第39話 功労者への褒美






 

 俺達がラベンダー村へと帰る途中、多くの部隊とすれ違った。

 そのどれもがサンバー伯爵領の部隊ではなかった。

 近隣の領主からの応援部隊らしい。


 戦いは終わっているから、今更来てもやることないぞと思ったのだが、実はそうでもないらしい。

 噂によると、サンバー伯爵の手勢だけでは領地の防衛が難しくなったとか。

 

 というのも実はこの戦いで、伯爵領内の村や町の一部が略奪にあったとかで、さらには略奪の後には火を放たれた村もあるとか。

 兵が居なくなったところを盗賊の類や野良ゴブリンの集団が襲ったのだ。


 ラベンダー村は大丈夫と聞いてちょっとほっとした。


 ただ、襲われた村は復興に人手と時間が必要らしい。

 それに加えて、敵の領地だったところにも駐屯部隊を置かなくてはいけない。

 だから人手がいるという訳だ。

 

 だが俺達の駐屯地のラベンダー村は伯爵にとっても重要地だから、他の部隊が来ることはないらしい。

 結構、居心地が良いところなんで助かった。


 俺の見立てでは、今回の戦いでの人族側の死者は三百人くらいだと思う。

 戦線で戦った兵士は恐らく二千人以上いたはずだから、三百人の死者だったら良い方だ。

 ただし、もしかしたらもっと多くなるかもしれない。

 それは負傷者が死者に変わる場合が多々あるからだ。

 

 それを考慮しても死者は四百人には届かないだろう。


 これが負け戦だと生き残った人数が四百人とかになる場合もある。

 さらに奴隷に取られる可能性だってある。


 勝ち戦と負け戦では天と地の差があるものだ。




 

 俺達は疲れ果てた体を引きずって、ようやくラベンダー村の駐屯地へと到着した。


 俺達を出迎えてくれたのは、村の人たちと後方から派遣されてきた兵士達だ。

 俺達がいない間に、ラベンダー村の守備をしてくれていた兵士。

 後方から派遣されてきた一個分隊で、その兵はすべてが老人である。


 その老人分隊と守備の引継ぎをしてやっと落ち着けた。


 これから本格的に敵の残党狩りが始まるだろうから、小規模ながら戦闘はまだ続くと思う。

 それにサンバー伯爵の領地が増えたことで、しばらくこの辺一帯は忙しくなるだろう。

 荷物や人を運ぶ馬車が行き来し、水の補給や野営の為に村に立ち寄ることもあると思う。

 しばらくは気が抜けないな。


 到着したところで、ミイニャ伍長がパタパタと俺のそばにやって来て言った。


「ボルフ曹長、揚げ芋はどこにあるにゃ?」


 俺は皆の士気を高めるために「揚げ芋を食わずに死んで良いのか?」的な事を確かに言った。

 それは俺も覚えているし間違いない。


 しかし!


 俺は一言も食わせてやるなんて言ってないぞ。

 それなのにだ。

 この化け猫ときたら!


「そんなものは街へ行けば買えるだろ」


 そう言ってもこのドラ猫が聞き入れるはずもない。


「ボルフ曹長がくれるって言ったから頑張ったんにゃっ!」


 出た!

 勝手に話を自分の良い様にすり替える奴。


「俺はそんな事一言も言ってない!」


 俺達の口論に少女らが徐々に集まって来た。

 何だよ、女が群れると厄介なのに。集まってくんじゃねえ。

 集まったうちの一人が口を挟む。


「あらら、ボルフ曹長はうそを付くんですか?」


 ラムラ伍長だ。


「そう、そう。観念して揚げ芋をおごって下さいよね」


 今度はサリサ兵長だ。

 

 こうなったら俺に勝ち目はない。


「ええい、ほら、金だ。これで人数分買ってこい!」


 俺はいさぎよく金を投げる。


「初めから素直にそうすれば良いにゃ」


 こ、こいつ……


 時々イラっとするんだよな、この捨て猫。

 ぶっ殺したいくらいに。


 こうして俺はゴブリン軍との戦いには勝利したのだが、少女らには完敗したのだった。


 


