第32話 監視所
俺は青ざめた表情のメイケの所まで行き、その小さな肩に手を置いた。
すると「ビクリ」と身体が震える。
メイケは己の剣の柄を震える手で握り締め、血塗られた刀身を見つめたままだ。
そこで俺はメイケをフォローする為にもこう言った。
「重要なのはな、メイケ。これは自分の命を守る為、それに仲間や故郷に残してきた家族の命を守る為にやったことだ。ほら、周りを見てみろ」
メイケは顔を上げて恐る恐る周囲を見まわす。
そこにはメイケを囲んで心配そうに見守る戦友の姿がある。
それを見たメイケは何かを感じ取ったようだ。
俺はなおも話を続ける。
「奴らは人じゃない、魔物だ。そこは間違えるな」
メイケは黙ったままゆっくりと
それを確認した俺は最後に一言付け加える。
「だけどまあ、よくやったな、メイケ」
するとメイケが俺を見上げる。
何か言いたそうだったので、俺はメイケの頭に手を置いて無言で軽く
さて、それでは仕事に取り掛かるか。
「サリサ兵長は周囲を警戒。他はゴブリンの荷物を調べろ」
ゴブリン兵の荷物から、カラス系の魔物二羽が入った
連絡用のカラス魔物って訳だ。
これはゴブリンの連絡用でよく使われる魔物である。
「大変にゃ、ボルフ曹長!」
突然ミイニャが声を上げた。
皆が一斉にミイニャに視線を送る。
するとミイニャは何かを持った両手を自分の頭上高く持ち上げた。
「やったにゃ、巨大貝にゃ!」
ミイニャが持ち上げたのは40㎝はあろうかと言う竜池の巨大貝、竜貝が二つだった。
ゴブリン兵が持っていたモノらしい。
驚かせるんじゃないと言いそうになるが、少女らが笑い始めたのを見て、まあいいかという気持ちになった。
いつもペースを乱されるんだよな。
慣れたけど。
だがこれで竜貝はメイケが見つけた20㎝のものも含めて三つになった。
毎度のことだが、ゴブリン兵は大したものは持っていない。
倒した敵の持ち物は戦利品として個人で取得しても良いとなっているが、ゴブリン兵はよくて食料品だ。
金になるようなものはほとんど持っていない。
今回は竜貝とカラス系魔物だ。
どちらも食料として接収させてもらった。
そこから一番近い味方の監視所へと向かう。
2時間ほど歩いて見晴らしの良い崖の上に建つ監視所へと辿り着いた。
一個分隊が駐屯する監視所だ。
ほとんど訪れる人などいないこの監視所に、巡回兵以外の兵士が訪れたことに驚かれた。
それに少女ばかりときたから尚更驚いている。
そこでやっとまずいと言う事に気が付いた。
この監視所は女っ気の全くない、山の上の
そこへ若い少女らが訪れたらどうなるか。
男たちの殺気だったような目が少女らに降りそそぐ。
「おい、女だ。女じゃねえか」
「おお、五人もいる」
「すげえ上玉もいるぞ」
品定めするような声まで聞こえてくる。
これは監視所の中には入らない方がよさそうだ。
だが、ラムラ伍長が機転を利かせる。
「魔を狩る者、私達は周囲の警戒をしています」
そう言って監視所入り口から距離を取った。
俺を“魔を狩る者”と二つ名で呼んだのだ。
その途端、監視所の男共の視線が一斉に俺に集まった。
そして監視所の隊長である伍長が恐る恐る聞いてきた。
「今、あの女伍長が“魔を狩る者”と言いました、よね。それって、まさか……」
察しが良くて助かるな。
それならラムラ伍長の作戦に乗ってやるか。
俺は出来るだけ悪人っぽく告げた。
「ああ、俺が“魔を狩る者”と言われているボルフだ。後方は退屈だったんでな、最近になって戦線に復帰した。どうも血を見てないと落ち着かなくてな。そうだ、死にたくなかったら俺のハーレムには手を出すなよ。こんな辺境での味方殺しの言い訳は面倒だからな」
そう言って俺は出来るだけ薄気味悪く薄笑いを浮かべた。
効果てき面だった。
監視所の隊長である伍長の表情が凍り付く。
これで大丈夫だ。
“魔を狩る者”は「敵味方関係なしに
それを知ったうえで“俺のハーレム”に手を出す命知らずはいないだろう。
案の定、俺の言葉で監視所の空気が一変した。
その上で監視所の備蓄食料のパンを譲ってくれないか頼んだら、あっさりと「好きなだけ持って行ってくれ」と言われた。
タダで貰うのも気が引けたんで、六人分のパンと引き換えにカラス系魔物を食料として二羽渡した。
これで今日の夕食にはパンが食える。
それと味方部隊へ敵の部隊のことを連絡してもらう。
連絡方法は
詳しい事は俺も知らないから監視所の奴らにそれは任せた。
これで一安心。
だが今度は味方陣地にいるペルル小隊が心配になる。
