第35話 ホブゴブリンの精鋭








 だがフェイ・ロー伍長を連れて行ったら、ペルル少尉の面倒を見る下士官が居なくなる。それはまずい。


「ソニア伍長、小隊本部付の下士官が居なくなる。貴官に補佐を頼むがやってくれるか?」


 小隊本部付の代理とはいえ、本部付は出世コースだ。

 ソニア伍長は喜んで引き受けてくれた。


 ペルル少尉は「うんうん」とうなずいているだけだが、一応了承は得たとみても良いだろう。

 これも俺の勝手な判断だが。


 さて、メンバーが決まれば急がないといけない。

 我々のサンバー独立大隊本部には大隊長のペロン中佐がいるはずだ。

 サンバー伯爵直轄の独立大隊の隊長が、敵に討ち取られたとあっては一大事だ。

 首を狩られる前に救わないと。


 俺が走りだすと五人も後に付いてくる。

 チラリと装備を見ると、やはりボルトの残り本数が少ない。それぞれ数本しか持っていない。

 補給したくても今はそんな余裕もない。

 これでやるしかない。


 味方の隊列の合間をうように走り、独立大隊本部へと辿たどり着いた。


 そこには人間の大きさほどもあるゴブリン兵が、味方兵士と乱戦をしていた。

 俺は五人の少女に聞こえる様に叫んだ。


「ホブゴブリンだ、気を付けろ。奴らはゴブリンよりも強いぞ!」


 通常のゴブリンの身長は130㎝前後なのに対し、ホブゴブリンは人間と同じくらいの身長がある。

 それでいて、人間よりも力が強く体重がある。

 その為、その一撃は人間を上回る。


 ホブゴブリン兵の装備は厚手の革鎧を着こみ、手には大きな丸盾にメイスを握る。

 力が強い為、刃の付いた武器は直ぐに刃こぼれするかららしい。

 奴らは人間ほどの高い精度の武器を作る技術が無いからだ。


 その点メイスなら武器の中でも頑丈な部類に入る。

 そう簡単に壊れることはなく、奴らの技術でも十分な強度を得られる。

 だから奴らのほとんどはメイスなどの打撃武器を持つ。


 ホブゴブリン兵の数はそれほど多くはない。

 見たところ10匹ほどだ。

 ここに来るまでにかなり減ったんだろうと思う。


 とは言え、10匹でも手強い事に変わりはない。


 クロスボウなら盾で防がれなければ、敵がホブゴブリンだろうと十分に効果はあるのだが、ボルトが一人当たり数本しかない少女らでは、出来ることが限られてくる。

 俺の分のボルトを分けても、一人当たりの割り当て本数は大して変わらない。


 彼女らの使い道に困るが、そんなことを悩んでる場合ではなかった。

 ペロン中佐が十数名ほどの味方兵士と共に、必死で戦っているのが見えたからだ。

 一人でも多い方が良いか。


ひざ撃ち用意、目標はホブゴブリン兵。ボルト本数が少ないから良く狙うんだぞ」


 俺の突然の号令に少女ら五人が慌てて射撃準備をし始める。

 俺も一緒になってクロスボウの用意をする。

 射撃準備が整ったのを確認した俺は叫んだ。


「構え――」


 いつもより少しだけ間隔を空けて狙いに集中させる。

 もちろん自分たちの周囲の警戒も忘れない。

 そして少女らをチラリと見て、大丈夫そうなのを確認してから叫んだ。


「――撃てぇ!」


 六本のボルトがホブゴブリン兵へと、「シュルル」っと風を切りながら飛んでいく。

 そして着弾。


「ギアアアア!」


 一匹のホブゴブリン兵の尻にボルトが命中し、大きな雄たけびを上げた。

 上手い具合によろいの隙間に命中したようだ。

 さらに別のホブゴブリン兵の振り上げた右腕に突き刺さった。

 その瞬間、振り上げた手に持っていたメイスが空中へと投げ出され、辺りに「グオオオオ」という悲鳴があがる。


 悪くない、上出来だ。


「各個自由射撃。味方に当てるな、よ~く狙って撃て。それと常に残りのボルトの本数を気にしろ」


 見れば一番装填速度が遅いのはフェイ・ロー伍長だ。

 五人の中で一番ヒ弱だからかもしれない。

 背も低いし腕も細い。

 見た目は幼女だからな。

 装填器具を使っても力が足りならしい。


 それに見るからにモタモタしている。

 ドンくさい!


