言ってるが、もちろんスルーだ。


 志願をつのると、いつものメンバーが手を挙げる。

 アカサとメイケの二人だ。

 ならばあと一人が二人ってとこだ。


 と思ったら、もう一人志願者がいた。

 背が低くて気が付かなかった。


「えっと、ロー伍長も志願ってことで良いだろうか?」


「そうじゃ、さっきから手を挙げているのじゃ」


 なんかピョンピョン必死に跳ねている。


 彼女は小隊本部付の伍長で、彼女が抜けるとペルル中尉の補佐がいなくなる。

 それはまずい。


「ロー伍長、俺が抜けた後のペルル中尉の補佐はどうする?」


 すると悔しそうにフェイ・ロー伍長が必死に何か言おうとする。


「ぐぬぬぬ、そ、それは……」


「ダメだ。悪いが認められない」


 俺はきっぱりと言い切ると、がっくりと頭をうな垂れた。


「あと最低でも一人、いないか?」


 するとミイニャ伍長が口を開く。


「早くご褒美ほうびの話をしてくれにゃ」


 こいつ、俺が報酬の話をするのを待ってやがったな。


「いや、今回はそう言うのなしなんで」


 俺がそう言うと、すでに志願者扱いになっているサリサ兵長が慌てて言ってきた。


「待って、ミイニャ。私が“ポテトケーキ”をおごるから一緒に行こう。道連れは多い方が良いからね」


「絶対行くにゃ。ポテトケーキ、ポテトケーキ!」


 よし、これで四人だな。

 こんなもんだろう、と思って締め切ろうと思ったら、もう一人の手が挙がる。


「ん? まだ志願者がいるのか。えっと……マクロン伍長か」


 ちょっと意外な人物だったんで驚いた。


「あの、ちょっと質問して良いですか」


「ああ、答えられる範囲でだがな。で、質問ってなんだ」


 神妙しんみょうな表情でしゃべり出すマクロン伍長。


「敵陣営の奥に入り込むんですよね、今回の偵察任務」


「ああ、そうだが、それがどうした」


「もし、もしですよ。捕虜が収容されている場所が見つかったらどうなるんですかね」


 奴隷鉱山や奴隷農園の事を言っているんだろう。


「そうだな、その時は地図に場所をしるしておいて、後でペルル中尉に報告するだけだが、何でそんなことを聞く?」


「え、いや、ただ、ですね…ちょっと気になったものでして……と、特に意味はないでひゅ――です、はい」


 何か隠してやがるな。


「それで、行くのか、行かないのか?」


「あ、はい、志願いたします!」


「よおし、これで締め切る。志願した五人は明日の日の出前には門の所へ集合するように。遅刻した場合は給料が減額だ。以上、解散!」


 こうしてその日は各々の割り当ての仕事へと向かった。




  *  *  *



 

 翌朝、遅刻者も無しで時間通りに日の出とともに、ペール村を出発した。


 今回は結構詳しく書かれた地図があるのだが、敵の支配地域に関しては地形程度しか書かれていない。

 味方支配地域に関しては、敵に取られた場合を考えて真っ白だ。


 その未完成の地図に、敵の情報や地形を書き込むのが俺達の仕事でもある。

 俺達は今だ敵の残党との戦闘が絶えない地域を抜けて、その空白地帯の敵の駐屯地の規模を調べるのが今回の一番の目的だ。


 だが、マクロン伍長の動向が気になる。

 まさか敵地で脱走はないと思うが、何かを隠していることは間違いないだろう。

 とにかく彼女からは目を離さない様にする。


 まずは第一難関の川を渡ることからだ。


 戦場跡をしばらく行くと大きな川に出る。

 その川に掛かっていた橋は、敵の撤退時に壊されている。

 つまりは泳いで渡らなくてはいけない。

 

