第11話 出陣前のお約束
「で、白浪小僧ってどんな人か、わかってるんですか?」
一応だけど、聞いてみた。実はどんな人か奉行所の方では突き止めているのかもしれない。けれど、
「ん? どんなやつかって? わかってたら苦労しねぇって。まったく尻尾を掴ませちゃくれねんだからよ」
「そうですよねっ」
帰ってきた言葉に、なんとなく私は安心してしまう。どうやらそれが伝わってしまったみたいだ。
「なんだか、わからねぇことが嬉しそうだな」
「え!? そ、そんなことないですよ。謎の存在なのがまたかっこいいなーとか思って」
「なんだそりゃあ。盗賊にかっこいいもなにもないだろ。ま、義賊とか言われて芝居まで作られてるくらい人気だもんなぁ。仕方ないか」
豊次さんからすればあまり愉快なことではないのか、ため息を吐いている。
「そうですよ。絶対に人は殺さないし、悪人のところにしか盗みには入らないっていうし」
そんな豊次さんに、私はふんっと鼻息を荒げてしまう。
「まあな。そんなこたぁ、俺も知ってるさ。けどなぁ。盗賊は盗賊だろ。俺たちとしては捕まえないわけにはいけねぇんだよ。上からも、盗賊一匹捕まえられねぇのかって言われるしよ」
「うわぁ、大変ですね」
「しかも、全く正体がわからないだろ。追うにしても困ってんだよ。本当に白浪みたいに現れては消えやがる」
「……正体ですか。きっと、いい人ですよ。だって、義賊なんですから」
「ははっ。おめぇさんらしいや。ただな、そうやって思わせておいてってこともあるからな。そう楽観もしていられねぇのよ」
「はぁ、そんなもんですかね」
「そんなもんなんだよ」
言ってから、豊次さんは付け足した。
「ま、俺も根っから悪いやつだとは思いたくねぇけどな。貧しいやつらが助かってるってのは本当のことだからよ」
「豊次さん……」
私はキラキラした目で豊次さんを見つめてしまう。やっぱり、この人は時代劇のヒーローだ。正義の人だ。
それに、白浪小僧だって絶対に正義の盗賊だ。だって、思いっきり怪我をさせた私のことを怒ったりもしなかった。それに、中身があの先生なんだから。多分。
でも、そういえば先生はどうして白浪小僧なんかやっているんだろう。なにか訳があったりするのかもしれない。
◇ ◇ ◇
がばり、と私は今日もみんなが寝静まった頃に起き上がった。
と言っても、実は初めて白浪小僧に会った日からは何日が経っている。続けてはさすがに無理だった。夜中まで起きていようと思ってもいつの間にか眠ってしまっていて、気付けば朝になっていた。
ちなみに私が寝ている間には白浪小僧は出なかった。先生も連日出ていては寝不足になってしまうに違いない。なにしろ、昼間の仕事もちゃんとやっているのだ。
もちろん、先生の態度にはいつもとなんの変わりもなかった。私にも普段通りに接してくる。だけど……、あの日以来、先生が眠そうにしていることはなかった。白浪小僧が出るイコール先生が眠そう、とかだったらすごくわかりやすい。だというのに、あれから白浪小僧が出ないのだからわからない。
私に見られたことで警戒して、白浪小僧として現れていない可能性もある。
だとしたら、もちろんこれはもう一度白浪小僧を探しに行くしかない。そして、今度は正体を確かめたい。白浪小僧をなんとかみつけて、こっそり後をついていけばあの頭巾を脱ぐところも見られるんじゃないだろうか。
今日、白浪小僧が出るかはわからない。
だが、私が歩けば事件に当たる。時代劇の世界なんだからそんなもんだ。多分。
というわけで、私はこの前と同じようにこそこそと部屋を抜け出した。
まではよかったのだが、
「そこでなにをしているんだい?」
「……!」
裏口から外に出ようとしていると、声を掛けられた。
「あああああああ、えっと……」
「美津?」
暗がりでわからなかったが、この声はおとっつぁんだ。そして、おとっつぁんも私の声に気付いたらしい。
「ちょっと厠に」
「いや、厠なら外に出なくてもいいだろう?」
「お、おとっつぁんはどうしてこんな時間に?」
「私もただ厠に行って部屋に戻ろうとしていただけなんだが、人影をみつけてね。まさか美津だとは思わなかったが……」
タイミングが悪すぎたらしい。
「それに、どうして厠に行くのに寝間着から着替えているんだい?」
「う」
それを突っ込まれるとなかなか困る。もちろんだが、当たり前におとっつぁんは寝間着姿だ。厠に行くだけなのだから当たり前だ。
この前はもしみつかったらどうしようかと思っていたが、今回は前に上手くいったこともあってすっかり油断していた。といっても、がんばって静かに動いてはいたつもりなのだが。
「あー、えっと」
「まさか、白浪小僧でも見に行こうと思っていたんじゃないだろうね」
「ぎくっ」
さすが、おとっつぁん。私のことをよくわかっている。
が、ここはなんとか誤魔化さなくては。
「違うよー。あ、あのね。私、一回夜泣き蕎麦を食べてみたくって。そう、夜鳴き蕎麦! だから、ちょっぴり行ってみようかなーって」
うん。我ながらナイス言い訳。か、な?
