第33話 ウォーワゴン
俺達がペルル小隊に復帰した時には、ゴブリン軍が前進を始めていて、それに対してサンバー伯爵軍は遠距離から長弓による矢を放っている最中だった。
クロスボウの射程にはまだ遠いし、ゴブリン軍の短弓でも届かない。
我が軍の一方的な攻撃なのだが、残念な事に弓部隊の数が少なすぎた。
圧倒的数のゴブリン軍に対しては、無いよりあった方がまし程度だ。
ゴブリン軍の前進は止まらず、続いてゴブリン軍の短弓が矢を射始めた。
だが、クロスボウの有効射程内でもある。
「てっ!」
クロスボウの斉射を二度ほど行ったがあまり効いていない。
クロスボウは曲射ができないから、正面の敵に撃つしかない。
しかし正面のゴブリン歩兵は盾を使った密集隊形を作っていて、ほとんどのボルトはその盾に防がれてしまう。
これでは我々のクロスボウ小隊が活躍できない。
ゴブリンの短弓も数が少ないから、少しの負傷者が出ただけで我が軍もほとんど影響ない。
お互い様なんだがそれでは意味がない。
そこで味方鼓笛隊の音色が変わった。
敵の突撃に対しての迎撃準備の合図だ。
敵の突撃とは正面の後方に控えている、ウォーワゴンである。
どうやら前に出て来ているようだ。
ウォーワゴンを牽引している魔物は、アーマーボアと呼ばれる
倒すのは難しくはないが、もしアーマーボアを倒した場合、ウォーワゴンが味方陣営の真っただ中に残ることになる。
味方陣営の中に残されたウォーワゴンは厄介だ。
破壊しようにも丸太で覆われたこの箱は頑丈で、剣も槍も通さないし攻撃もしてくる。
油を掛けて火を放つか、犠牲を覚悟で斧等で地道に破壊していくほかない。
だから最善の方法は、道を空けて素通りさせることだ。
問題は、この戦いの指揮官がそれを知っているかだ。
ゴブリン軍の鼓笛隊の太鼓が激しく打ち鳴らされ始めた。
あれは突撃の合図だ。
ゴブリン兵の突撃の雄たけびと共に、アーマーボアが走り出した。
引っ張られるウォーワゴンも、丸太の車体をギシギシと
それに合わせる様にゴブリン兵が道を空ける。
二頭のアーマーボアでウォーワゴンを引いている。
結構重い車両なので、走り出しは非常に遅い。
徐々に加速をつけていき、一番速度が上がったところで敵陣に突っ込めるように、御者のゴブリンが細かく調整している。
ゴブリンも意外と頭を使っているのだ。
ウォーワゴンが走り出したと同時に、各部隊の隊長が道を空けるように指示があった。
この指揮官はちゃんと知っていてくれたようだ。
ペルル小隊も敵の通り道を空ける。
そうなるとウォーワゴンは我が軍の作った通り道を真っすぐに突き進んでいく。
だがその間にもウォーワゴンの
投石ゴブリンと言うのは、普通のゴブリンよりも二回りほど体が大きく、特に右腕だけが異常なほどに発達している。
投石に特化しているのだ。
その腕でスリングと呼ばれる革で出来た投石器具を使って、
味方の歩兵が何人も通り際にやられていく。
だが、俺達の所属するサンバー伯爵直轄大隊は精鋭ぞろい。
魔法が使える兵士が特に多い。
中には変わった魔法を使う者や、特殊技能を有する者までいる。
俺も何人か知っているが、基本的に極秘扱いとなっている。
秘密兵器みたいなもんだ。
その中の一人、触れた物を腐らせる能力の者がいる。
『腐りかけ』と呼ばれている兵士だ。
俺も噂くらいは聞いたことがあるが、実際に見るのはこれが初めてだ。
今、そいつは目の前にいる。
触った物を腐らせる能力持ちなのだが、生きている者にもそれは有効で、人間の大きさならば数秒で腐り落ちてしまうと言う。
ただ、その能力を使うと自分にも影響があるらしく、徐々に自らの身体が腐ったようになっていった。
それで付いた二つ名が『腐りかけ』だ。
その『腐りかけ』が、身に着けていたフード付きのマントを投げ捨てた。
一瞬ボロ布を連想させる見た目。
どうやら着ている服まで腐ってしまうようだ。
かろうじて布が体にまとわりついている感じに見える。
腐るのは服だけでなく肌も剝がれ落ち、今にも骨が見えそうになっている。
今やその姿から性別や種族さえも判別できない。
そして『腐りかけ』はウォーワゴンに向かって走り出した。
ウォーワゴンの
同じく投石ゴブリンも
こちらも当たらず、代わりに近くにいた他の兵士を粉砕する。
あれは当たらないんじゃないな。
避けてるっぽいな。
俺はこの『腐りかけ』の戦いっぷりを見るのはもちろん初めてだ。
ひょうひょうと敵の攻撃を避けて走るその姿は、まるで風にたなびくボロ布でしかない。
俺達クロスボウ小隊は、『腐りかけ』を掩護すべくウォーワゴンに向かって一斉射撃を放つ。
タイミングは俺達小隊の真横を通り抜ける瞬間だ。
「目標、投石ゴブリン。てっ!」
一個少隊50人のクロスボウの一斉射撃が、ただ一匹のゴブリンへと放たれる。
