義賊!? 白浪小僧現る!

第1話 義賊! 白浪小僧

 薄暗い芝居小屋の中、舞台の上にスポットライトが当たる。

 江戸時代のどこにスポットライトなんかがあるのか、とかいうツッコミは無しだ。だって、ここは江戸時代ではなく時代劇の世界なんだから。

 舞台上に作られた瓦屋根の上にいる、ほっかむりをした黒装束の男が明るいライトに照らし出される。


「よっ! 白浪小僧しらなみこぞうっ!」

「いい男っ!」


 客席から男に向かって歓声が飛ぶ。そして、拍手も湧き上がる。

 主役の登場に観客は興奮の渦だ。

 かくいう私も、


「よっ! 白浪小僧ー!」


 声を上げずにはいられない。

 これはあれだ。

 現代で言う発声上映。あれに似ている。

 声を出して応援しながら見た方が絶対楽しいやつだ。

 白浪小僧が更に明るく照らし出される。そして、


「あっ! 白浪小僧とは、俺のことよー」


 見得を切るようなポーズを取った。歓声と拍手が大きくなる。私も力の限り拍手する。だって、江戸中が熱狂しているあの白浪小僧が目の前にいるんだ。盛り上がるに決まっている。それがお芝居の中の役者さんであっても。

 舞台の上では白浪小僧が千両箱を肩に担いで走り出す。そこに御用提灯を持った捕り方たちが現れて白浪小僧を追い回す。白浪小僧はもちろん簡単に捕まったりしない。

 私は手に汗握って白浪小僧を見守る。

 白浪小僧は軽業のような動きで捕り方や岡っ引き、それに同心たちをかわして、ちょっとコミカルな感じで逃げ回る。

 観客席からは笑い声も上がっている。観客たちはもちろんみんな白浪小僧の味方だ。言うまでもなく私もなのだが。

 白浪小僧が捕まるなんてありえない。白浪小僧は当たり前のように逃げ切る。そして、さっきとは違う屋根の上(という設定でさっきと同じ場所)に辿り着くと千両箱を開ける。

 そして、


「そらよっ!」


 掛け声とともに、千両箱に入っている小判をばらまきはじめる。小判はキラキラと眩しい光を受けながら落ちていく。


「白浪小僧ー!」

「うちにも来とくれよー!」


 再び観客から白浪小僧に声が掛かる。


「おうよっ! 今日の夜はおめぇの長屋に行ってやるから、待ってな!」


 白浪小僧が叫ぶと、わっと歓声が上がった。


「おっと、また追っ手が来たようだぜ。またなっ!」


 舞台の袖から御用提灯を持った捕り方たちが走ってきて、白浪小僧が姿を消した。舞台が暗くなっていく。

 観客席からは拍手が上がる。もちろん、私も手が痛くなるくらい拍手した。

 客席が明るくなる。これでおしまいみたいだ。

 めでたしめでたし。

 それでも拍手は鳴り止まない。白浪小僧を観に来ている人たちの熱狂っぷりがひしひしと伝わってくる。

 誰も席を立ち上がらない。

 楽しすぎて、この場を離れたくない。

 夢の中にいるみたいだった。時代劇の中で時代劇を見ているような気分だ。興奮が冷めない。

 そんな私を、


「おい、美津」


 呼ぶ声がした。


「終わったんなら帰るぞ」


 隣の席に座っていた清太郎は、もう立ち上がっていた。

 見ると周りの席の人たちも、ぱらぱらと立ち上がって帰りはじめている。


「うん」


 名残惜しいけれど立ち上がる。舞台の上にはもう誰も出てくる様子はない。カーテンコールみたいなものは無いようだ。

 私は清太郎の方に向き直って言った。


「ありがとう! 清太郎のおかげだよ。チケット、じゃなかった木戸札きどふだなかなか取れなかったんでしょ?」


 木戸札というのは、私が今言ったとおり江戸時代で言うお芝居のチケットのことだ。白浪小僧が人気すぎて、このお芝居のチケットは現代で言うプラチナチケットになっている。それを清太郎は取ってくれたのだ。