 その川にたどり着いて思い出した。

 そう言えばメイケは泳げないんだったな。


 今回は荷物が多い。

 往復で十日掛かるから、その分の食料を持って来ているからだ。

 携帯食とはいえ、十日分ともなるとやはり重い。

 乾燥した食料が殆んどだから、濡らす訳にもいかない。


 それで流木などを使っていかだを作り、荷物はそれに載せる作戦だ。


 いかだがあればメイケも溺れないだろう。

 そこでまたしても思い出した。

 服をどうするかを。


 結局、裸で川を渡るのは俺的に困る事態なので、服のまま川を渡り、陸に上がったところで服を着たまま焚火で乾かすことになった。


 この辺りなら敵が居ても残党程度だし、味方の巡回も時々来る。

 焚火程度ならば問題ないだろう。


 そこで一旦は休憩となった。


 近くの岩に腰を下ろしてふと気が付く。

 ミイニャ伍長のバックパックが異様にデカい事に。


「なあ、ミイニャ伍長。一応聞くけどな、何でそんなに荷物が多いんだ?」


 するとさも当たり前の様に返答するミイニャ伍長。


「お腹が空いては戦は出来にゃいにゃ」


 予想通りか。

 あの荷物は全部食料か。

 他の少女らの倍はあるんだが。


「そ、そうか。ま、途中でバテなければ問題ない」


 そうなのだ、体力的に問題なければそれでよい。

 しかし良く食う事は知っていたが、これほどとは驚きだ。

 まあ、今更ってことか。


 そしてミイニャ伍長が早速荷物から何やら出し始めた。


「おい、ミイニャ伍長。食事時間はまだだぞ。今は小休止だ」


 するとミイニャ伍長は平然と答えた。


「問題ないにゃ。ちょこっとだけ口に放り込むだけにゃ」


 そう言って、拳大もあろうかと言う干芋ほしいもを口に放り込んだ。


「そんなデカいモノ口に入れたらしゃべれないだろ」

 

 俺が文句を言うと、何か言いたそうに口をモゴモゴするミイニャ伍長。

 だが、ほう張り過ぎてやはりしゃべれない。


「そろそろ行くぞ」


 俺はどうでも良くなって、皆に声を掛けて立ち上がる。


 するとミイニャ伍長も慌ててバックパックを背負うのだが、見事に上下が逆さまである。

 背負った途端に中身を地面にぶちまけた。


 そのぶちまけた荷物のほとんどが予想通り食料だ。

 その中でも一際大きな獲物がドサリと転がり落ちた。

 前の偵察の時にも見た気がする。


 巨大な魚の燻製くんせい、いや違うな。今回のは塩漬けか。

 体長70㎝はあろうかと言う“シャーモン”と言う名の魚の塩漬けだ。

 下アゴがクイって上に上がってる魚だ。


「なあ、ミイニャよ。何でいつも切らずにそれを持ってくる。切り身にすればもっと小さくなるだろうに。それに頭の部分はがさばるだろう?」


「ふご、ほが、ふごふご。ほっふごにゃ」


「すまん、何言ってるかわからない」


「ふんがー」


「出発!」




  *  *  *




 川からだいぶ離れた。

 もうこの辺りは敵と味方の支配地域のどちらでもない、勢力圏の重なる地域だ。

 敵は敗走したが偵察くらいは出す。

 ここからは完全に隠密行動だ。


 出来るだけ道でないところを通り、平原は避けて森や山を抜けて移動する。

 遠くで馬の走る音が聞こえてくる。

 馬のひづめの音という事は味方しかない。

 魔族は馬を使わないからだ。


 安心して先を急ぐ。


 ゆっくりしていられるほど食料は無い。

 

 出発して三日目にして、メイケの具合が悪くなってきたのが目に見えてわかる。

 足を引きずるように歩いている。


 靴は革紐かわひもで編み込んだ靴で、多分だがペール村に来た露天商から買ったんだろう。

 買ったばかりらしく履きなれていないのか、ひもと肌が擦れて血がにじんでいるのが見えた。


「小休止だ」


 俺は歩哨を立てて休憩を命じた。

 そして直ぐに座り込んだメイケの元へ行く。


「メイケ、脱ぐんだ」


 突然の俺の言葉に、胸元を両手で押さえて動揺するメイケ。


「勘違いするなよ、“靴”を脱げと言ったんだ。早くしろ」


 意味が通じたらしく、顔を赤らめながらも靴を脱いだ。


 ひどい靴擦れだった。

 もっと早く気が付いてやるべきだったな。





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