カレーの味は家庭の味

作楽シン

第1話 カレーの味は家庭の味

「よくさ、カレーに隠し味とかやったりする人いるじゃん」


 俺はカレーを一匙すくいながら言った。遥香は「そうね」と言いながら淡々とカレーを食べている。


 休日の俺の部屋。


 家で配信の映画を見てのんびりすごしながら、一緒に作った晩ごはんを食べる。付き合って2年の間にできた、特別な予定がないときの俺たちの過ごし方だ。


「スタンダードなとこだと、はちみつとか、チョコレートとか、コーヒーとかさ。コクが出るっていうけど、チョコとかコーヒーとかは、ただただ胸焼けしちゃってさ。しかもなんかどっかにチョコとかコーヒーがいる感じが拭えなくて。ヨーグルトも胸焼け」


「やったんだ」

 遥香はニヤニヤ笑った。


「やったんだよ、凝ってるカレー作れます感が欲しくて。ちなみにニンニクは予想通りのニンニク感になったから除外」

「どこアピールなのそれ」

「……世間? 飲み会の話のネタとか?」

「あーカレーの隠し味とか話題になりそうではある」

「だろ。でも結局全然合わなくてさ」

「タイミングとか量が合わないんじゃない」

「それはある。はちみつはタイミング間違えてサラサラカレーになった」

「定番のミス」


「そもそもだよ。カレーってさ、何に混ぜてもカレーになるじゃん。カレー風味ですって言って、コロッケとかチャーハンとか入れるアレンジあるけど、結局カレーパウダーとかかけちゃうとカレーになっちゃうじゃん。それくらい強いじゃん。なのに、アレンジはうまくいかないの。


よく、野菜くずを冷凍したりして残しておいて、だしパックみたいに、お茶用の不織布パックに入れたりして煮込むと深みが出るとか言うから、やってみようかと思ったんだけどめんどくさくて」


「率直だね」


「だってめんどくさいじゃん。玉ねぎの皮もなんか抵抗あってさ。それなら、野菜ジュースを入れて煮込めばいいんじゃん、って思ったんだけどさ。減塩タイプ入れてもなんかトマト強くて酸っぱい感じになっちゃって」

「煮込みが足りないんじゃない? 順番とか」


「ありえる。でもそれを何回も試すほど、俺は研究熱心でもないし、失敗カレーに付き合えるほど、心が広くないわけ」

「飲み会のネタがほしいだけだからね」

「一日の間で消費して残り少ないHPで自炊してるわけだから、少ない労力でなるべくなら確実に美味しいものが食べたいわけ」

「分からなくはない」

「だろ?」


 俺は、得意顔でスプーンをかかげる。


「結局はさ、メーカーのプロの方々がさ、試行錯誤を繰り返して出来上がったカレールーなんだから、変なことをなんにもしないのが一番美味しいんだって悟ったわけだよ。素人が変な手を加えるのって邪道だと思う。せいぜい、ルーを変えてみるとかさ、肉を変えてみるとかさ、野菜を変えてみるとかさ、まあ辛味調味料を入れてみるとか、そういうことでアレンジすればいいと思うわけだよ」