取りあえずはこの監視所の倉庫を借りて一夜を明かし、翌朝一番で味方野営地を目指す。
この夜、竜貝を殻ごと焼いて皆で分けて食べた。
俺も久しぶりに食べたが、やはりこいつは旨いな。
20㎝の大きさの竜貝はミイニャ伍長が「これは私専用にゃ」と言って離さないという事件も発生したが、
ただ、ラムラ伍長が寝る前に行った言葉がちょっとだけ気に掛かるが。
「ボルフ曹長、いつから私達はハーレム要員になったんですかね。まあ、いいですけど」
俺の返答を待たずにラムラ伍長は寝床へと消えて行く。
「ええとだな――」
返答しかけた俺の最後の言葉だけが辺りに響いたのだった。
しかし屋根のあるところで眠れるのは大きい。
この安心感は眠りに影響する。
翌朝は日の出前には出発した。
よく眠れたおかげで体調は万全だ。
山岳地帯を降りる途中に木々の間から、地上の味方部隊と敵部隊が対峙しているのが見えてきた。
とは言っても人族側の部隊は陣形がまだ出来上がっていない。
人族陣営はゴブリン陣営の動きを察知するのが遅すぎたのだ。
ゴブリン側はそれを狙って早い展開だったんだろうと思う。
これで人族軍は完全に後手に回ってしまった。
ゴブリン側は時機を見て攻撃を開始するだろう。
人族側は陣形が整う前に攻められる事になる。
ここから見る感じだと、お互いの主力は中央に集められている。
両翼にはやはりお互いの騎兵や獣騎兵が展開している。
この状況だと戦いが始まるのは時間の問題だな。
俺達はさらに足を速めた。
俺達が野営地に到着した時にはすでに戦闘が始まっていた。
野営地にはわずかな守備隊が残っているだけだ。
ペルル小隊も出陣してしまっている。
くそ、完全に出遅れてたな。
「全員装備を整えろ、直ぐに出発するぞ」
俺の掛け声に少女らは、慌てて偵察用の軽装備から戦闘用の重装備へと整え直す。
俺も革鎧を着こみ、弦の強化されたクロスボウを背負い、多めのボルトの入った袋を腰に着ける。
バックパックには携帯食料や予備のワイン袋を入れる。
俺はいつも兜は被らない。
視界が狭まるからだ。
俺の装備はこれで終わりだ。
平民の兵士はこんなもんだが、何故か少女らは違う。
以前、所持品検査をしたんだが、俺には少女らの持ち物が理解できなかった。
「これは何だ?」
「魚の
「ならこっちのは?」
「鳥肉の塩漬けにゃ」
「こ、こっちのは?」
「マタタビにゃ」
「薬物は禁止だ!」
とか
「これはいったいなんだ?」
「それって最近では“セクハラ”って言うんですよ」
「よ、よくわからんが……ならこれは戦闘に必要なものか?」
「審議委員会に訴えますよ?」
「行って良し!」
俺では到底太刀打ちが出来なかった。
何故かこういう時の女は強い。
多分今回も俺からしたら不必要なものを背負い込んでいるんだと思う。
それも経験を積めば段々と分かってくるはずだから、もう俺からは何も言わないつもりだ。
「お待たせにゃ」
いつも集合では遅刻するミイニャ伍長だが、最近は真っ先に来るようになった。
「なあ、ミイニャ伍長。バックパックから魚の尾ヒレが出ているんだが?」
ミイニャ伍長のバックパックから、かなりデカい魚の尾ヒレらしい部分がはみ出している。
「問題にゃいにゃ。携帯食料にゃよ」
バックパックに入りきれないようなモノを「携帯食料」と、堂々と言ってのけるこのふてぶてしいまでの野良猫。
全く悪びれた様子もない。
だがこれも経験だ。
俺は何も言わない。
「そうか、携帯食料か。わかった……」
「わかったなら良いにゃ」
なんかカチンとくるんだが。
大人げなく、殴ってやりたくなったぞ。
だいたいな、そんなモノ買う金があるなら革鎧を買えと言いたい。
分隊長の伍長にもなって革鎧を着てない者は、本当にわずかしかいない。
伍長になりたてか、余程金に困っている奴のどちらかだ。
だがこの野良猫はどちらでもない。
有り金全部を食い物につぎ込む。
ラムラ伍長は次の給金で買うとか言ってたし。
サリサは分隊長代理でまだ兵長だからな。
そんなやり取りの間にも、残りの四人の少女らが集まる。
「全員揃ったようだな、なら出発する。小隊に追いつくぞ!」
疲れてはいるが、戦いはすでに始まっている。
小隊に残してきた少女らが心配だ。
野営地の守備隊に聞けば、サンバー伯爵直轄大隊は敵の正面に布陣しているらしい。
精鋭部隊なのだから当然かもしれない。
だが敵の正面にも主力部隊が配置されている。
巨人族とウォーワゴンだ。
危険な臭いしかしないんだが。
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