「ああ」


 清太郎が照れたようにそっぽを向く。


「本当に見れてよかったよ。すっごく面白かった!」


 私は清太郎の手を両手で握ってぶんぶんと上下に振った。


「おおおおお、い」


 清太郎がなんだかおろおろしている。感謝を伝えたつもりなんだけど時代劇的にはおかしかっただろうか。

 私は清太郎から手を離す。

 そして、言った。


「名残惜しいけど帰ろうか」


 正直この空間から出たくない。もう少し、この楽しい気持ちを味わっていたい。だけど、段々と他の観客が出て行ってしまっている。そろそろ出た方がよさそうだ。


「そうだな」


 清太郎も残念そうな声で言った。清太郎も結構お芝居を楽しんでいたみたいだ。

 元々、私が行きたいといっていたところを清太郎が誘ってくれたお芝居だ。きっと清太郎も今日を楽しみにしていたに違いない。


「それにしても、みんな来れればよかったのにね」


 出口に向かって歩きながら、私は清太郎に話しかける。


「そうか?」

「でも、しょうがないよね。木戸札、二人分しか取れなかったんだから」

「ああ。二人分だって大変だったんだぞ」

「そうだったね」


 本当は弥吉とか豊次さんとか春ちゃんとか、それにおとっつぁんもみんな一緒に来られればよかったのになと思う。なにしろ、天下の白浪小僧。みんなが観たいお芝居だ。

 そう思うと、なおさら清太郎がこのチケットを取ってくれたのがすごいことだとわかる。


「本当にありがとう」

「わかりゃいいんだよ。わかりゃ。ほら、この辺、暗いから足下気をつけろよ」

「うん!」


 私は清太郎の言うとおり、足下に気をつけて歩く。


「いやぁ、面白かったなぁ」

「スカッとしたぜ」


 隣を歩いている人たちが口々に感想を言っている。みんな興奮冷めやらないみたいだ。


「ああ、うちにも来てくれないかねぇ。小判の一枚でも置いていってほしいもんだよ」


 一人が言って、どっと笑いが起こる。

 そして、


「本当に来て欲しいぜ」

「貧乏長屋に住んでりゃ、そのうち来てくれるんじゃねぇか?」

「あたしの家も長屋ではあるんだけどねぇ」

「白浪小僧は、中でも本当に困っている人たちのところにしか来てくれないらしいぜ」

「はぁ、本当に義賊ってやつだねぇ」

「てぇしたもんだ」


 話を聞いているだけでも白浪小僧の人気の高さがうかがえる。

 それにしても、だ。


「ねぇ、清太郎。私も貧乏長屋に引っ越した方がいいかなぁ。そうしたら、白浪小僧が来てくれるかもしれないし」

「馬鹿か。一応、大店のお嬢様だろ、お前。本気で言ってんのか?」


 私が言うと、清太郎があきれたようにため息を吐いてしまった。


「そっかぁ、残念。本物に会ってみたいんだけどなぁ……」

「芝居の役者じゃダメなのかよ」

「えー、役者さんもすごくよかったけど、本物にもやっぱり会ってみたいよ」


 私は胸の前でぐっと拳を握る。

 そう、白浪小僧。それは今、江戸の町を騒がせている盗賊だ。あまりに人気すぎて芝居にまでなってしまった。それを私たちは観に来ていたというわけだ。


「いや、危ないだろ。盗賊だぞ、盗賊」

「でも、義賊でしょ? 貧乏長屋に盗んだ小判を置いて行ってくれるって、さっきお芝居でもやってたよ。しかも、悪事を働いている大店にしか盗みには入らない。しかも、人を傷つけたり殺しをしたりは絶対にしない! 全然危なくないよ」

「いや、危ねぇよ。つか、誰も見てないんだからどんなヤツか、わからねぇだろ」

「それは、そうだけどさ」

「本当に危ねぇから、探しに行くとかやめろよ。美津はすぐに突っ走るから怖いんだよな」

「うー」


 完全に思考を読まれている。前のことで信用が無いのだろうか。それも仕方ないと言えばしかたないのだけど。

 でも、こんなの芝居だけで満足できるはずがない。時代劇の世界にやってきて、義賊が出ているというのにじっとしていられるわけがない。なんとしても一目見たくなってしまう。

 もちろん芝居は芝居ですごく楽しかったけれど、それとこれとは別だ。

 芝居小屋を出ると、すでに夕方だった。西日に目を細めていると、


「お嬢様!」


 私を呼ぶ声がした。


「弥吉! ずっと待ってたの?」


 芝居小屋の前でずっと待っていたらしい弥吉が、小走りに私に向かって走ってくる。


「げっ」


 清太郎は何か踏んだのか、変な声を出している。

 弥吉は私を見ると、パッと顔を輝かせた。


「お嬢様が心配で」

「もー、帰ってていいって言ったのに」


 行きも心配だからと弥吉がついてきた。


「旦那様にも頼まれていますので」

「あー、それはしょうがないか」


 おとっつぁんは心配性だ。

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