一発くらい当たるものだ。
ドスドスっとボルトがニ本、投石ゴブリンへと突き刺さった。
その内一本は眉間を貫いたようだ。
投石ゴブリンは目を見開いたまま、
少女らから歓声があがるが、俺はそれを遮るように次の指示を出す。
「グズグズするなっ、戦いはまだ続く。射撃準備急げ!」
俺の怒鳴り声に一瞬で静まり、ワタワタと再装填に取り掛かる少女達。
そういえば『腐りかけ』の姿が見えない、と思ったら通り過ぎたウォーワゴンに取り付いている。
その取り付いたところから徐々にウォーワゴンの丸太が腐っていく。
近すぎてウォーワゴンのゴブリン兵も矢も射ることが出来ないようだ。
唯一の接近戦ができる投石ゴブリンは、
ゴブリン兵は
だが真横には槍も届かない。
そこでアーマーボアが方向を変えようとする。
Uターンして、今度は俺達の後方から再び突撃しようとしているのだろう。
だが、一度走りだしたアーマーボアはそう簡単に方向を変えられない。
変えようとすれば相当な負荷が車輪に掛かる。
「バキッ」という何かが折れるような音がここまで聞こえて来た。
その途端、方向を変えようとしたウォーワゴンの車輪が外れて、明後日の方向へと転がって行く。
「よし!」
俺は思わず声を上げていた。
車軸に負荷が掛かって、ミイニャと俺が仕込んだ罠が作用したのだ。
車輪が一個外れたウォーワゴンは、バランスを崩してそのまま横転する。
するとそれに引っ張られるようにアーマーボアも地面に転がる。
『腐りかけ』はそれに巻き込まれない様にサッと自ら地面へと転がり込んだ。
どうやら無事の様だ。
そこで味方から歓声が上がる。
俺達が仕掛けた罠のおかげなんだがな。
ま、いいか。
車軸に仕掛けたのは全部で三両、ということは上手く行けばあと二両を動けなく出来る可能性があるってことだ。
そうなれば残るのは一両のウォーワゴンだけになり、それならなんとか対処できる。
『腐りかけ』は次のウォーワゴンに向かって走り出した。
そして直ぐにウォーワゴンに飛び乗ると、車軸の辺りを腐らせ始めた。
だが、
繰り返した槍の突き攻撃に苦戦している『腐りかけ』に対し、俺達50人のクロスボウが掩護射撃をした。
危なく『腐りかけ』にも命中しそうになるも、見事に投石ゴブリンに数本命中させて黙らせる。
その辺りでそのウォーワゴンの車輪の付け根あたりが腐り落ち、次の瞬間には横転した。
ウォーワゴンから外れたアーマーボアは、そのままどこかへ走り去った。
これでウォーワゴンは残り二両だ。
ん、待てよ?
だけど今の破壊の仕方だと、車軸の罠で横転したのか分からないな。
そんな事を考えている内に、もう一両のウォーワゴンの車軸が折れて転倒した。
これで残り一両だが、その一両が罠が仕掛けてある車両かどうかが判別できなくなった。
その最後の一両が大きく回頭して、俺達小隊へと向きを変えた。
ここでまたあのウォーワゴンに道を空ければ、今度はそのまま通り抜けて敵陣営に突撃する。
これは都合が良い。
と思ったら甘かった。
ウォーワゴンの通り道と思われる場所に、男の負傷兵が倒れているのが目に入った。
クソ!
「誰か、あの負傷兵をどかせ!」
俺の叫び声に何人かが反応して負傷兵を助けに行くが、助けに行ったのがアカサとマクロン伍長だった。
ああ、微妙な二人が行ってしまったか。
大の男をあの二人で運ぶのは無理だ。
だが、もうウォーワゴンが迫っている。
「アカサ、マクロン伍長、間に合わない、逃げろ!!」
俺は必死で叫ぶのだが、戦闘音できこえないらしい。
俺はウォーワゴンに向かって走り出す。
途中、落ちていた槍を拾い手の持ち位置をすらしながら重量バランスを確認する。
俺は突進してくるウォーワゴンの正面に立ち、その槍を全力で投げ放った。
槍はスルスルと曲線を描いてウォーワゴンを牽引する魔物、アーマーボアへと向かっていく。
ウォーワゴンには歯がたたなくても、それを引く魔物が傷を負えば軌道がズレるはず。
そして槍は狙いだ違わずアーマーボアの背中に命中した。
しかし命中する角度が悪かったのか、槍はアーマーボアの
「しまった」と一瞬心の中で叫び声を上げるのだが、弾かれた槍は御者台に座るゴブリン兵の首を吹っ飛ばした。
その時のゴブリン兵の挙動で手綱があらぬ方向へ引っ張られたようだ。
するとアーマーボアも引っ張られるように向きを変える。
その途端、ウォーワゴンの車輪が外れ車体を固定しているロープが切れて、車体を構成する丸太が次々に崩れ出した。
ウォーワゴンが走りながらにして、みるみる崩れていくのだ。
まるで冗談かの様な光景が目の前で繰り広げられた。
そういえば、ミイニャがウォーワゴンのロープを切ったとか言ってたっけな。
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