※※


「お疲れさま」


 会場を後にして、裏手に回る。


 葬儀場と火葬場と、墓地が併設された場所だった。建物の裏手には木々が生い茂っていて、そこを迂回するように歩けば辺り一面に広がる墓地に出る。


 その木陰にウェーブがかった栗色の髪が揺れているのに気付いた龍樹たつきは、酷く気だるげに顔を上げた。


「無事に、伝えられた?」


 高くツインテールに結い上げた長い栗色の髪。瞳はそれよりも若干色が濃くて、メイプルシロップみたいな色だと龍樹は昔から思っていた。


 黒と白のゴシックワンピース。そこに宿る黒は龍樹が身を包む黒と同じ深さ。足元は編み上げのブーツ。髪をそよがせる風は、彼女がまとうふんわりとした膝丈のスカートも揺らしていた。


 掃除人として見れば、タッグを組む相方。


 ただの遠宮とおみや龍樹として見れば、幼馴染にして、かつて一時的に同い年の義妹であった相手。


 鈴見すずみあや


「……あぁ」


 龍樹の短い返事を受けた綾は、クルクルと感情のままによく動く瞳を笑みの形に細めた。


 龍樹は相手を片付ける時に、最期の言葉を訊くようにしている。それは一種の儀式で、龍樹が個人的に己に課している行為だ。本来ならば掃除人がそのような言葉を問う義務もなければ義理もない。


 綾は、そんな龍樹を知っていて、龍樹の行為を許容してくれている。こんなことをしていれば余計な恨みを買いかねないことも、己が掃除人という役分を負っていることを世間に知られてしまうということも、そこから生まれる危機があるかもしれないということも、知った上で。


「そう。……なら、良かった」

「わざわざここまでついてこなくても良かったんだぞ」

「んーん。私は、たっちゃんの相方だからね」


 緩く笑みを浮かべたまま、綾は龍樹に歩み寄った。その手の中には鮮やかな紅に燃える彼岸花が二輪握られている。


「知っている者同士、放ってはおけないよ」


 何を、と、綾は言わなかった。


 斎藤さいとう悠斗はるとが片付けられた現場を知っているということか。斎藤悠斗の『伝言』を知っているということか。龍樹がそこに何を思ったか知っているということか。はたまた、もっと根本的なことで、龍樹がなぜ片付けモノ達の最期の言葉を訊くようにしているか知っているということなのか。


 龍樹は、それを知らない。


 ただ無言で、綾から差し出された彼岸花を受け取った。そんな龍樹に、綾はフワリと笑みを深める。


「明らかに片付けられたと分かる死体を親族が引き取るのって、稀なんだってね」

「あぁ」

「その上、きちんとお葬式まで挙げてくれる人は、ほとんどいないって」


 綾はささやくように言葉を紡ぎながら、両手で彼岸花を握った。祈りを捧げるように構えた綾にならうように、龍樹も片手で彼岸花を胸元に捧げ持つように構える。


「どうして、片付けられなきゃいけなかったんだろうね?」


 その答えを、龍樹は知っている。疑問を口にした綾だって、本当は知っている。


 問いたいのはそんな表面的なことではなくて、もっと深い部分。


「どうして、こんな世界になってしまったんだろうね?」


 その問いに答える言葉を。


 ……龍樹は、持っていない。


 フワリと風が吹き上がる。その風に乗せるように、龍樹と綾は同時に手を離した。少しだけ風にもてあそばれた二輪の彼岸花は、舞い上がることはなく、そのまま重力に従ってもつれるようにして地面に落ちていく。


「……せめて、幕を閉じたその後には」


 その様を見つめ、気だるげな空気を纏ったまま、龍樹はポツリと呟いた。


「安らかな眠りがありますように」


 彼岸花を弄んだ風は、二人の髪や衣服を揺らして駆け抜けていった。


 風に散らされた言葉がしょせんむなしい祈りにしかならないことを思いながら、龍樹はただ静かに瞳を閉じた。

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