 見ていたら段々とイライラしてきて、俺は思わず「遅い!」とフェイ・ロー伍長の頭をペシっとやってしまった。

 その直後に「しまった!」と後悔した。


 フェイ・ロー伍長がギロリと俺を見上げる。


「こら、ボルフ曹長よ。何をするのじゃ!」

 

 怒っている。

 しかしやっちまったもんはしょうがない。

 何とか言いつくろうしかない。


「ロー伍長、訓練が足りないから装填が遅いんだぞ」


 戦闘中だと言うのに説教してしまった。

 するとフェイ・ロー伍長は言った。


「ううむ。剣なら負けないんじゃがな」


 それを聞いて思ったことを口に出す。


「ロー伍長、ならば俺に付いて来い。ラムラ伍長、ここは任せたぞ!」


 するとラムラ伍長は小声で「でた、また一人突撃する気だよ」と言ったが、今回は一人じゃないぞ。


 俺はクロスボウと残ったボルトをその場に置くと、剣を引き抜いて走りだす。

 俺は剣で戦う口実がほしかったのだ。


 フェイ・ロー伍長も嬉しそうに俺に従い走りだす。

 向かう先はもちろんペロン中佐が戦っている場所。


 ペロン中佐と味方兵士も独立大隊の所属ということは精鋭である。

 勇猛果敢ゆうもうかかんに良く戦っているのが見えてきた。

 ペロン中佐が先陣を切って誰かを護衛するかのように戦っている。


 あれ?

 おかしいな。

 ペロン中佐が護衛されるんじゃないのか?


 俺は走りながらも周辺を見回す。


 すると近衛兵らしき格好の兵士が何人も倒れている。

 街中で見る格好とは若干違い、戦闘用の服装の様でそれほど派手ではない。

 

 近衛兵ってことは、まさか……


 味方の兵士が固まる中に、汚れひとつない高級そうな鎧を着た人物が見えた。


「ロー伍長、サンバー伯爵がいる。守るぞ」


 しかしこれで合点がいった。

 敵の中央突破で連隊本部ではなく、この独立大隊の本部を狙った理由。

 狙いは伯爵だったのか。

 よく見ればサンバー伯爵の紋章の入った旗を担ぐ兵士もいる。


 そんなもの堂々と掲げていれば狙われるだろうに。

 なんでわざわざ前線まで出て来るんだか。

 これだからお貴族様は困る。


 近くの味方部隊もこちらに応援に駆け付けようとしているが、後続のゴブリン重装歩兵に行く手をはばまれている。


 まずい状況だ。

 早く助け出さないと

 伯爵を討ち取られたとなったら士気は急落し、我が軍は総崩れになる。

 それはこの辺一帯が敵の手に落ちるということを意味する。

 

 俺は渾身の力を込めて剣を振り下ろした。


 不意を突かれたホブゴブリン兵が悲鳴を上げて、パックリと開いた背中の傷に手を当てようと藻掻もがく。


 俺は返り血で染まった剣を再びそのホブゴブリン兵の背中に突き刺した。

 その一突きでやっとホブゴブリン兵は声さえ出さずにその場に崩れ落ちた。


 するとペロン中佐が俺達に気が付いて声を上げる。


「“魔を狩る者”ボルフか。これは心強い。助かる!」


 だが今の俺にとっては、サンバー伯爵とかペロン中佐とかはどうでも良いくなっていた。

 “目の前に強敵がいる”それだけで俺は胸の高まりを抑えきれずにいた。

 心臓が激しく鼓動を繰り返す。

 本能が「敵を狩りつくせ」と言っている。


 俺は近くにいた新たなホブゴブリン兵の首を後ろから刎ね飛ばした。

 空中に血を巻き散らしながら首が舞い、俺の足元にゴロリと落ちる。


 俺の胸の鼓動は最高潮に達していた。


 そこでやっと俺達の接近に気が付いたようだ。

 ホブゴブリン兵の一人が他の二匹のホブゴブリン兵に指示を出している。


 するとその二匹が俺の方へとノシノシとやって来た。


「たった二匹か。舐められたもんだな」


 俺は薄っすらと笑みを浮かべながらその二匹へ向かって、足元に転がる敵の首を蹴り飛ばす。


 生首は二匹のホブゴブリン兵の足元へ転がっていった。

 だが二匹とも全く気にした様子はない。

 それどころか、下あごの牙をき出しにして笑っていやがる。

 そして、目の前に転がって来た味方の首を踏み潰してなお、こちらに歩いて来る。


「ふっ、面白そうな奴が来たな。いいぞ、相手にになってやる」


 すると俺の後ろから息を切らしてやって来た幼女が言ってきた。


「ボルフ曹長~、一匹は私が受け持つのじゃ」


 声と見た目は子供なのだが、その雰囲気と薄気味悪さは人の域を超えている。

 フェイ・ロー伍長はそう言って腰の魔剣を引き抜いた。


 緑色の薄気味悪い輝きを放つその魔剣は、まるで主に呼応するかのように笑って見えた。


「良いだろう、ロー伍長。その腕前、見せてやれ!」


 俺はホブゴブリン兵に向かって剣を振りかぶった。







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