第4話 クロスボウでの魔物狩り
俺達はクロスボウ部隊だ。
クロスボウがメインの武器になる。
その訓練でもクロスボウに関する内容が一番時間を取ることになり、射撃だけでなく整備や修理の訓練、さらにはクロスボウの矢であるボルトの作成方法まで知識を深める。
ちなみに弓の場合は「矢」だが、クロスボウになると「ボルト」と言っている。
そのボルトが無いとクロスボウは単なるお荷物になる。
それでボルト作成も重要だ。
もちろん射撃統制の為の合図や行動も教えている。
クロスボウの射撃は弓の扱いに比べると全然難しくはない。
弓兵の育成には数年掛かるのだが、クロスボウ兵は数週間で事足りる。
射撃だけなら一日で的に当てられるようになる。
育成までに掛かる費用を考えると、クロスボウ兵はなんと安い事よ。
だが欠点もある。
発射速度が圧倒的に遅いこと、それと射程が短い事、それにクロスボウ自体が重い事だ。
クロスボウは弓の様に曲射撃ちができないから射程が伸びない。
だが、空を飛ぶ魔物に対しては弓よりも有効と言われる。
その欠点を押しのけても我々部隊には、そのクロスボウの利点が有効だ。
腕に力のない素人少女でも撃てること。
弓は腕力が無いと弦を引ききれず威力が弱く、狙いを定める姿勢を保てないので狙いが定まらない。
結果、的に当たらない。
しかしクロスボウは腕の力で弦を引く必要が無い。
腕以外の身体を使って弦を引いてボルトをつがえても良いし、専用のレバーを使えばさらに楽に弦を引ける。
だから少女でも扱える。
それでも中には入隊前の生活環境の問題で、腕力が極度に弱い新兵もいる。
そこで、この部隊では装填用のレバーを個人で標準装備することになった。
レバーを押すことで弦を装填できる仕組みで、これならば体重を掛ければ弦をセット出来る。
変に力を必要としないのだ。
力が必要なのは、それを持ち運ぶ時だ。
そういえば、クロスボウ職人の娘のメイケがボソリと言ってたんだが、クロスボウ自体に弦を引く装置を取り付けてしまえば、さらに早く装填が出来るらしい。
俺にはそれがどんなものなのか想像も出来ず、「そんもん出来るのか?」と聞いたら実際にメイケが見せてくれた。
無言で見せられたそのクロスボウには、台座の横にレバーが取り付けてあり、それをガシャコンと操作するだけで弦をセット出来る優れもの。
そのガシャコンとできるクロスボウはメイケが実家から持って来た私物だ。
他の少女達はそのクロスボウを『メッケ式』と呼んでいた。
これは凄いのを見た気がする。
早速、上司に報告はした。
もしかしたら近い将来、そう言ったクロスボウが軍でも出回るかもしれない。
こんな感じで、如何に時間当たりのボルトの発射数を増やすかは重要だ。
その為には現状のクロスボウで、如何に早く発射準備が出来るかも重要なポイントとなる。
クロスボウが一本のボルトを射る時間に、弓は三から六本の矢を射ることができる。
ベテラン弓兵になるとさらにその数はうなぎ上りとなる。
その差を少しでも埋めないと、騎兵の突撃であっさり
それと予算的な問題で、クロスボウの矢であるボルトの製作が毎日の日課となっている。
練習用は簡易のボルトを使うのだが、練習を繰り返すと消耗が激しいし、実戦ともなればその放てるボルトの数がそのまま戦力になるからだ。
武器は基本、各個人が用意するというこの伯爵軍の方針だ。
だが弓の矢やクロスボウのボルトに関しての補充は、軍持ちとなっている。
とは言っても最前線が優先されるから、請求してから結構な日数を待たされる。
それなら自分たちで作っちまえと言う訳だ。
それで活躍したのはクロスボウ職人の娘、金髪のメイケだ。
見た目は麗しい良いとこの娘っぽく見える。
明るく誰とでも愛想よくしゃべりそうな外見。
実家でもボルト製作は普通にやっていたらしく、道具と材料さえ揃えられれば、出来上がるものは店で売っているものと大差ははない。
だが性格的な問題がありそうだ。
その見た目とは全然違い、非常に無口で隊の仲間とさえほとんど話していない。
存在感は非常にあるくせに、全くしゃべらない。
