第40話 領地と開拓








 ぺルル少尉の必死のお願いに対し、伯爵は「そこまで言うならば」と所領を認めたのだが……


「所領は認めるがな、このラベンダー村の放置はダメだぞ。ゴブリンの領地との両方を管理してもらうからな」


 ペルル中尉は頭を下げているが、下に顔を向けたまま嬉しそうにニヤニヤしている。

 しかし声は普通だ。


「はい、もちろんでございます。伯爵殿」


「そういえは、貴官は所領は初めてだったな」


「はい、我家は代々所領のない貴族でございます」


 へえ、そうだったのか。

 そう言えば爵位は男爵だったかな、ぺルル少尉。


「ならば文官も出してやろう。それと今の小隊だがな、新しい男だけの小隊と交換してやろうじゃないか」


 ここへ来て俺に関わる話が入ってきたぞ。

 俺としては今のままぺルル少尉の下がやり易いんだかがな。

 だがそこでぺルル少尉が待ったを掛けてくれた。


「お待ち下さい。出来れば小隊は変わらずそのままがよろしいのですが……」


「う~ん、せめてボルフ曹長はワシの所にくれんかな?」


 あ、それは不味いな。

 俺は言葉をはさんだ。


「伯爵様、自分の今回の褒美ほうびは、現小隊のままと言う事で希望致します」


 俺の言葉を受けて伯爵は目を丸くする。

 そして突然笑い出した。


「はっはっはっは。貴官は良い部下を持ったようだな。“魔を狩る者”に気に入られるとはな」


 良い様に解釈してくれたか。俺の本当の理由は「やりたい放題でも文句を言われないから」とは言えないな。


 伯爵は話を続ける。


「よし、詳しくはワシの補佐官と話してくれ。それではボルフ曹長は何が欲しいんだ?」


 あれ?

 まだくれるのか。

 そうだな、それならまたあれにするか。


「それでは工兵をお貸しください。新しい土地での作業にどうしても人手が必要です。特に男手です。それにラベンダー村の畑づくりにも人員が必要です」


 一瞬「へ?」と言う顔をする伯爵だったが、直ぐに笑い出す。


「はっはっはっは。そうか、女ばかりの小隊だったな。なんせ“を狩る者”だからな、ふはははは。いいだろう、工兵一個小隊と作業員を派遣しよう。それとラベンダー村にも作業員を向かわせよう。実に面白い奴だ。だがそれだと貴官の褒美ほうびではないだろう。貴官個人で欲しいものはないのか?」

 

 何か前にあったよう展開なんだが。


 しかし個人的に欲しい物ねえ。


 食いものには困らないし武器や防具も揃っているし、あとはそうだな、えて言えば住むところくらいか?


「それでは伯爵殿、新しい領地に自分が住む宿舎を所望します」


「やっと希望が聞けたな、いいぞ。腕の良い大工と設計士を派遣しようじゃないか。よし、話は終わりだ。詳しくはワシの部下から聞くとよい」


 それだけ言うとサンバー伯爵は部下と共に行ってしまった。

 帰り際にフェイ・ロー伍長と伯爵が、親しげに会話しているのを見てしまった。

 見なかったことにしよう。





 伯爵が居なくなった途端に、ペルル少尉が大きくタメ息をつく。

 俺も釣られてタメ息をつく。


 二人で顔を見合わせて笑った。


 そこで気が付いた。

 ペルル少尉の階級章が中尉になっている事に。


「ペルル少尉。その階級章、中尉になったんですね?」


 するとペルル中尉は恥ずかしそうに答えた。


「そうなんだ、明日付けだがね。ちょっと早かったけど嬉しくてね、中尉の階級章に取り換えてしまったよ。それに領地まで貰えるとはね。我がペルル男爵家は代々領地を持たない宮廷貴族でね。領地を持つのが長年の夢だったんだよ。開拓村になると思うけど、やっと領地を持てる。これもボルフ曹長のおかげだよ。いやあ、本当にありがとう」


「いえ、いえ、そんな。自分はちょっと軍生活が長いだけの下士官でしかありません。ペルル少尉殿の力量です」


 逆に、俺を自由に動かせてくれたペルル中尉こそありがとう。

 これからも俺の自由行動をよろしくお願いします!


「そうなるとこれから忙しくなるよ。ラベンダー村と新しい開拓村の両方を見るんだからね。それに食料の確保もしないといけないからね。いやあ、ワクワクしてくるよね」


 ペルル中尉は嬉しそうだ。

 だけど開拓村だと収入がないぞ。

 俺達小隊の給料はどうやって払うつもりだろうか。

 聞きづらいが早いうちに聞いておかないといけない質問だ。

 

 俺は思い切ってその辺を聞いてみた。


「あの、ペルル中尉、質問よろしいですか」


「ん、いいぞ。言ってくれ」


「新しい領地の開拓村ですが、初めは収入がゼロだと思います。人件費はどうするおつもりでしょうか?」


「うんうん、それね。領地の場所にもよると思うけど、当面は実家の収入に頼ることになるかな。ペルル家は昔から片手間で香辛料の売買をやっててね。そこそこの収入があるんだよ。だから安心してくれ。所領と聞けば実家の方も資金提供を嫌とは言えないよ」


 そんなもんか。

 俺には貴族社会は解からないからな。

 