それに、夜鳴き蕎麦を一度食べてみたいというのも本当だ。仕事前にあの人がよく蕎麦をすすっている姿を思い出す。あの雰囲気も一度味わってみたい。
「美津……」
おとっつぁんが眉間にしわを寄せている。怖い顔が余計に怖くなる。
これは、怒っているのだろうか。
が、
「白浪小僧が出ているような、こんな時期に危ないだろう。それに、そうでなくても女の子が夜に一人歩きなんかしたら危ないじゃないか。しかも、わざわざこんな真夜中に行くことはないだろう。せめて、もう少し早い時間にしなさい」
やっぱり、おとっつぁんは心配性だった。そして、娘に甘かった。
「え、じゃあ、行ってもいいの?」
「でもなぁ、白浪小僧の一件が片付いてからじゃいけないのかい?」
「うー、早く行ってみたいんだよ-」
思わず口から出た言い訳だったが、段々夜鳴き蕎麦も気になってきた。それに、白浪小僧が出なくなってからでは意味がない。
私はもう一度、白浪小僧に会いたくて外に出ようと思っているのだ。
「ねぇねぇ、いいでしょ?」
甘えるように言ってみる。
「うーむ」
おとっつぁんが腕組みをしてうなっている。
これは、もう一押しなのではないだろうか。
なんだかんだ、おとっつぁんは娘の私に甘々なのだ。
「いいでしょ? おとっつぁん」
「うーむ。……それなら」
「え! いいの。じゃあ、いってきまー」
私はさっそく裏口を開けようとするが、
「これこれ、待ちなさい!」
「えー、これから行っていいんじゃないの?」
「一人で行くのは危ないと言っているじゃないか。それにこんな夜更けだよ」
「うー」
私はむくれる。
そんな私とは逆におとっつぁんは微笑む。
「いけないとは言っていないじゃないか」
「え」
「ただし、もう今日はやめておきなさい。もう少し早い時間なら……」
「行ってもいいの!?」
私は身を乗り出す。
今日行けないのは残念だが、おとっつぁんのお墨付きで夜に外に出られるのならありがたい。それなら、もうこそこそする必要はない。
それなら、明日にでも、と思っていると、
「ただし、それなら私も一緒に行くことにしよう。それなら少しは安心だろう」
「え」
「なんだい、その顔は。おとっつぁんと一緒では、嫌なのかい?」
おとっつぁんがちょっと傷ついたような顔をしている。これはいけない。
「そんなことないよっ! おとっつぁんと一緒、嬉しいなー」
少し棒読みになってしまったような気もするが、おとっつぁんの顔がパッと明るくなる。よかった。優しいおとっつぁんを傷つけたくはない。
ただ、おとっつぁんが一緒にいると白浪小僧が逃げていかないか心配だ。
なにしろ、顔が怖いし。
絶対に頭巾なんて取ってくれなさそうだ。
もし先生ならおとっつぁんの顔は知っているはずだが、夜見るとよけい怖いかもしれない。
が、外に出られないよりはいい、と思うことにしよう。
「ね、じゃあ。明日行く?」
早く行きたすぎて私が言うと、おとっつぁんが笑った。
「そんなに楽しみなのかい? なら、今日は早く寝なさい」
なんだか遠足前日の小学生みたいになっている。
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