第36話 ホブゴブリン士官
俺は大きく振りかぶった剣をホブゴブリン兵に叩きつける。
するとホブゴブリン兵は盾でそれを防ぎ、剣を盾の上で滑らせるように外に受け流した。
俺は嫌な予感がして、
すると盾に隠れたところから突然メイスが現れた。
「くそっ」
俺の鼻先を風切り音を立ててメイスが通り過ぎる。
メイスにこびり付いた血が俺の顔にはねた。
かろうじて
こいつ、単なる馬鹿力だけじゃないな。
相当な腕だ。
やはりゴブリンとは違うか。
これは楽しめる。
ならば少し本気を出すか。
俺は腰に差してある手斧を取り出し左手に握る。
いつもの二刀流だ。
フェイ・ロー伍長ともう一匹のホブゴブリン兵も、真っ向勝負を始めている。
体格的にちょっと無理のような気がするんだが、大丈夫か?
俺がほんの一瞬よそ見をしただけで、ホブゴブリン兵はその隙を見逃さない。
盾を俺の目の前まで押し込んできて、盾に隠れたところからまたしてもメイスが飛んできた。
これが奴の得意の攻撃らしいが、一度やられれば二度目は分かる。
それにこの手を使う兵士は意外と多い。
こいつはその中でも腕が少し良いだけの話。
俺は難なくその攻撃を
今度は顔ではなく腕を狙って来たが、俺には当たらない
逆に俺はそのメイスが空ぶったところを手斧で強打しようとするも、腕には当たらずメイスに当たった。
ここで普通なら武器を落としたりもするんだが、そこまで素人でもないだろうしホブゴブリンの握力は半端ない。
しっかり持ち直し、一旦後ろへと下がった。
そして距離を空けたところから急にダッシュしてくる。
そしてやはり盾を押し込むようにして前に出て来た。
ワンパターンかと思ったが、今までと盾の出し方が違う。
体当たりか!?
俺は体を捻り、盾の外側に回転するように逃げた。
俺の予想通り盾に身体を預けての体当たりだった。
体当たりで俺がバランスを崩したところに、止めの一撃とかを狙ってたんだろう。
だが俺がかすりもしなかったものだから、逆に奴は前のめりに倒れそうになるが何とか持ちこたえる。
しかし、その直ぐ横には回り込んだ俺が立っていた。
「少しだけ楽しめた。でもここまでだがな」
そう声を掛けて、そいつの後頭部へ手斧を叩き下ろした。
横を見ればフェイ・ロー伍長が苦戦している。
細かい切り傷や刺し傷を負わせているのだが、身体のデカいホブゴブリンには効いていない。
その魔剣、敵の精気を吸い取るんじゃなかったのか?
まあ良い。
少し助けてやるか。
横からホブゴブリン兵の足首へ剣を振り落とす。
「ガアアア!」
悲鳴を上げて俺を横目で睨む。
ヤバい、斬り過ぎた。
その隙をフェイ・ロー伍長は逃がさなかった。
相手の
魔剣はホブゴブリン兵のアゴの下から入り後頭部へと抜けた。
「グハ……」
ホブゴブリン兵は血を吐きながらゆっくりと倒れる。
その途端、ホブゴブリン兵から煙のようなものが流れ出て、魔剣がそれを吸い取っていく。
いや違う、魔剣が獲物の精気を喰ってやがるのだ。
まるで魔剣が笑っているようにさえ見える。
あの魔剣、獲物が死なないと発動しないのかもしれない。
だけど幼女のくせに、恐ろしい物を振り回しやがるな。
「ふん、大したことないのじゃ。雑魚がでしゃばりおってのう」
色々と突っ込みたいがそれは後にする。
これで敵のホブゴブリン兵もかなり減った。
数が減った事で味方兵士もホブゴブリン兵を倒し始めている。
残りは三匹の兵士、それに加えて指揮官らしいホブゴブリン士官の四匹だ。
三匹のホブゴブリン兵はそのままに、ホブゴブリン士官が一人だけ俺の方へ歩いて来る。
ほほう、俺に戦いを挑むつもりか。
他のホブゴブリン兵と比べてもかなり身なりが良いな。
部分的に金属を使った革鎧を身にまとい、金属製の兜をかぶる。
両手に武器を持っている、ということは俺と同じ二刀流か。
右の手にはメイス、左の手にはウォーハンマーが握られている。
ホブゴブリン士官は俺と二メートルの距離を置いて立ち止まった。
そして器用にもメイスを右手首からグルグル回している。
ほ~、右手首の可動範囲が広いな。
こいつはその軟体的な手首を使った攻撃をしてくるってことだな。
手の内をさらけ出すとは、まだまだだな。
そして
ふん、こっちはフェイントか。
俺は左手の手斧で上方へとそれを受け流す。
金属同士がぶつかり火花が飛んだ。
その火花を打ち消すかのように、奴の右手のメイスが真横から迫る。
横から来るか!
左手の手斧はもう間に合わない。
俺は体を左に
だが、奴のメイスの軌道が突然変わる。
くそ!