「まあ、一理あるね。蛇足的な」

「そうそう」

「辛味調味料も人によっては余計なお世話かもしれないけどね」

「うーん、たしかに」


 俺はカレーを一匙すくい、思い切り口に頬張る。ほんのり辛いカレー中辛味。ザッツスタンダード。


「これこれ、これだよ。これぞ家庭の味」

 俺はひとりうなづきながら、再びカレーを口に運ぶ。

「何も足さない、何も引かない」

 それから、再び一口。よく噛んで、もぐもぐ噛んで、ゆっくり飲み込む。


「これからもずーっと君のカレーを食べていたいなあ、なんて」


 夜明けのコーヒーならぬ、君の味噌汁を飲みたいならぬ、昭和のプロポーズみたいなそれを、俺は何でもないことのように言った。


 へっへへへへ、と変な笑いがもれる。


 俺の緊張感など知らぬ顔で、遥香はもくもくと福神漬をカレーのご飯の上に乗せていた。



 でもさ、と彼女は言う。

 俺はちょっとビクッとなる。

 え、ここで反論きますか。さっきの台詞のあとで。



「だからこそ何かをしたくなるのがカレーじゃん」

「あーあー、うん、そうだよな。だからこそ試行錯誤して胸焼けに」

「なるとわかってても、箱の説明通りに野菜を切って煮込んでルーを入れれば出来上がるものだからこそ、アレンジしたくなるし、しがいがあるわけじゃん」

「え、もしかしてやったの?」


 俺は少し怯えながら遥香を見た。

 あんな話を得意げにしたあとなもんだから、当然だ。


 さっき彼女が作ってくれたカレー。

 そんな凝ったものを入れているようには見えなかった。俺はちゃんとじゃがいもをむいたりして一緒に作ったのだ。



照道てるみち的にはさ、カレーのアレンジってどこからスタンダードをはずれるわけ?」

 ニコニコと遥香は言う。……こわい。俺はますます縮こまる。



「えっと、最終的にはさ、おいしければさ」

「工夫してみてるのに、ザッツスタンダードっていうのもさ、なんかおもしろくないよね」

「え、いやそれはさ、俺の馬鹿舌がさ」

「カレールーを2種類入れてみるのは、照道的にはアリなわけ?」

「あっそれはさ! それは断然ありだよ!」

 俺は内心ホッとしながら声を上げた。



「カレールーって、結構味違うじゃん! さっきも言ったけどさ、ルーを変えてみて味の違いを比べるのって、カレーの楽しみじゃん! 俺もそう言うの調べたんだよ、おすすめの組み合わせとかネットに乗ってたし。好みってあるからさ、この辛さとこのまろやかさほしいなみたいな、好みのブレンド見つけるのって工夫だし、楽しいじゃん」


「ちなみに、これはあえて甘みの強めりんごとはちみつのあれと、辛いの強めのスパイシー系のあれを混ぜてみてるの」

「あーなるほどな、道理でちょっと辛めだけど辛すぎない、その後ろにどこかほんのりフルーティーな甘味が」

「テレビの食レポか」

 遥香はケタケタ笑った。



「ビビった?」

「ビビったよ。俺の無知さと察しの悪さと観察眼のなさに!」

 もう二度と何かを偉そうぶって話すまい。

「それとね」

 遥香はにっこり笑った。



「子供の頃からお母さんがやってて、私もなんとなくずっとやってるんだけど」

 俺は内心ビクっとした。なんなら体もビクッとしたかもしれない。

 これはまずい。これはよくない。


 ルーの話とは次元が違う。



「………もしかしてだけどもしかしてだけど」

 家庭の味を否定してしまった……かもしれない。けれど俺は平静を装う。ここで焦ってはいけない。「うん?」

 遥香は穏やかな声で返してきた。



「何か、お入れになりましたか……? 胸焼けしないので何もないのかと……」

「何その胸焼けバロメーター」

 彼女はにっこり笑ったままで、淡々と続けた。



「いつも仕上げに少しだけ醤油をたらすの」

「えっ」

 俺は驚きと動揺と拍子抜けとで食い気味に声を上げた。


「醤油はありだろ! それはありだろ!」

「声でか」

「だって醤油は、カレー屋さんとかにもおいてあるじゃん。コクと深みがでるじゃん。胸焼けしないじゃん。なんならちょっと和風になるじゃん!」

「かけたことあるんだ」

「あるある、あるけどかけすぎて醤油の味になった」

「だからさ、照道がうまくいかないの、タイミングと量なんだよ」

「それは否定できない」

 遥香は、ニヒヒと笑った。



「ビビった?」

「……ビビった」

 公の場で議論してはならないことに付け加えたい。卵焼きに何をかけるかに次いで、エントリーしたい。カレーの隠し味に何を入れるか。



「で?」

「……で? とは?」

「君の作ったカレーがずっと食べたいわけ?」

「あっ」


 あっじゃねえ。俺、あっじゃねえ。

 しかし完全に遥香にペースを掴まれており、俺はもう自分が始めた話しながら、彼女にうながされるままにカクカクと頷いた。



「食べたいです」

「照道がジャガイモむいてくれるならね」

 わたし致命的にジャガイモむくの下手だから。と遥香は笑う。玉ねぎで目が痛くなるのは耐えられるのに、ジャガイモをむいてる姿はほんとあぶなっかしくて怖くなるのだ。


「もちろんだよ、一緒に食べてくれるんなら」

「そうね」

 遥香はカレーの最後の一匙を口に入れた。



「ずっと一緒にご飯作ったり、食べたりしたいね」

 これは。俺の意図が伝わったと思っていいのだろうか。

「それじゃあ、今度さ」

「うん、今度オイスターソース入れてみよう」

「……胸焼けしそう。じゃなくて」


 遥香はまた楽しそうに笑う。


「うん、今度、うちの実家の醤油カレー食べに行こう」






おわり

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