しゃべってもボソリと言った感じ。
多分、うちの隊で一番美人に成長する可能性が高いだけに残念な逸材でもあるな。
あまりしゃべらないから皆にも意思が中々伝わらない。
皆からは色々な意味で“金メッケ”とあだ名されている。
そして新兵の中で一番射撃の上手いのは、やはり栗毛のウサギ系獣人のサリサだ。
ウサギ系のくせに、狩りで角兎を狩るのが得意とか……
さすが狩人の娘であるが、上手いと言ってもここにいる連中の中でのことだ。
ちょっと練習すれば直ぐにこのくらいの腕前にはなる。
だが、サリサが凄いのは装填速度。
他の新兵の倍以上の早さで撃てる。
レバーが無くても男のクロスボウ兵に負けない早さだ。
だが、『メッケ式』にはさすがに勝てない。
これで的に当たれば言う事ないんだがな。
それからウサギ系サリサだが、興奮したりすると足で地面を「ダン」っと蹴る癖がある。
その影響で、皆から“サリダン”と呼ばれている。
こうして毎日訓練をしていくと、それなりに彼女達も兵士らしくなってくるものだ。
若いから覚えるのも早いしな。
やせ細っていた身体も、徐々に筋肉が付いてきた感じがするし。
ミイニャなんか毎日が楽しそうだ。
特に毎日ちゃんと食事があることが嬉しくてしょうがないみたいだし。
寝る所も路地裏の地面じゃないのも凄いらしい。
だが最近、隷属の首輪の違和感に気が付いて来たらしく、ちょいちょい俺にそれを聞いてくるようになった。
毎回ごまかすのに大変だ。
そういえば訓練生にも給料というものが支給される。
とは言っても安い。
それに兵士は基本、自分の装備は自分で調達しなくてはいけない。
その為、新兵訓練中の三か月分の給料は、大抵その武器や装備に充てがわれるのが通例だ。
早い話、給料は出ない。
ま、この辺は黙っておけば問題ない。
知らなければ文句もでないからな。
だけど本来なら彼女らの給料程度じゃクロスボウや小剣は買えないんだが。
ま、こいつらなら寝る所と食事が付けば問題ないだろう。
ちなみに、訓練所を出た後も足りない分を給料から少しずつ天引きされる。
俺も昔はそのことを数年知らなかったな。
* * *
そうこうしているうちに三か月が経った。
少女達もそれなりに兵士らしくなった……と思いたい。
あとは実戦でどうなるかだが、その前に訓練生として恒例の魔物狩りというのがある。
この新兵初任務を経て、やっと訓練所を卒業となる。
「クロスボウ部隊の少女新兵ども、よおおく聞け。これより恐れ山に魔物討伐に向かう。今回の任務を卒業試験とする。第一班のリーダーはラムラ、第2班のリーダーはミイニャとする。質問はあるか」
ラムラは文句なくリーダーの適任者だと思う。
だがミイニャに関してサリサの方が適任者の気がする。
そうなのだが、魔法が使える者を優先するのが我が軍の方針なので致し方ない。
するとラムラが手を挙げる。
「発言よろしいでしょうか、ボルフ軍曹殿」
「ラムラ訓練生、なんだ、言ってみろ」
「はい、ボルフ軍曹殿。討伐対象の魔物の種類は何でしょうか。それと討伐数は何匹でしょうか」
もうすっかり言葉遣いも様になってきたよな。
たった三か月でここまで成長してくれたのは、我ながら誇らしいぞ。
「そうだ、言ってなかったな。討伐対象の魔物は“パッチウルフ”の群れで、恐らく六匹から八匹はいると予想される。それと群れのボスの狼は“片耳”だ。油断するなよ」
それを聞いた一同が、ザワザワし始める。
恐らく“片耳”というキーワードだろう。
最近、街道でパッチウルフの群れがよく出没しているらしく、その狼の群れのボスの呼び名が片耳なのだ。
名前の通り右耳が千切れていて無い。
噂によると街道を通った行商人の間で、すでに4人もの犠牲者が出ているらしい。
さらに討伐に向かった狩人たちにも負傷者が出ているらしい。
「なんだ、怖気づいたか?」
俺の一言にミイニャが反応した。
「そんな片耳ボルフなんか怖くないのにゃ。もう片方の耳を食いちぎってやるにゃ」
おい、ミイニャよ。
ボルフは俺だよ、相手はウルフな、ウルフ。
パッチウルフは動きが早い、新兵が扱うクロスボウでいけるのか。
