第38話 多くの犠牲と勝利








 メイケの片目潰しで勢いが乗った少女の射手が、次々にボルトを放つ。

 しかし命中はしてもチャリオットの車体だったり、防護板だったりと効果的な命中が出ない。

 大丈夫だ。残りのチャリオットはたった三騎、やってやる!


 自分を奮い立たせる。


 三騎のチャリオットは速度を増しながら俺達の集団の周囲をグルグルと回る。

 時折、ゴブリン兵が短弓で矢を放ってきたりするが、重装歩兵がほぼ盾で防いでくれていて問題ない。

 まあ、負傷者もでているが軽傷レベル。

 俺は士気を落とさない為にも、全員に聞こえる様に言葉を掛ける。


「よし、みんな落ち付け。あせったら負けだ。勝利して全員で帰るぞ!」


「「「おおおお!」」」


 その時、チャリオットのゴブリン兵が笛らしきモノを吹いた。


 何かの合図か?!


 すると笛はやはり合図だったようで、三騎のチャリオットが一気に輪をせばめて距離を詰めて来た。

 

「来るぞ、防御!」


 重装歩兵が一斉に盾を張り巡らす。


 そこへ三騎のチャリオットの回転する刃が接近してきた。


 ガリガリガリッと盾に刃が食い込む。

 その音は兵達に恐怖心をあおる。


 それが一度に三騎で同時に襲い掛かってきたからたまらない。


 これは精神的にもキツイ。

 気が変になる奴が出てもおかしくない状況だ。

 少女らが悲鳴を上げている。


「この!」


 盾の隙間からラムラ伍長が怒りに任せてボルトを放った。

 ボルトを一本、隠し持っていたみたいだな。


「ギャッ」


 するとそれがゴブリンの弓兵に命中する。

 ボルトが首に刺さったゴブリン兵がチャリオットのカートから転げ落ちた。

 すると次に来たチャリオットの回転する刃が、そのゴブリン兵の胴体を切り裂く。

 パッとゴブリンの血が空を舞い、盾が赤く染まった。


「ラムラ伍長、良くやった!」


 俺の言葉にラムラ伍長は自慢げだが、グロい光景を間近で見せられた他の少女らは眉間にしわを寄せている。

 狩人の娘のラムラ伍長はそんなものは見慣れているようで、少しだけ嫌な表情を見せるも、直ぐに元の顔に戻る。


 少しの間隔を空けて再び笛の音が響く。


突撃チャージが来るぞ、防御!」


 またしてもガリガリと盾を削られるのだが、今回は今までと違う。

 先ほどまでは突撃チャージを一回するごとに離れて行ったんだが、今回は回転する刃を押し付けたまま周囲を回り出した。


 この攻撃にはさすがに耐えられなかった。


 重装歩兵の守る一か所が崩壊ほうかいした。


 盾が攻撃に耐え切れずに幾つも割れてしまったのだ。

 そこへ別のチャリオットが襲ったから、長槍兵と重装歩兵の一部が吹っ飛ばされた。


 「うわっ」という悲鳴が幾つも上がり、千切れた四肢が辺りに舞う。

 それを見た少女らからも悲鳴が響いた。


狼狽うろたえるな。防御姿勢を維持しろ!」


 それで男共は立ち直ったが、少女らがパニックにおちいり始めた。

 悲鳴が連鎖し、その場でうずくまる少女が出てきた。

 まずい状況だ。


 くそ!


「貴様ら、こんなところで死ぬつもりか。死ぬ前に“揚げ芋”を食わないつもりか!」


 俺の言葉にミイニャが反応した。


「それまだ食べた事ないにゃ、絶対それ食べるにゃ!」


 続いてラムラ伍長が叫ぶ。


「ぜ~~ったいに帰ってそれ食べるっ。だから生きて帰るっ」


 その二人の言葉に反応するかのように、どこからか「ダン」と足を踏み鳴らす音が聞こえた。


 サリサの足ダンだ。


 すると他の少女らもそれにならい「ダン、ダン」と足を踏み鳴らし始める。


 それがペルル小隊全体へと波及すると共に、うずくまっていた少女も周囲の手を借りて起き上がっていく。


 俺達以外の男共は意味が解らず最初はキョロキョロしていたが、一人、また一人と“足ダン”に呼応し始めた。


 面白がるように男兵士が地面を踏み鳴らす。

 それが男たちの間にも広がっていく。

 数秒後には全員で地面を激しく打ち鳴らす。


 ふはは、乗って来たな。

 こいつは面白い。


 俺も足を踏み鳴らす。


 今ここにいる兵士全員の士気は最高潮と言っても良い。

 あの恐怖の表情が今や笑顔になりつつある。


 地面を踏み鳴らすリズムがいつの間にか揃っている。

 総勢100人以上の“足ダン”だ。


 ガリガリと盾を削る音はもう誰も気にしてはいない。


 よおし、これなら凄い一撃をお見舞い出来そうだな。

 気が高ぶってきた俺は、ありったけの声を張り上げた。


「シューート!!!」


 盾の隙間から一斉に槍が突き出された。

 少女らも拾った槍を突き出している。

  