  *  *  *




 そして十日ほど経ったある日、食料の配給を減らすという通達が伯爵の名前で届いた。

 それに伴い、このラベンダー村でも野菜の畑を作れとの命令が出た。

 早い話、食料事情が悪化してるってことだ。


 戦争による若者の不足で農村地帯では働き手が不足している。

 それで食料の生産が間に合わないとかで、少なくても駐屯地の兵は自分らの食う分くらいは確保しろってことだ。


 少女らの中には農家出身者は多い。

 直ぐにでも畑をたがやせそうだが、収穫して俺達の口に入るまでは時間が掛かる。

 しかし食料の配給減は即刻適用らしい。

 これは困った。


 軍隊の良いところは衣食住が保証されているところだ。

 それがおびやかされれば、脱走兵が続出することになる。

 過去にもそう言った事例があったからな。


 五年くらい前だったか。

 天候の悪化が続き、飢饉ききんが人族を襲った。

 とても戦争などやっていられる状況ではなかったのだが、そんなときでも敵は攻めてくる。


 その時だ、脱走兵が続出したのは。


 それで悩んだ指揮官は「敵を倒して食料を奪え」と兵を鼓舞こぶした。

 そのおかげかは解からないが人族は魔族に連勝し、敵の領地を奪って食料を確保することで、その時の飢饉ききんはなんとか脱した。


 だが、今回は訳が違う。

 天候の悪化とか不作とかが理由ではない。

 人不足なのだ。

 奴隷農場の生産でも追いつかないとなると、かなり深刻なんだろう。


 かといって五年前の様に敵から奪えるほどの兵力が無い。

 それで畑を作れとなったんだろう。


 足りない分は狩りをするしかないな。


 明日から狩りを当番でやらせよう。

 それと畑造りも始めないといけない。

 大変だなこれは……

 まあ、少女らに全部任せてけば大丈夫だろう。

 俺は畑は解からんからな。


 とか思っていたら、男手が少ないからとかで、結局は俺が力仕事を引き受けることになった。

 力仕事とは開墾だ。

 村の周囲の木を切り倒すことからだ。

 そこからかよ。


 知識のない俺は言われるがままに動くしかなかった。


 俺が必死に木を切り倒していると、村の出入り口の方が慌ただしくなっているのに気が付く。

 どうやら来訪者の様だ。

  

 だが人数が多いな。

 それに荷馬車も多いし兵士の数も定期巡回の時の人数の比ではない。


 これは行ってみるかと斧を置いて、村の入り口門へと向かった。


 門の周囲には近衛兵が多数いる。


 近衛兵ってことはサンバー伯爵、もしくは他の領地の領主様ってことだ。

 少なくてもお貴族様というのは確定事項。


 俺は慌てて走り出す。


 ヤバい、俺は今、ひどい恰好をしているぞ。

 農作業してたから泥だらけで汚いし。


 門番をしていた少女兵が「ボルフ曹長、早く早く。サンバー伯爵様がお見えですよ!」と教えてくれた。


 サンバー伯爵って、領主様の訪問かよ。

 何で事前に言ってくれないんだよ。


 文句を言っても始まらない。

 とにかくマントだけでもと、泥だらけの服の上にマントを羽織って隠した。


 サンバー伯爵はペルル少尉やフェイ・ロー伍長を引き連れて、砦と化したラベンダー要塞を見学している最中だった。

 当然のことながら多数の護衛が周囲を囲んでいる。


 俺の姿を見つけたサンバー伯爵は手を挙げた。

 こっちへ来いってことだな。


 俺は急いで走り寄ると、伯爵の目の間で片膝を着いてこうべを垂れて言った。


「ボルフ曹長でございます。農作業をしておりまして、マントのままで失礼いたします」


 サンバー伯爵は派手な服装でド派手なマントを付けている。

 鎧も着けているが、実戦用ではないな。

 腰の剣も装飾された儀礼用でお飾りっぽい。

 年齢は50歳くらいだと思ったが、年齢の割に老けている。


「うむ、農作業か。それは大変だな。どうも食糧事情が危うくなってきたのでな。早めに手を打った方が良いと考えてな。苦労させるが頑張ってほしい」


「はっ、全力で取り掛かります」


「それでな、ボルフ曹長。今ちょうど先日の戦いでの貴官の活躍について話しておったんだよ。貴官には何か褒美ほうびを取らせないといかんな。さて、何にしようか。欲しい物を言うてみろ」


「もったいなきお言葉。それで褒美ほうびですか……」


 困ったぞ。

 俺が悩んでいると伯爵が思い出したようにしゃべり出す。


「おお、そう言えば先日、貴官が倒したと言う“剣歯虎けんしこの牙”が届いたぞ。滅多に手に入らない素晴らしい牙だったな。その礼もしなくちゃいかん。ほれ、遠慮はいらんぞ」


「そう言われましても、何も思いつきませんで……」


 マジで困ったぞ。

 するとしびれを切らしたかのように伯爵が言った。


「う~む、ペルル少尉にも何か褒美ほうびを取らせるつもりなんだがな、二人してそう悩まれると困るな。二人とも今戦いでの功労者だからな。ボルフ曹長はホブゴブリン以外にも巨人やウォーワゴンを破壊したと聞く、ペルル少尉は味方残存兵を率いて銀狼のチャリオットを全滅させたと聞く。これは偉業と言っても良いくらいの事だぞ。ほら、遠慮せずに言ってくれ」


 そうか、ペルル少尉も褒美ほうびを貰えるのか。

 お貴族様なんだから俺なんかよりも凄いものが貰えるんだろうな。


 そこでやっとペルル少尉が口を開く。

 

「恐れながら申し上げます。サンバー伯爵」


「おお、やっと決めたか。で、何が欲しい?」


 ペルル少尉は非常に言いずらそうに言った。


「あの、今回の戦いで敵から多くの土地を奪いました。そ、それで所領など……」


 そこまで言って伯爵の顔色が変わった。

 それを一早く感じ取ったのかペルル少尉が言葉を止める。


 沈黙の中、伯爵がしゃべり始めた。


「所領の件はな、誰もが口にしておる。だがな、今現在で与えられる所領が元ゴブリン領だったところしかないんだ。ペルル少尉は今回の戦いで一番の功労部隊を率いた士官だ。そんなひどい所領ではなあ」


 怒らせたのかと思ったよ。


 だがペルル少尉の表情は笑顔になって言った。


「構いません、サンバー伯爵。ぜひ、ゴブリン領の一部を所領としてお認めください!」


 珍しいな、ぺルル少尉がこんなに必死なのも。





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