第30話 魔物の穴倉






 

 俺は今、お互いの肌が引っ付くらい狭い場所で、少女ら五人に囲まれている。

 汗ばんだ匂いと女性特有の甘い匂いに交じって、魔物特有の獣臭さがたち込める。

 ここは恐らく魔物の巣穴だ。

 普通なら大人の男が四人も入れば一杯になる大きさ。

 少女達だからこそ入れたと言っても良い。


 取りあえずは隠れる所を見つけたんだが、いつ敵に発見されるかわからない不安感。

 俺一人ならまだしも、彼女ら五人を守り切らないといけない緊張感。

 とても安らげるような状況ではない。


「おい、そんなにくっつくな」


「ボルフ曹長がこんな狭いところに隠れようとか言うからですよ」

「そうそう、どさくさに紛れて変なとこ触らないでくださいよ~」

「金メッケ、気をつけなさいよ。あんたの身体、凄いからね」

「え…え……そんな、こと……」

「お腹空いたにゃ~」


 すでに辺りは敵で一杯だ。

 たまたまこの魔物の棲家すみからしい穴を見つけたが、それがなかったら再び池を泳ぐことになっていた。

 

 どうやら敵が移動を始めたらしい。

 おかげで俺達は身動きが取れなくなった。


「うーーん、眠いにゃ。お休みなさいにゃ」


「あ、バカ。この狭い場所で横になるな――って俺の足の中で寝るな」


 ミイニャ伍長が突然俺の胡坐あぐらの中に寝転んできやがった。


「こら、野良猫。そこはダメ。そこはメイケの場所だからね」


 そう言ってラムラ伍長がミイニャの首根っこを引っ張って起こさせる。


 おい、今変な事言ったよな?


 そして代わりにメイケを力任せに俺の胡坐あぐらの中にグイっと押し込んだ。


 メイケが何をされたかよくわからず、キョトンとした表情で俺の胡坐あぐらの中にチョコンと座っている。

 ヒューマン族の目には穴の中は薄暗くて良くわからない。


「あ、バカ。ラムラ伍長、何しやがる」


 薄暗くて狭い中で、男の俺は気を使って身動きが取れない。

 されるがままだ。


 俺の言葉でやっと状況を把握したメイケがオロオロし始める。


「え、え、な、何……こ、ここって…ひっ、ぼ、ボルフ…曹長……」


 その時、穴の入り口で敵の動向を監視していたサリサ兵長が何かを察知した。

 手を俺達の方向へ突き出して一言「静かに」と言った。


 その途端、薄暗い穴の中は緊張感で埋め尽くされる。


 おかげでメイケは俺の胡坐あぐらの中でじっとしている羽目になる。

 穴の入り口から入るわずかな朝のこぼれ日に、メイケの横顔が照らされる。

 

 こうして見るとメイケはやはり整った顔立ちをしているなとは思う。

 美的センスはあまりない俺だが、思わず「絵になるな」とかがらでもない事を思う。


 いつものようにメイケの耳が真っ赤だ。


 メイケが極小さな声で「すいません」と言った。


 サリサ伍長の耳がピンと立つ。

 何かの音を追っているようだ。


 しばらくすると足音が聞こえてきた。

 どうやら行軍している足音らしい。

 その行軍の足音がみるみる近づいて来て、俺達の潜む穴のすぐそばを通って行く。


 それが通り過ぎたと思ったら今度は重そうな車輪の音が続く。

 これはウォーワゴンを引く音だな。


 斬り込みたい衝動に駆られるが、ウォーワゴンには剣は効かない。

 その前に俺がおどり出たら少女らが生きて帰れなくなる。

 それはダメな選択だ。


 サリサが突然を声を出す。


「狼が来る」


 狼ってことは銀狼、つまりウルフライダーの行軍だ。

 それはまずい。

 匂いで見つかる


 くそ、ギリギリまで粘って一気に飛び出して仕掛けるしかない。


「皆、戦闘準備しろ。俺の合図で一気におどり出る。敵を混乱させたところで味方陣地へ向かって全力で逃げる、いいな」


 暗くて分かりづらいが、少女らは無言でうなずいたのを感じ取った。


 だが、ゴブリン共が急に騒がしくなる。


「魔物が現れた様です。ゴブリン共はそっちへ向かって行きます」


 サリサが落ち着いた様子で報告してくれた。 

 そしてさらに言った。


「銀狼も遠ざかります。魔物の方へ向かっているようです。この穴と同じ匂いのする魔物ですね」


 ということは、この巣穴に戻って来きた魔物がゴブリン兵に見つかったってところだろう。

 助かった……


 遠くで熊のような吠え声が聞こえる。

 熊系の魔物だったようだ。


「ちょっとすまん、外を見せてくれるか」


 俺は外が気になり、少女らを押しどけて穴から外の様子をうかがった。


 ほとんどのゴブリン兵は熊系魔物へ向かっており、ウォーワゴンには少数の見張りしかいない。


 これはチャンスとしか言いようがない。


 まだ陽が昇ったばかりで辺りは薄暗いし、うまい具合に朝靄あさもやが掛かっている。

 

「ミイニャ、ちょっと手伝え」


「にゃ?」


「装備はナイフだけ。身軽な恰好で来い。ウォーワゴンの車軸に切れ込みを入れる。破壊する訳じゃないからほんのちょっとで良いぞ。その代わり見つかるなよ」


「了解にゃ」


 俺はミイニャと一緒に穴から飛び出した。


 姿勢を低くして草や木の影を伝ってウォーワゴンに近づいて行く。

 ミイニャはさすが猫系獣人で、忍び歩きが上手い。


 あっと言う間にウォーワゴンに近づいて、作業に取り掛かって行く。

 俺も負けずにウォーワゴンに取り付いて車体の下に潜り込む。

 車軸の辺りにナイフで切れ込みを入れようとするが意外と固い。

 金属で補強もされていて、思ったよりも頑丈に作られている。


 だが、作業が終わらないうちにゴブリン兵が戻って来た。


 くそ、中途半端だが仕方ない。

 ミイニャに合図を送って穴へと戻った。


 穴に戻って直ぐにミイニャにどうだったか聞いてみる。


「結構硬かったにゃ。でも二台の車軸にはなんとか切れ込みを入れたにゃ。それにロープにも何ヵ所か切れ込みを入れてやったにゃ」


 凄いな、俺は一台が精一杯だったんだがな。

 くそ、負けたか。

 だが四両中の三両に仕込めたのは良い。

 激しい動きをすれば車軸が外れたりのトラブルが起きるはず。

 タイミングが良ければ戦闘中に車軸が外れるって寸法だ。


 ただ、必ずそうなるとは限らないから期待はし過ぎないようにするか。


 その後も俺達はひたすら穴の中でじっとしていた。


 結構長い時間をこの穴で過ごしたと思う。


 周囲に敵がいなくなったのを確認して、一斉に外に飛び出す。

 少女らが真っ先に向かったのは草むら。


 長い間トイレを我慢していたらしい。


 しばらくすると、5人全員が晴れ晴れとした表情で草むらから出て来た。


 ここから敵はいなくなったが、味方陣地へと向かって行ってしまった。

 つまり味方との戦闘が起きる可能性が高い。


 俺達六人はその敵の後方に取り残されてることになる。

 

 味方と合流するには敵陣を突破しなくてはいけない。

 だが少女ら五人を連れての突破とか無理がある。

 

 となれば大きく迂回するしか手が無いか。

 確か山岳地帯には味方の監視所がある。

 とりあえずはそこを目指すか。


 誰も居なくなった池の周囲を歩き、俺達は山間を抜ける道へと進んだ。

 途中、体長三メートルの熊系の魔物の死骸を発見した。

 そこは壮絶な戦いの跡だった。


 ゴブリン兵の引き裂かれた死骸が多数散乱している。

 熊系魔物の身体には何本もの槍が刺さり、その口にはゴブリン兵がくわえられていた。

 死んでまでも離さなかったようだ。


 それを横目に俺達は山を目指して歩く。


 山間を抜ければ敵に会わずに味方陣地まで行ける可能性が高い。

 ただその行程は丸一日以上かかる。

 

 山岳の道なので大人数で行軍できるような場所ではないから、接敵したとしても少人数のはずだ。

 それなら何とかなる。


 何事もなく森を抜け、先ほど持って来た熊系魔物の肉を調理して食べた。

 「まずい」と言いながらも全て平らげて先を急ぐ。


 川があったので軽く体を洗い流し、山岳地帯へと足を踏み入れた。

 ここまでは敵に会う事もなく順調だ。


 だが、山を登って行く途中ミイニャが尾根に敵部隊がいるのを発見した。





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