第31話 初めての殺傷






「ボルフ曹長、ゴブリン兵があそこに10匹くらい見えるにゃ」


 ミイニャ伍長が言う方向を見れば、山の尾根伝いに歩くゴブリンが見えた。

 何でこんなところにと思ったが、よく考えたらこの山から地上の敵味方の陣形やら配置が見える。

 味方の監視塔もあるくらいだ。

 つまり奴らは偵察部隊ってことか。


 恐らく敵の偵察隊はこいつらだけじゃないだろうとは思う。だけど放っては置けないな。

 さて、そうしたらどうしてくれようか。


「ミイニャ伍長、サリサ兵長、近くに敵の気配はするか?」


 俺の質問に二人は首を横に振る。

 近くにいるのはあの部隊だけの様だ。

 それなら答えは簡単だ。


「一匹も逃がすな!」


 敵の偵察部隊なら情報を伝える前に倒すしかない。

 連絡用のカラス系魔物を連れているはずだ。

 それを放つ前に倒す。

 それには奇襲が一番。


 幸い向こうはこっちに気が付いてない。

 このまま後ろから近づいて奇襲攻撃だ。


 ゴブリン兵は尾根伝いに見晴らしの良い場所を探しているようだ。

 という事は偵察はまだってことだ。

 ゴブリンの足は遅いからすぐに追いつくだろう。


 予想通りに一時間もしないうちに追いついた。

 だが、奇襲をするためにはタイミングが重要だ。

 攻撃を仕掛ける前に気が付かれては意味がない。


 慎重しんちょうに距離を詰めていく。


 最後尾を歩くゴブリン兵まであと10mだ。

 しかしまだ気が付かれない。

 

 それならもっと接近してやる。

 5mまで近づいた。

 だが、完全に油断している様で、まだ気づく気配もない。


 ならばもっと近づくまで!


 俺はゴブリンの背中に手が届くところまで来てしまった。

 それでも奴らは全く後ろを見ない、というか気にしてない?