ちょっと心配なところもある。
だが、これくらいで尻尾を巻いて逃げるようなら、魔族相手の戦闘など無理だ。
このくらいの試練は乗り越えて貰わないと困る。
さて、この少女クロスボウ部隊の新兵どもが、どれだけ実戦で使えるのか試すとするか。
パッチウルフ討伐の日の早朝。
まだ陽が昇る前の朝もや中、少し時間に余裕をもって起きた。
少し早いかと思いながらも集合場所の訓練所の門の所へ行くと、完全装備をした彼女らが整列して俺が来るのを待っていた。
なんだよ、いつもギリギリだった奴らがどうしたんだよっ。
かなり驚いたんだが、いやそれどころじゃないな。
涙出そうになったんだが、それを感づかせない様に必死で平然とした顔を作り、彼女らの整列する前に立つ。
「お、おはよう、良い朝――」
俺が言い終わらないうちに、隊列が「ビシ」という音と共に不動の姿勢を取る。
そしてラムラの合図で一斉に俺に向かって敬礼した。
その様は一糸乱れない、近衛兵並みの動きだった……と思う事にした。
約一名が右手と左手を間違えて「にゃっ」と言いながら直した。
その行動に対してか、誰かが足で地面を「ダン」と鳴らした。
俺が敬礼を返し、改めて今日これからの行動の説明をする。
一応、2名の正規兵が来てくれて、ワゴンを引いた馬を連れて行ってくれる。
討伐したパッチウルフを載せて帰る為のワゴンだ。
訓練なので、野営道具や食料は彼女らが背負う。
あくまでも馬車は討伐魔物輸送用とする。
だが新兵少女たちにとって行軍の荷物は辛いので、極力持つ量を減らしている。
例えばクロスボウのボルトは20本しか持たせていない。
男なら30本から60本は持たせる。
ただ、カートには念のために予備のボルトも積んだ。
その馬車二名の正規兵だが後方勤務の20代女性。
俺にも運が向いて来たかな。
少しドキドキ感が増した。
そして行軍を始めたはいいが、正直、俺はチラチラそちらに視線がいってしまう。
俺だって20代後半の独身男。
同じ教官仲間からは“行き遅れ”と言われていて、結婚できない何か理由があるんじゃないかと陰で言われている。
戦闘中にゴブリンにもがれたんじゃないかとか、オークに食いちぎられたんじゃないかと、そういうの本当に止めてほしいんだがな。
だが、結婚願望はない訳じゃない。
だけど上手くいかないとしか言いようがない。
訓練所のポケラ隊長からは「良い機会だから新兵の中から嫁さんを見つけろ」とまで言われる。
さすがにそれはなあ。
だがこいつらも15歳で成人なんだよな、でもなぜかそんな気が起きないのはあいつのせいなんだろうな。
「ひっくしょんにゃっ。なんにゃ、くしゃみ出たにゃ」
* * *
そんなことを考えていると、早くも昼飯休憩らしい。
その休憩時間を利用して、なんとなく正規兵のお二人さんに結婚の有無を聞いてみた。
「ああ、あたいの亭主も軍人でね。子供も3人いるよ」
チッ、しょうがない、こいつはスルーだな。
もう一人に期待。
「私? 独身よ――」
お、俺にも運気が向いてきたのか思ったら、話に続きがあった。
「――でもね、来月同じ補給部隊の隊長と結婚するのよ。ふふふ、もう、早く来月にならないかしら」
爆せろ!
さあ、仕事だ仕事!
食事を終えて、直ぐに出発の命令を出す。
夕方近くになって森の中で魔物に遭遇する。
魔物の種類は確認できないが、戦闘準備の命令を下す。
少女達に緊張が走る。
十人ずつの二列横隊となってクロスボウを構える。
俺の発射の合図を顔面蒼白で待つラムラ。
あっけらかんとした表情の野良猫ミイニャ。
――不気味にシーンと静まり返った森
――前方の草むらで何かが動く
俺は小さな声で「まだ誰も射るんじゃないぞ」とつぶやく。
姿を確認しないで攻撃を加えると、場合によってはクロスボウじゃ歯がたたない魔物の場合、取り返しのつかないことになる。
敵を見定めてからの判断と言うのは重要だ。
そして、草むらからそいつは姿を現した。
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