物凄い衝撃が革の鎧ごしに肩に響いた。
衝撃を逃がす為に俺は右に身体を傾ける。
激痛が走った。
久しぶりに感じる“痛み”だ。
それも恐ろしく重い。
奴のメイスの軌道は全く予想がつかなかった。
軟体の様なのは手首だけじゃない、
肩がだらりと下がる。
手斧を握る握力さえ保てず、手のひらからゆっくりと地面へとこぼれ落ちる。
俺は笑い出した。
「ふふ、ふはははは。いいぞ、こんな気持ちは久しぶりだ。お前のような戦士を待ってたんだ。来い、俺を倒しに来い!」
言葉は通じる訳はないのだが、意思は通じたのかホブゴブリン士官が、牙を剥き出しにしながらニヤリとしたのは分かった。
その
俺はそれを何なく
すると
左手の軌道は読めるんだが、右手の軌道が読めない。
異常稼働関節が手首と
気が付けば、伯爵を守ろうと味方の増援が周囲から集まって来ており、ホブゴブリン兵の生き残りは全て片付いたようだ。
それで俺とホブゴブリン士官の周りを味方が取り囲んでいる。
「手を出すな。これは俺の戦いだ!」
俺は堂々と宣言した。
この戦いは誰にも邪魔されたくない。
集団での戦闘中?
知った事じゃない!
俺は奴の真似をするように、剣を持った右手首をグルグルと回して見せる。
すると鼻で笑うかのように「ふん」と言ったかと思うと、奴が一歩前に出る。
先制で左手のウォーハンマー攻撃がくる。
ここまでは問題なく対処できる。
問題が次だ。
来た!
奴の右腕が上段に振り上げられた。
俺はすかさず防御の為に剣を頭上に持ち上げる。
ただし通常よりも前に、つまり敵の懐に入った状態でだ。
今、俺の目の前には奴の驚く顔がある。
まさか前に出て来るとは思ってなかったんだろう。
この距離なら振り下ろせまい!
だが、奴は手首と
だがそれも想定済み。
俺は剣でそれを受け止めた。
すると奴は
ホブゴブリンの一撃をまともに受けられる人族など、いるはずがないとでも思ったんだろう。
確かに受け流すのなら出来るが、まともに受けたら剣が叩き折れるし、腕が剣を支えきれなくなるだろう。
人族がホブゴブリンに力で対抗するのは無理があるのだ。
だがな、この至近距離からの一撃なら、武器を振り切る途中で受けられる。
それはつまり全力の攻撃ではないってことだ。
それにな、驚いている場合じゃないぞ。
「お返しだっ!」
俺は片膝を思いっきり押し上げた。
「グオオオ――オウフッ……」
ホブゴブリンの股間に俺の
ホブゴブリンが雄叫びを上げたかと思ったら、今度は
そして手に持っていた武器はその場にゆっくりとと落とし、股間を両手で握り
巨大な
俺はそのホブゴブリン士官の前に仁王立ちする。
するとそいつは、苦しそうな表情のまま俺を見上げる。
その顔は徐々に
「久しぶりに楽しめた、感謝するよ。で、何か言い残す事はあるか、ああ、言葉解らないか。じゃあ、これで終わり――」
俺が剣を振り上げた時だった。
「キサマ ガ アノ “グラッグ” ナノカ ?」
何を言ってるんだ。
こいつ人族の言葉が解るのか?
「キサマ マエ ニ ミタコト アル」
「何を言っている。グラッグ?」
「オレタチ ノ コトバ デ チジョウノアクマ ヲ イミ スル……」
何俺、奴らに『地上の悪魔』呼ばわりされてるのか。
なおもホブゴブリン士官は言葉を続けた。
「キサマ マダ イキテイタ ノカ……」
「勝手に殺すな。後方に待機してただけだ。暇だったんで戦線に復帰したんだよ」
「ソウカ “グラッグ” ニ コロサレル ナラ ナットクダ。 サア ヤッテクレ」
俺は剣を振り下ろした。
地面が赤く染まる。
途端に、周囲から大歓声が巻き上がる。
俺を取り囲むようにしている味方が、歓喜で武器を空に突き上げて大騒ぎしている。
釣られて俺も両手を高く上げようとして、左肩の痛みを思い出す。
結局、右手の剣を空高く掲げた。
すると、兵達が口々に『魔を狩る者』と叫ぶ。
戦闘中だと言うのにその空間だけは勝利の歓喜だった。
“腐れかけ”も俺に対して拍手を送っている。
まあ、悪い気はしない。
それどころか、久しぶりの有意義な戦いにすがすがしさを感じる。
そこでペロン中佐が大声を上げる。
「戦いはまだ続いているぞ。最後の敵を
最早、味方部隊は勝利したような雰囲気で、士気が高まっているのが感じ取れる。
ペロン中佐が遠くから俺にむかって何か言ってきた。
「戦いが終わったら話を聞こう。ではまたあとでな!」
俺は敬礼で返した。
落ち着いたところで、俺は戦況を見回してみる。
前方の戦線は味方が押している状況だ。
前面の敵で強敵はもういない。
このまま行けば前面の敵も押し返すだろう。
問題は後方のチャリオットか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます