第5話 狼と少女新兵
現れた姿を見て俺は叫ぶ。
「撃つな、解除だ。射撃体勢解除~~!」
危なかった。
撃つとこだったぞ。
出現したのは獣人のおじいちゃんと使役用の荷運び獣だ。
獣人おじいちゃんは「ひ~」と言って腰を抜かした。
「誰か介抱してやれ」と第一班の兵に命令し、第二班には周囲を警戒させる。
こんなところでジジイ一人でと思ったが、使役用の荷運び獣がいるから大丈夫なのか。
このデカい荷運び獣なら護衛も兼ねてそうだ。
どうやらジジイは大丈夫そうだ。
ならば再び隊列を作って行軍再開だ。
そろそろ暗くなりそうだ。
野営の場所を探さないといけない。
すると少し歩いたところに川が見えてきたので、そこで野営をすることにした。
近くに川があり、陽が沈む前に交代で水浴びタイムとなった。
そうなんだよ、俺一人男なんだよな。
つまり俺は一番最後、陽が沈んでからになりそうだ。
野営地から川が近いせいか、少女達が「キャッキャ」する声が聞こえてくる。
ああ、覗きたい……ダメだ、ダメ。
しっかりしろ、俺!
「凄い、さすがに大きいですよね。子供3人出来ると大きくなるんですか~」
「うっわ、ミイニャってこっちもワイルドなんだね」
「ねえ、ねえ。みんな、これ見てよ。金メッケ、凄すぎ!」
なんだこの会話は。
想像を搔きむしるのこエロ会話は!
何がワイルドで何がどう凄いんだよ。
この夜、俺は目が冴えてほとんど眠らずに朝を迎えた。
* * *
夜の魔物襲撃もなく、新兵達はぐっすり眠れたんじゃないだろうか。
羨ましい。
俺は眠い目をこすりながら朝の点呼を取らせる。
そこでミイニャが俺に声を掛けてきた。
「軍曹、眠そうなのにゃ」
内心「お前らのせいだろ」と思うのだが、それは一切口には出さず、ミイニャの言葉はそのままスルーした。
朝食を軽く済ませた後、今日の行軍が始まる。
予定だと、昼頃には警戒区域に入る予定だ。
その区域がパッチウルフの出現エリアとなる。
その警戒エリアに入る少し前辺りで、犬系獣人の一人が何かの匂いを嗅ぎつけた。
空に鼻を持ち上げて、クンカクンカしている。
「何か匂うか?」
俺の質問に「血の匂い」と言う返答。
警戒しながら進むと、その血の匂いの原因を街道沿いで発見する。
何かに襲われた後だ。
隊商と思われる。
何かに食い殺されたと思われる馬の死骸と、乗り捨てられたワゴン車。
さらにその付近には獣人やヒューマンの食い殺された死骸。
その中には護衛で雇ったと思われる、徴兵で行く前のまだ若い少年が何人かいる。
周囲を警戒させながら生存者を探していく。
するとサリサが何かを見つけた。
「軍曹、こっちへ来てください!」
そう言いながら地面を足で「ダン」と打ち鳴らす。
何の合図だよと思いながらも足を向ける。
俺がサリサの所へ行くと、そこには瀕死の重傷の獣人婆ちゃんが横たわっていた。
かろうじて息はあるが、この傷だとポーションを使っても助からない。
それでも気休め程度だが、高価であるヒールポーションを使うように命令する。
「今、ポーションを使う、少し楽になるぞ」
そう俺が言うと。
「すまないねえ…でも…もう助からん事は…自分でもね、わかるんよ…ポーションはいらん…よ」
弱々しい返答が返ってきた。
婆さんは仰向けのまま、どこか遠くを見ている。
「相手はパッチウルフか?」
「そうだよ…あれは…放って置いて良いもんじゃ…ない…よ……息子が、呼んでるよ……」
そう言って婆さんは息を引き取った。
サリサが悔しそうに涙を流す。
それはもう号泣するくらいに。
家にいる婆ちゃんを思い出したらしい。
ホームシックは士気に影響するんだがな。
だがサリサは違った。
「必ず仇は取ります」と動かなくなった婆さんへと言った。
鼻の利く獣人が先導してパッチウルフを追跡する。
だが向こうは獣人よりも鼻が利く。
それでも追跡するしかない。
馬車は森の中に入って行けないから、第一班がその護衛でこの場に残り、第二班で森の中を追跡する事にした。
俺はその第二班を引き連れて森の中を
だが、難航するかに思えた追跡劇も簡単に結末は訪れた。
パッチウルフからこちらに来てくれたのだ。
奴らにしたら俺達も獲物でしかないか。
森の中で六匹のパッチウルフがこちらを警戒してウロウロする。
その内の一匹は間違いなく“片耳”だ。
「全周警戒態勢!」
俺を取り囲むように少女隊が円陣隊形を取る。
少女達を見れば明らかに動揺しているのがわかる。
パッチウルフの群れが俺達の周囲をゆっくりと回り始める。
うっそうと茂った草木が射撃の邪魔をしている。
草木の間から時々奴らが見え隠れする。
これだと間違いなく接近戦になるな。
街道の味方の所までは遠くないが、声が届くような距離でもない。
となると第一班を呼び寄せたいが無理そうだ。
緊張する中、ミイニャの息遣いが徐々に荒くなっていく。
俺はミイニャの首輪に手を掛ける。
「ミイニヤ、首輪を外すぞ」
ここは制御なしでやらせる。
パッチウルフの若そうな一匹が、「グルルル」と唸りながら接近して来た。
「てっ!」
俺の合図に4人だけがクロスボウを撃った。
「良し、一本命中だ!」
四本のボルトの内、一本がパッチウルフの前足に命中。
前脚を貫通して地面に突き刺さった。
すると前足を射られたパッチウルフは「キャンキャン」と泣きながら、取れかかった前足を引きずりながら草木の中へと消えて行く。
「やった、やったわよ。きっと私のボルトよ」
「違う、違う、私が撃ったボルトよぉ」
さっきまでの緊張感はどこへいったんだか。
「つべこべ言ってねえで、次のボルトを装填しろ!」
俺が怒鳴ると、慌てて4人は再装填の作業をこなす。
すると今度は別のパッチウルフが違う方向から急に走り寄る。
5m近くまで引き寄せて「今だ、撃て!」と合図。
今度は3人の射手がボルトを発射。
しかしどれも外れ、森の中へと消えていった。
走り寄って来たパッチウルフはというと、俺達の3mほど手前で飛び跳ねる。
「くっそ!」
俺は腰の剣を引き抜いてそのパッチウルフに向かって剣を振り払う。
少女から「きゃっ」という小さな悲鳴が響く。
俺の右手に皮と肉を切り裂く感触が伝わってきた。
飛びかかって来たパッチウルフは、胸から血を噴き出しながら地面に落ちる。
それでもうピクリとも動かない。
ああ、手出ししないつもりだったんだがな。
つい、手が出ちまった。
2匹やられたことで奴らは警戒しているようだ。
だがまだ“片耳”を含めた4匹が確認できる。
依然、円陣を組んだ俺達の周囲をゆっくりと回り始める。
くそ、場所が悪い。
草木で姿勢の低い奴らの姿を捉えにくい。
これだとクロスボウで狙うのは厳しいが、撃たなきゃ当たりもしない。
何回か発射命令を出すも、すべて外れ。
ここじゃダメだ。
地の利が悪ければ移動するだけだ。
「この隊形のまま移動する。列を乱すなよ」
円陣を組んだまま、ゆっくりと街道側へ移動することにした。
見通しの良い場所に出てクロスボウ攻撃を生かすか、出来るだけ第一班の方へ近づいて気が付かせ、掩護に頼るという作戦だ。
しかし、円陣隊形のままの移動って結構難しい。
って言うか、今のこの少女新兵達には無理っぽい。
その証拠に数メートル進んだところで隊列が楕円になってきた。
俺は怒鳴り声を上げる。
「隊列が乱れてるぞ!」
少女らは泣きそうになりながらも慌てて隊列を直す。
やはりこの状況に恐怖しているんだろう。
これが命のやり取りの実戦だ。
だが、隊列を気にさせると今度はパッチウルフへの警戒が弱くなる。
俺は再び声を荒げる。
「パッチウルフから目を離すなっ」
俺の声に今度は少女のほとんどが
うん、こりゃその内に総崩れになるな。
しょうがない。
クロスボウで片を付けたかったが、防御の事も考えて剣も使う事にする。
「ミイニャからそこまで、クロスボウから剣に持ち替えて抜剣」
俺の掛け声で半数がクロスボウを背負って、腰の小剣を引き抜いた。
これで10人の半数が剣での戦闘体勢だ。
だが剣を手にした途端に
剣での戦闘経験もほとんどないだろうし、訓練もそれほどしていないからだろう。
クロスボウに対しては訓練を経て、結構な信頼と言うか自信はついたようだが、剣に対してはそんなに信頼も自信もないようだ。
俺は逆に剣の方に信頼があるんだが。
その前に俺は今回、自分のクロスボウは持ってきてないんだよな。
「良し、クロスボウと剣で交互になるように隊列を組み直せ」
こうすることによって隣同士で、接近戦と遠隔攻撃の両方を掩護し合えるという訳だ。
実際の戦場では長い槍を主武器にした長槍兵の部隊が、接近戦に弱い弓兵やクロスボウ兵を守る隊形を取っている。
しかし今俺達がやっているのは混合隊形と言った感じだ。
同じ隊列に違う兵科を入れる戦術はどの部隊もやってない。
意外とこれは使えそうな気がしてきた。
周囲を回るパッチウルフの距離が近づいて来たように感じる。
さっきよりも近くでグルグル回り出してんじゃないか。
これは仕掛けて来るかもしれん。
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