「えええい、面倒くさい。攻撃!」


 俺は最後尾のゴブリン兵の頭を手斧でカチ割った。

 一撃で倒したのでゴブリン兵からは悲鳴も上がらない。


 続いてすぐ前にいる二匹目をロングソードで叩き斬る。

 肩から入った剣はゴブリンの腹の辺りまで喰い込んで止まった。


 ゴブリン兵は「グギッ」っと小さく悲鳴を上げて倒れ込む。

 そこでやっと前を歩くゴブリン兵が異変に気が付いて振り返る。


 その振り返ったゴブリン兵の目の前には、口を開けたミイニャの顔が合った。


「にゃ~っ」


 気合の声と共にミイニャの口から炎が吐き出された。

 必殺のファイヤーブレスだ。


 炎はミイニャの目の前のゴブリンの頭を包み込み、さらにはその後ろにいるもう二匹のゴブリンの上半身をも炎で焼き尽くす。


 攻撃されたことにやっと気が付いて、次々に振り向いて俺達と視線を合わすゴブリン兵達。

 その顔は驚きと恐怖の入り混じった表情であった。


 これは完全に奇襲攻撃だな。

 少女らの小剣が次から次へとゴブリン兵に襲い掛かる。


 彼女等も成長したもんだ。

 今じゃ相手がゴブリン兵程度なら、剣でもそこそこ戦える。


 ラムラ伍長とミイニヤ伍長はもちろんの事、サリサ兵長とアカサもそれに加わっている。


 そして一番成長したと思うのが金メッケことメイケ。

 ついこの間までは接近戦闘で敵に対峙すると、両手で握り締めた小剣をひたすらブンブンと振り回すだけだった彼女。

 今じゃしっかり片手で小剣を構え、表情こそ強張ってはいるがしっかりゴブリン兵と互角以上の戦いを見せている。


 だいたい、ゴブリン兵はヒューマンの子供くらいの身長しかない。

 腕力もないからその一撃も弱い。

 15歳の少女でも力で上回る。

 一般的にはゴブリン兵との一対一では、ヒューマンが勝つと言われている。

 だから奴らは単独行動はしない。

 数で押して来るか使役魔物や道具でカバーする。

 意外と頭がまわる。


 メイケが小剣を大きく振りかぶり、ゴブリンの頭上へ叩き落とす。

 新兵の頃にはこれで自分の足を切りそうになっていたな、懐かしい。


 だがこのゴブリン兵は中々手強いようで、移動してその剣撃をかわした。

 かわされたメイケの方はと言うと、バランスを崩して一歩前に出てしまう。


 そこへゴブリン兵の槍が迫る。

 避け切れないと思ったのか、メイケは小さく「いやっ」と声をあげて縮こまる。

 だがゴブリン兵の槍はメイケには当たらず、その穂先は大きく上へと弾かれた。


「金メッケ、しっかりしなさい!」


 ラムラ伍長がフォローに入ったのだ。


 気が付けばゴブリン兵はメイケと対峙している個体だけとなっていた。

 メイケの周りには少女らの姿だけだ。


 ラムラ伍長の声にメイケも小剣を構え直し、ゴブリン兵に向き直る。

 周囲を囲まれた上に、自分が最後の一匹となったことを悟ったゴブリン兵は、覚悟を決めたのかメイケに向けて槍を構え直した。


 完全に一騎打ちの状態だ。


 でもな、俺の見立てだとメイケよりもそのゴブリン兵の方が腕が上だ。

 早い話、今のメイケでは勝てない。

 

 恐らくラムラ伍長を筆頭に、少女らはメイケが勝つと信じているんだろうがな、世の中そこまで甘くはない。


「ギャッ」


 俺はゴブリン兵の脚を剣で斬った。

 もちろん致命傷ではないが、ちょっと斬り過ぎたか。

 ただ、これで片脚は自由に動かなくなったはずだ。

 

 これくらいのハンデが丁度良い。


「ボルフ曹長、手出ししないでください!」


 俺が斬ってすぐにラムラ伍長にそう言われたんだが、「ああ、すまん。邪魔したな」と軽く流した。


 相手の力量を知るのも戦場で生き残るコツなんだがな。

 まだこいつらにはその判別は無理だ。

 その説明を今ここで出来る状況でもない。


 ゴブリン兵は脚の怪我のせいで踏み込みが甘くなった。

 ゴブリンの最大の強みはその身軽さだ。

 それさえ失くせばドン臭いメイケでも勝てる。


 今なら小剣の間合いに入れるはずだ。


 ゴブリン兵が威嚇いかくの為か何度も槍で突くのだが、その槍の軌道が安定しないし弱々しい。

 それをメイケが剣で払う。


 何度かそれを繰り返した後、今度はメイケが一歩前へと出た。

 小剣の間合いに入ろうとして距離を詰めたのだ。


 ゴブリン兵は慌てて間隔を空けようと下がるのだが、今の状況はメイケの方が早い。

 メイケはゴブリン兵の槍の柄を左手で掴むと、一気にそれを押し返した。


 引くのではなく押し返したのが良かった。

 ゴブリン兵が下がろうとしたタイミングで押したものだから、ゴブリン兵はバランスを崩して槍から手を放してしまう。

 そして勢い余ってそのまま後頭部から地面に転がった。


 そうなったらメイケの一方的な展開となる。


 とどめを刺すのを少し躊躇ちゅうちょはしたが、メイケはしっかり自分の手で最後までやり切った。


 それを見届けた後にラムラ伍長から俺に「さっきはすいませんでした」と謝罪の言葉があった。

 俺がゴブリン兵の脚を斬った理由が解ったようだ。

 それが解れば上出来だ。


 メイケ以外の4人の少女は、メイケの勝利に喜んでいたのだが、当のメイケは手の震えが止まらなかった。

 顔色も真っ青。

 どうやら剣でゴブリン兵の命を奪ったのは初めての様だ。

 

 それは知らなかったな。

 隊の少女らは全員がそれくらい経験しているのかと思っていた。

 

 しかし、そんな事は無かった。


 クロスボウで間接的に息の根を止めたことはあっても、自分の手で直接止めを刺した事がない少女もまだいたようだ。

 兵士になった以上、これは越えなければいけないことなのだが、何故か俺にはメイケに対しての罪悪感が残った。


 それが何故なのか考えてみたが、その答えは出なかった。


 まあ良い、これが戦場だ。

 

 そう自分に言い聞かせた。







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