第37話 チャリオットとの対決







「凄いじゃないか、ボルフ曹長。よくぞ伯爵様を救ってくれたね。我が小隊のほまれだよ。本当に私も鼻が高いよ」


 いつの間にかペルル少尉が来ていて、俺に賛辞さんじを送ってくれる。

 もちろん小隊の少女らも来ている。

 さらにペルル少尉は幼女――フェイ・ロー伍長にも声を掛けた。


「フェイ・ロー伍長、貴官も中々の剣技の腕前なんですね。お見逸おみそれいたしました」


 なんか俺とは口調が違うな。

 

 その言葉を受けたフェイ・ロー伍長は嬉しそうな笑顔で返答する。


「うむ、そうだろう、そうだろう。まあ、大した敵じゃなかったがのう。ふぉ、ふぉ、ふぉ」


 解かり易い奴だな。


 さて、のんびりはしていられない。

 後方では味方騎兵隊とチャリオットが未だ戦っている。

 ここを突破されると形勢が敵に傾くことになる。


「ペルル少尉、敵のチャリオットをなんとかしなくてはいけません。ここを突破されると味方部隊が後方から襲われることになります」


 するとペルル少尉も少し動揺した様子で返答する。


「おお、そういえばそうだね。良し、味方騎兵隊の援護をしよう」


 ペルル少尉は小隊を率いて、掩護射撃の出来る位置に向かおうとする。

 しかし俺はそれを止める。


「お待ちくださいペルル少尉、しかしながらボルトが足りません。どこかで補充するか、小剣で戦わないといけなくなります」


 それを言うとペルル少尉は固まった。


「小剣……無理だよ。剣で戦うとか無理に決まってるでしょ。僕は剣で戦ったことなんてないんだからね」


 なんか恐ろしい事を言ったんだが。

 それに小隊の一般兵の前でそれを言うとはな。


「ペルル少尉、落ち着いてください。ボルトはゼロではありませんから、クロスボウ射撃の上手い奴に扱わせて、残りの兵はその護衛をすればよろしいかと思います」


 補給部隊なんてずっと後方だからな。

 現状で出来ることをするしかない。


「うん、そうしよう。ウルフ曹長、任せるよ」


 またウルフになってんぞ。


「メイケ、アメナ、アヤ、サリサ兵長、それとラムラ伍長の五人、全員のボルトを回収しろ。回収したボルトは五人が使え。数は多くないから良く狙って撃つんだ。ほら、ボーッとしてないで急げ」


 ペルル小隊の名射手の五人だ。

 と言ってもあくまでも『ペルル小隊』の中での話だが。


 五十人の兵から集めれば結構な数になる。

 百本以上は集まったか。

 それを五人で撃てば火力は劣るが時間は稼げる。


「ボルトを持たない者は抜剣しろ。射手を守れ。隊列を組んで前進する。途中、槍が落ちてたら拾ってそれを使え、行くぞ」


 慌ただしいまま、隊列を組んで後方へと進む。


 すると同じ方向へと進む重装歩兵小隊が見える。

 前進するに従い徐々に俺達小隊に近づいて来る。


 そして直ぐ近くまで来たところで重装歩兵小隊の副隊長らしき人物が声を掛けてきた。

 階級は俺と同じ曹長だ。

 士官は見当たらないところを見ると、戦死したんだろう。

 人数もかなり少ない。 

 小隊のかなりの兵が負傷したか戦死したようだ。


「先ほどのホブゴブリン士官との戦い、見させていただきましたよ。非常に感動しました。さすが“魔を狩る者”と恐れられた戦士ですね。敵からは“地上の悪魔”って呼ばれているんですね」


 くそ、聞こえていやがったか。

 だけど“地上の悪魔”って呼び名は嫌だな。


「は、ははは。見てたか。恥ずかしいな、大したことないんだがな」


「これからチャリオットを倒しに行くんですよね。微力ながら加勢させていただきます。そちらの少尉殿、よろしいですか?」


 するとペルル少尉は慌てて返事をする。


「あ、ああ。それは助かるね。でも君らの小隊長は……」


「はい、戦死なされまして、今は士官がいない状況ですので、遠慮なさらずにご命令してください」


「そう言う事らしいから、よろしく頼むよ。ボルフ曹長」


 はい、また俺に丸投げですね。


「了解しました、ペルル少尉殿」


 ま、そういう事なら遠慮なく使わせてもらいますよ。

 重装歩兵なら使い勝手良さそうだしな。


「重装歩兵小隊、ペルル小隊の右横に隊列を組んで前進」


 重装歩兵の兵士らはボロボロながら士気は落ちていないようで、直ぐに隊列を俺達の小隊の右側に組んでくれた。


 敵はチャリオットだ。

 突撃チャージされたらクロスボウ兵は防御のしようが無い。


 重装歩兵なら大きな盾があるし長い槍もある。

 騎兵相手にも防御法がある訳だから守ってもらえばよい。

 なんだ、実に好都合じゃないか!


