12:シオン

ちゃぷん


何も無い白い空間に、ただ虚しく水が落ちた音が響く。

「・・・ここは、どこなの?」

おかしい、私はさっきまで訓練場にいたはず。それにさっきまでの疲れもない。

確か最後に明るい何かを見た気がしたけど・・・駄目、思い出せない。

頭を悩めているその時だった。

ヴォン

突然重たい音が聞こえ、白い空間からよく見た事のある空間に変わった。

・・・ここは、研究所?

そこは、私が生まれてからほとんどを過ごした研究所のある一室だった。

どうしてここに。

ベッドから起き上がり、時計を見てみると長針が7を指している。

・・・そういえば、ここで最後に見た時の時間は6時だったっけ。もしかして、今までが夢だったの?

そんなことを考えていると、

「イズ、飯よ!」

扉の遠くから大きな怒鳴り声が聞こえてきた。

あ、まずい。ご飯はいつも7時だから早く行かないと。

急いで扉を開け、台所に向かった。


私たちのご飯はいつもおばさんが作ってくれる。けど、おばさんは遅れただけでも殴ってくるから少しいや。

キイ

「・・・おばさん、ごめんなさい。少し寝ちゃっていました。」

「はあ、今日だけだよ。」

その言葉を聞き私は呆気にとられ、お腹に入れていた力が霧散していった。

いつもなら少し遅れるだけでも殴るおばさんが殴らない?

少し疑問になりながらも自分の席に着く。

それから少し経ち、

キイ

扉が開きそちらを見てみると、1人の少年がビクビクしながら扉から出てきた。

「お、おばさん。ごめんなさい、遅れてしまいました。」

「・・・」

少年におばさんが無言で近づいてくる。

「・・・なぁに遅れてんだ!」

おばさんはキレながらそう言い、少年のお腹に拳を入れた。

「う、おえ。」

「汚ったないわねぇ。ちゃんと片付けな、それまでは飯はあげないからね!」

「・・・は、はい。ごめんなさい。」

少年は手でお腹を押さえながら、早足で部屋を出ていった。

・・・

「はあ、せっかく今日は美味しく食べれると思ったのに。台無しだわ。」

おばさんは手を額にやりながらため息を吐いていが、私はそんなのに気もくれず現状を考えていた。

・・・どういうこと、私は良くてあの子は駄目。時間の問題では無いはず、だってあの子と私の時間差は1分ぐらいだし。そしたらなんなの、どうしてあの子は殴られたの?

もしかして・・・

顎に手をやり、考えていると、

キイ

また扉の開閉音が聞こえた。

一旦考えるのをやめ、見てみると、私は頭が真っ白になった。

「ふむ、どうしてそんなにも驚いているんだ?」

「・・・はか、せ?」


「・・・イズになにかしたか?」

「何もしてないわよ。ただあんたが来たのが以外だっただけじゃないの?」

「ああ、確かにそうだったな。」

「・・・」

私は言葉が出なかった。

博士は基本週に1回程度しか来ない、そして博士は昨日ここに来た。それなのに博士は今目の前にいる。

「・・・博士は、どうして。」

「これから毎日来ようと考えただけだ。」

博士はそう言い席に着く。

・・・

「あんたも食べるのかい?」

「ああ。なにぶん仕事が終わって直ぐに来たからな。」

「・・・少し待ってな。」

おばさんは体をキッチンに向き直し、野菜を切り始めた。

「・・・」

「・・・」

何も言葉が出ない。

本当は聞きたいことが沢山ある、博士とはあまり話せずに別れちゃったから。

けど、何を話せばいいか分からない。

「・・・イズは、そんなに頭を悩ませるやつだったのか?」

それに痺れを切らしたのか、博士は私の目を見てそう聞いてきた。

「え、あ、いや、」

どうしよう、なんて言えばいいんだろう。

「はあ、別に言いたくないなら言わなくていい。」

博士がため息を吐きながらテーブルに肘をやり、そう言ってきた。

「ご、ごめんなさい。」

「気にしていない、謝るな。」

「・・・」

「・・・」

また無言の空気が流れる。

だが、それを打ち砕く者が現れた。

「はい、出来たわよ。」

「・・・思ったより早かったな。」

「いやあ、肉は余ったのを余分に焼いといたから野菜を切るだけですんだのよ。」

「そうか。イズ、食べるぞ。」

「う、うん。」

私の目の前には厚切りのステーキがある。

いつもは硬いパンとスープだけなのに・・・

「「いただきます。」」

ナイフで肉を切り、フォークで口に運ぶ。

「・・・美味しい。」

「イズは肉が好きなのか?」

「え、ああ、うん。好きだよ。」

「そうか、ならこれから夕食の主食は肉とするか。」

「別にそこまでは・・・」

「遠慮するな。」

「・・・うん。 」

また肉を口に運ぶ。

美味しい。ラウルが作ってくれた料理も美味しかったけど、これもそれに負けず劣らずに美味しい。こんなの、今まで食べてこなかったな。

少し感傷に浸っていると、

「・・・イズ、どうかしたか?泣いているぞ。」

「え?」

手で顔を触ると確かに水滴がついていた。

本当だ。

「その、大丈夫か?」

「・・・うん、大丈夫。」

「あまり心配をかけるな。」

博士はそう言い、食事になおった。

その博士をじっと見る。

・・・そういえば、ここにいた時こんなことを望んだな。口は少し悪くても優しい博士が毎日来て、いつも怒るおばさんは怒らず、美味しいご飯がずっと食べれるようになりたいって。

少しだけ目をつぶって考え、目を開ける。

「・・・もう、幻に浸るのはやめよ。」

さっきまで手に取っているナイフに力を込める。

ザシュ

「・・・これが幻でも、ありがとう。」

そう言い私は意識を手放した。幻の中だとしても、永遠に。


痛い

首がぱっくり

痛い痛い

そこから血がどくどく

痛い痛い痛い

血管が暴れている

痛い痛い痛い

視界がぼやける

痛い痛い痛い痛い

音が遠くなる

痛い痛い痛い痛い痛い

口の中の血の味も分からなくなる

痛い痛い痛い痛い痛い痛い

匂いも薄れる

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い

感覚も失くなる

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い

意識が朦朧とする

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い

博士は一切表情を変えない


「ーーー!はあ、はあ、う。」

目覚めると、私は酷い嘔吐に襲われた。

だが、そんなことも無視して、

「ーーーーーーーーー」

目の前からノイズが聞こえる。

吐くのを一旦やめ、上を見上げるとそこには、まるで太陽かのように光るマグマが佇んでいた。

「・・・アガテ、あなたが見せた幻だったんだ。」

アガテにそう問いかける。

「ーーーーーーーーー」

だが何を言っているかは分からない。

「今気づいたけど、マグマの近くにいるはずなのに全然熱くないね。もしかしてだけど、あなたのそれも幻なの?」

アガテは私の推測を聞いた途端、一瞬体がぐらつき、そしてそのまま穴から逃げてしまった。

「・・・やっぱり、正解だった。これで、ちゃんと戦えーーー」

バタン

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