 次の瞬間、三騎のチャリオットがほぼ同時に空中を舞った。

 チャリオットの三騎が共に、今の槍の一撃で車輪が破壊されたのだ。


 その光景はゆっくりと俺の目に映った。


 丁度三騎のチャリオットが錐揉きりもみするかのように、回転しながら俺の視界をそれぞれの方向へと通り過ぎていく。


 その時、驚いた表情をするゴブリンの顔がハッキリと見えた。


 そして我に返った時には、激しく地面に激突する三騎のチャリオットがあった。

 

 「わっ」と歓声が上がる。


 驚いたことに、男も女も一緒になって喜んでいる。

 俺が待ち望んでいた光景かもしれない。

 

 男も女も手を握り合って勝利に喜ぶ姿。

 それは上下関係や差別もない、同じ戦場で戦った者同士で分かち合える歓喜だ。

 背が低くて人ごみに埋もれて見えにくいが、一番喜んでいるのはフェイ・ロー伍長のようにも見える。

 そこへ男兵士の一人がフェイ・ロー伍長の腰を持って、高々と持ち上げた。

 するとフェイ・ロー伍長。


「勝利なのじゃ〜!!」


 大歓声が巻き起こった。


 そこで男の兵士の誰かが再び地面を踏み鳴らし始めた。


 すると少女らも面白がって足ダンで返す。

 

 そしてまたも全員での足ダンが始まり、武器を空に突き上げて大喜びする少女達と兵士達。


 気が付けば戦いはすべて終わっていた。


 前線の方でもすでにゴブリン部隊は敗走している。


 そして敵の残党狩りが始まった。


 あちこちで生き残ったゴブリンを捕獲している。

 奴隷農場へ持って行くんだろう。

 奴隷農場なくして人族の食料はまかなえないと言われているからな。


 同様に敵側にも奴隷鉱山や奴隷農場があると聞く。

 お互い様ってことだ。


「よし、負傷者の治療だ。ポーションの数は少ない、重傷者の選別をしろ」


 それだけ言うと俺はその場に座り込んだ。

 ペルル少尉もヘナヘナとその場に崩れる様に座り込む。


 気を抜いた途端に肩の痛みを感じ出した。

 そう言えば左肩を負傷していたんだったな。


 革鎧を外すと左肩の皮膚がドス黒く変色している。

 皮膚も裂けて血がにじんでいる。

 これはちょっと酷いな。


 そう思っていると、俺の前に誰かに押されるようにメイケが出て来た。


「ほら、早く、恥ずかしがってないの。勇気を振り絞って!」


 声の主は少し離れた所にいるラムラ伍長だ。


 またラムラ伍長が余計な作戦を始めたな。

 だけど今の俺は何も旨い物は持ってないぞ。


「ぼ、ボルフ曹長……私が、あの…き、傷、傷を治療、します……」


 メイケが声を振り絞って長文をしゃべったようだ。


「そうか、助かる。左肩を大分やられたようだ。ワインと布――」


 俺がそこまで言いかけて新たな刺客がやって来た。


「ボルフ曹長~、私が治療しますねっ」


 そう言いながらメイケを押しのけるアカサ。


 すると離れたところにいたラムラ伍長が大慌てで近寄って来て言った。


「ちょ、ちょっと、アカサ。邪魔しちゃダメでしょ!」


 するとアカサ。


「何いってるのかな。私はただ隊長の傷が心配なだけです~」


 食い意地が張っている女同士の争いはひどいな。


「ぐぬぬぬ、わかったわよ。それじゃ、メイケと二人で治療ね」


「いいわよ。じゃ、メイケ手伝ってね」


 無言でうなずいて、布とワイン袋を取り出すメイケ。


「二人ともすまんな。ああ、でも何も持ってないぞ?」


「は?」

「何の事です?」

「?」


 三人が変な顔をする。


「あ、良いんだ、何でもないよ。ふは、はは、ははは」


 ヤバい、これは後で何かおごれってことだよな。

 危なく怒らせるとこだった。


 傷の手当てをしてもらっている間に、一緒にいた男たちが代わる代わる俺の所へ来て言葉をかけて来る。

 

「一緒に戦えた事、故郷で自慢します」

「噂以上でしたね」

「思った以上に良い部隊ですね、うらやましいですよ」

「すべての二つ名は本当だったんですね」


 嬉しい言葉が多いのだが、最後のが気になるんだが。

 まさか“を狩る者”の事じゃないよな?


 ペルル少尉に敬礼して男兵士らは原隊へと戻って行く。

 負傷兵も多くまるで敗残兵なのだが、その背中は輝いて見える。


 後続にいた補給部隊も到着し、食事の用意も始めた。

 メニュー名は恐らく『銀狼チャリオットのスープ』だろうな。


 幸いな事に少女らには重傷者はいなかった。

 しかし重傷まではいかないが負傷者は何人かいる。

 短弓の矢を受けた者だ。


 安心していると急に容態が悪化して、死ぬこともあるから注意は必要だ。


 食事を終えると、伯爵の命令によって俺達の独立大隊は宿営地に戻ることになった。


 だが今回もひどい戦いだった。

 最近の戦いでは、いつもこんなに味方に負傷兵が出るものなのか?

 もしかしたら俺が想像している以上に、戦線でのベテラン兵士の数が減っているのかもしれない。

 それを考えれば、こんな少女らを最前線に駆り出さなければいけない理由も解るってもんだ。

 納得はいかないが、これも人族の存亡が掛かっていることだからな。


 そんな事を考えながら、いつものように重い足取りで宿営地を目指した。







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