 隊列を組んで歩いていると、今度は長槍歩兵小隊が近づいて来る。

 こっちも派手にやられていて人数が少ない。


「申し訳ないが合流させてください。隊長と副隊長が戦死され指揮官がいない状況です」


 なんと、俺達の小隊が一気に中隊規模になってしまうじゃないか。

 

「副隊長もいないのはまずいな。それなら……フェイ・ロー伍長、あっちで指揮を執ってもらえるか?」


 すると驚いた様子でフェイ・ロー伍長が返す。


「なんと、私が指揮をとっても良いのか」


「ペルル少尉、構わないですよね?」


 俺がペルル少尉に振ると、当たり前の様に「うん、構わないよ」と言う返事。


「と言う事だ。どうせそう言ったたぐいの書物は読んで勉強してるんだろ。良いところを見せてくれ、ロー伍長」


 そう俺が言うと、それを聞いたフェイ・ロー伍長は「私の時代が来たのじゃ」とか言って、隣で行進する長槍小隊の先頭へと嬉しそうに入って行った。


「私はフェイ・ロー伍長なるぞ。今からこの小隊の指揮をるのじゃ。我々は左翼を守るぞ、戦闘体勢に隊列を組み直すのじゃ!」


 相変わらず偉そうだな。

 さすが元伯爵令嬢だ。

 兵士らに嫌われて、言う事を聞かなくなっても知らないぞ。


 でもこれで右側には重装歩兵小隊、左側には長槍小隊と、十分チャリオットに対抗できる戦力を得た。

 ペルル少尉も興奮して鼻息が荒くなってきたな。


 敵のチャリオット隊が見えてきた。

 しかし残念なことに、味方の騎馬隊は今まさに敗走して行くところだった。

 

 味方の騎馬隊が敗走してしまったため、今度は周囲にいた歩兵が狙われている。

 だが現段階を見る限り、味方歩兵の隊列は乱れていて、指揮官はいても統制が全然とれていない状況となっている。


 これではチャリオットに潰されるのは時間の問題だ。


 敵のチャリオットは六騎いる。

 たったの六騎で味方はこんな状態なのか。

 ちょっと信じがたい。

 これほどまでにベテラン兵士が不足しているという事か。


 敵のチャリオットの一騎がこちらに気が付いたようだ。


 銀狼を回頭させて、こちらに向かって来る。


「全た~い止まれ。クロスボウ小隊構え~」


 通常ならこの距離だと一度しか撃てない。

 でも射手は五人だが残りの大半が装填をしてくれている。

 発射速度は十秒以下だ。


「撃てっ!」

「次、構え~……撃てっ!」


 チャリオットの正面から狙うとクロスボウは良く当たる。

 それに敵の突進力も合わさってボルトの威力も増す。


 ボルトが銀狼に命中したようだ。

 物凄い勢いで銀狼が転倒し、牽引しているカートも勢いよく二回三回と横転した。


 重装歩兵小隊と長槍歩兵小隊から「わっ」と歓声が上がる。


 だがそれで目立ってしまったようだ。

 残りの五騎のチャリオットが、こちらに向かって走り出した。


 マズい、一斉に来られると危険だ。

 俺は直ぐに叫ぶ。


「密集隊形、少女らを守るように隊列を組め!」


 弓部隊を守る時の戦法だ。

 少女らを中心に全周警戒体制って訳だ。


 なんだかフェイ・ロー伍長が生き生きしている。


 重装歩兵の盾が周囲を固め、間から槍を突き出しチャリオットが近づけないようにする。

 さらにクロスボウが近づく敵を攻撃していく。


 チャリオット部隊が次第に俺達の周囲を回り出す。


「油断するな、俺の命令を待て!」


 その内の数台が輪をせばめて来た。


 チャリオットの車輪に着いた回転する刃が俺達部隊に接近する。


「防御!」


 俺の掛け声で大型の盾が壁となる。

 そこへ接近して来たチャリオットの刃が、味方の盾をガリガリと削りとる。

 

 良し、防いだぞ。


「よくやった!」


 そしてまた別のチャリオットが迫る。


「まだだぞ、まだだ……」


 チャリオットの刃が盾に触れそうなほどに、すぐ目の前にまで接近。


「今だ、シュート!!」


 俺の命令で、盾の間から槍が一斉に伸ばされた。


 その伸ばされた槍の穂先が車輪に引っかかる。


 するとチャリオットの大きく車輪が空中に飛び上がった。

 そして今度は物凄い轟音を立てて地面へと横倒して落下した。


 悲惨な音を響かせてバラバラになるチャリオット。


 銀狼と乗っていたゴブリン兵は生きていないだろう。


「よおし、いいぞ。一騎やったぞ!」


 男共から「おおお!」という声が響く。


 だがクロスボウを撃つ少女も活躍を見せる。


 メイケが放ったボルトが狼の片目に突き刺さった。

 片目を失った銀狼はパニックとなり転倒。

 そうなるとバランスをくずしてチャリオット自体が引きずられるように横倒しだ。

 そのまま先ほど破壊したチャリオットの残骸へと突っ込んだ。

 ゴブリン兵の悲鳴が木霊こだまする。


「いいぞ、メイケ。ナイスショットだ!」


 いつものようにメイケは赤くなった。






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