 だけど俺達ってペルル男爵領の兵士になるのか、それともサンバー伯爵の兵士のままなのかがちょっと気になる。

 少女らは実家がサンバー伯爵領内だから余計にどっちの兵士なのか悩むな。

 まあ、俺はペルル男爵領内に家が貰えるから、ペルル男爵兵士でも良いんだがな。


 結局はペルル男爵領が落ち着いたところで、少女らは好きな方を選べときた。

 俺は当然のことながらペルル男爵兵士を希望する。

 少女らは保留の様だ。

 開拓村で暮らしてみて、居心地よさそうなら家族を呼び寄せる気らしい。

 

 それにはサンバー伯爵も了承済みだ。

 それが了承されるほどの功績だったらしい。




  *   *   *




 そして一か月ほど経った頃、突然引っ越しの準備をしてくれと言われた。

 新しいペルル中尉の領地へ行くらしい。

 ラベンダー村は今後一個分隊を駐屯で管理するらしい。

 ラベンダー村には畑も出来て、一か二個分隊程度なら養える収穫が期待できる。

 全部ガジャイモという芋系なので、芋が主食にはなるが。

 

 残りの4個分隊はというと、ルッツ・ペルル男爵領に駐屯することになる。

 王様へも書面で届け出を提出済みとかで、正式にルッソ・ペルル男爵の領地になった。

 

 到着して見ると、それほど広い土地ではない。

 それでもラベンダー村よりもかなり広いし、近くに小川が流れていて水場は困らないしのどかな雰囲気も良い。

 功績の高いペルル中尉はある程度、土地を選ぶことが出来たようで、悩んだ末にここを選んだ。


 それにすでに工兵隊や労働者がだいぶ前から工事を始めていたらしく、村人用の住む家や兵舎、ペルル中尉の屋敷が建設中だった。

 それと村を囲う壁だ。


 それも大分出来上がっていて、今は見張り塔を建てているところだ。


 ただ、大きな問題がひとつ。

 畑が出来そうな場所が少ない事のようだ。

 

 この領地、小川が流れていて水は豊富なんだが平地が少ない。

 となると畑にするのにかなり苦労する。

 

 上下の高低差が激しいと、水を行き渡らせるのが大変らしい。

 でもペルル中尉が言うには、森はあるし小川が流れているしで、ここが一番良い土地だったらしい。


 そして到着するなり、直ぐに仕事に取り掛かる。

 開墾かいこんかと思ったら違った。

 普通に見張りの仕事だ。


 開墾かいこんする労働者はちゃんといた。

 出稼ぎ労働者たちである。

 その労働者達を野生の魔物から守るのが我々の仕事だった。


 他の領地から畑に詳しい者を呼んできているらしく、その者の指示に従って作業をしている。

 なんと、急斜面の土地に畑を作るようだ。

 聞けば芋畑を作ると説明された。

 ということは、この地での主食もガジャイモになりそうだな。


 村の名前はペルル男爵の名前を取って『ペール村』と付けたようだ。

 労働者が結構多く来ていて、かなりの賑わいを見せている。


 それに、どこから嗅ぎつけたのか商人が多数の露店を出していたりもする。

 おかげで少女達が浮足立っているな。


 これだけ頭数が居れば、俺達は村の防衛や治安維持に専念できる。


 大きな戦いがあった直ぐ後に、ちょっかいを出して来るほどの余裕が敵にあるはずもないとは思うが、野生の魔物や野盗もいるから最低限の防衛は必要だ。


 それとは別にサンバー伯爵としては、敵陣営の動きが気になるところ。

 ここは最前線ともいえる場所だからだ。

 しばらくはこの付近に駐屯する部隊もいると思うが、落ち着いたらいなくなるだろう。

 だから油断してはいけない。


 敵勢力が増えるようならまた対策を考えなければいけないし、敵が戦力の補充が全然出来ないようならもっと敵陣奥まで侵攻して、少しでも支配地域を広げようという考えだ。

 場所によっては鉱山があったり漁業ができる湖があったりと、意味のある土地が結構この辺には点在する。

 と言っても敵の支配地域に近いから手が出せない。


 そう言った意味でも支配地域は広げたいと考えるのが普通だ。


 だが現状の伯爵軍の戦力には、余裕などないから無理はしない。

 やることは偵察を出して敵の動向を探る事。

 

 俺達も偵察の仕事が多くなる。

 

 人族同士の戦争と違い、敵の勢力圏に入れば魔族でない者は直ぐにバレる。

 だから中々敵の勢力圏内の情報が入って来ない。


 そこで活躍するのが長距離偵察隊だ。

 

 普通の偵察と違うのはその距離。

 長距離偵察と言うくらいだから非常に道のりが遠い。

 片道一日や二日の距離ではなく、片道七日や十日も掛かる場所の偵察もある。

 

 それはつまり敵陣の奥深くへと入り込んでの偵察である。

 非常に危険を伴う任務であって、ここ最近はやってなかったらしい。


 今回の戦いで勝利したことにより敵の数が少なくなって、今が敵陣営に入り込めるチャンスという訳だ。


 だが長距離偵察に習熟した兵士が少ない。

 そこで俺に白羽の矢が刺さったという訳だ。


 サンバー伯爵の指示らしく、ペルル中尉も断り切れなかったようだ。

 俺にしたらむしろ「あざっす!」だ。

 こんなとこでボ~っと畑を見ながら時間を過ごしたくない。


 長距離偵察となるとまたしても少人数での行動だな。

 五人から六人くらいが適当か。


 斥候に向いているサリサ兵長は連れて行きたい。

 なんたって狩人の子だからな。

 

 しかし長距離偵察なんて久しぶりだ。







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