第31話 ラストっぽく締めてみるお美津であった
「お前とこうして初の墓参りに来るのも久しぶりだな、美津」
「うん」
久しぶりどころか記憶自体が無いけれど、私は頷いた。おとっつぁんが嬉しそうにしているから、それでいい。
空は晴れ渡って絶好のお墓参り日和だ。時代劇のラストシーンにふさわしい天気とも言う。
私はそんな空を仰ぐ。
文蔵さんの証言でおとっつぁんの疑いはすぐに晴れた。私もおとっつぁんも無事だったのは、あの状況を考えると夢みたいだ。正直、もうダメかと思った。
私がここにこうして無事でいられるのも、助けてくれたみんなのおかげだ。
生きててよかった。
だけど、こっちに転生したということは、向こうの私は馬に蹴られて死んでしまっている。
向こうのことを思い出さないではないけど、この世界もすっかりなじんでしまった。楓や家族は元気だろうか。考えるとちょっとさみしくなることがある。
だけど、今は隣にいるおとっつぁんが私の家族だ。
私はこの世界で生きている。
私はおっかさんのお墓に手を合わせる。
(一度も会ったことがないけど、私を産んでくれてありがとう)
こっちでのお母さん。一度会ってみたかった。
きっとおとっつぁんが大好きだった、おっかさん。
奉公先の主人に迫られても、おとっつぁんを選んだくらいだ。よっぽどラブラブだったに違いない。
目を開けると、おとっつぁんはまだ手を合わせていた。言いたいことが沢山あるんだと思う。
私は墓地の入り口に目を向ける。そこには供としてついてきている弥吉がいる。おとっつぁんは、本当に弥吉を奉公人として受け入れてくれた。弥吉の妹も、まだ奉公するような年でもないけれど店にいてもいいと言ってくれている。
本当によかった。
おとっつぁんが目を開ける。私を見た。そして、言った。
「美津が無事で本当によかった」
「それはおとっつぁんもだよ。おとっつぁんが連れて行かれたとき、本当に怖かったんだから」
「私は美津が本家の大黒屋に乗り込んでいったかもしれないと聞いて、肝が冷えたよ」
「だって、私がどうにかしなきゃって、おとっつぁんを助けなきゃって、そればっかり思って突っ走っちゃったんだよ」
「ああ、本当に美津はいい子に育ってくれたな。初にも、見せてやりたかったなぁ」
おとっつぁんが目を細めて、少しさみしそうに呟く。そして、
「ちょっと危なっかしいところがあるのが心配なんだがな。初はもう少しおしとやかだったんだが、美津はこんなにお転婆になってしまって」
私を見て苦笑いした。
「……お転婆」
お話の中でしか聞かないようなことを言われて思わず復唱してしまう。現代でも元気がありあまっているとかは言われたことがあったけど、それは初めて言われた。妙に新鮮だ。
「そうだ。文蔵様のことだけれどね」
「清太郎のおとっつぁん? どうなったの? まさか死罪なんてことは……」
「ああ、それは大丈夫だ」
「てことは、まさか島流しとか……」
時代劇の中で罪を犯した場合、結構ひどいことになる場合が多い。結局、文蔵さん自身はそこまで大きな罪を犯してはいなかったと、私は思う。清太郎のおとっつぁんだし、事情も聞いてしまったせいで、どうしても憎むことが出来ない。ただの悪人になら情状酌量の余地なんてないけれど、あそこで愛を出されてしまうとなんだか弱い。さすが時代劇。人情の世界だ。
そんなわけで、文蔵さんのことは出来れば穏便に済めばいいなと思ってしまう。
「文蔵様は自宅でしばらくの謹慎になったようなんだ。ひどい刑にならなくてよかったよ。そんなことは初も望んでいなかっただろうからね」
「そっかぁ」
ほっとして、一気に脱力した。おとっつぁんも本当に安堵しているようだった。人情補正でなんとかなってくれたみたいだ。本当によかった。
番頭のことは何も言わなかったので、私に言いたくないようなことになっているのかもしれない。あまり考えないでおこう。
「文蔵様が店に出られない間は、若旦那の清太郎が頑張って切り盛りしているようだよ」
「清太郎が!」
私が思わず叫ぶと、おとっつぁんが微笑んだ。
あの清太郎が頑張っていると聞くのはなんだか嬉しい。私が大沢池(?)で話したこともちょっぴり関係しているのだろうかと考えてしまった。が、それはきっとうぬぼれに違いない。
清太郎は元からきっと自分で考えていたんだと思う。それに比べて私は偉そうなことを言っておいて、店の中で特に何もやっていない。
「おし!」
私はぎゅっと拳を握る。
「どうしたんだい、美津」
「私もお店の手伝いするね!」
「手伝いと言ってもなぁ。それなら手習いでも初めてみちゃあどうだい?」
「手習い、かぁ。うんうん。それも楽しそうかな!」
この年で寺子屋とかどうかと思うけど、前の私のことだ。わがまま言ってろくに行っていなかったに違いない。
私が前向きに答えるとおとっつぁんが嬉しそうに頷いた。実は前から行ってほしかったのかもしれない。
ようやく不安に思っていたことが片付いたのだし、私も新しいことを初めてみたいと思っていた。寺子屋なんかに通うことにでもなれば、外に出るのも簡単になりそうだ。
時代劇の世界を満喫できるのはこれからだ。
今までは別の意味でかなり満喫してしまったから。
「じゃあ、また来るね。おっかさん」
墓石に挨拶して墓地を出ると、弥吉が待っていた。私を見るとぱっと笑顔になる。見えない尻尾をぱたぱたと振っているようにも見える。
あの事件があってから、弥吉は私から逃げなくなってくれた。それどころか、結構好かれているような気がする。
最初はすぐ逃げられていたから、かなり嬉しい。
◇ ◇ ◇
大黒屋に戻ってくると、店の前で清太郎が立っていた。
清太郎は私たちを見つけると、突然駆け寄ってきて土下座した。
「父のこと、ありがとうございます!」
「? ど、どうしたの、清太郎」
私は訳がわからず目を丸くして清太郎を見てしまう。
「いいんだよ」
逆におとっつぁんは全てを知っているように答えた。
「?」
「大変なことに巻き込んでしまったのに、父の罪が軽くなるように口添えしていただいたと聞いています。今回のことは本当に申し訳ありませんでした。息子の俺からも、謝罪します。許してもらえるとは思いませんが……」
「顔を上げておくれ」
おとっつぁんに言われて清太郎が顔を上げる。
「若旦那として頑張っていると聞いているよ。しっかりやりなさい」
ぽん、とおとっつぁんが清太郎の肩を叩いた。
「あ」
清太郎が、泣きそうな目でおとっつぁんを見上げる。
「ありがとうございます!」
「さ、行こうか、美津」
「あ、あの! 美津、さんにも話があるのですが!」
「私に?」
話の流れでなのか、清太郎の言い回しがいつもより改まっている。
「そうだったのかい? じゃあ、私は先に戻っているよ」
おとっつぁんは私たちを残して行ってしまった。私を残して行くということは、清太郎のことをちゃんと信用してくれているみたいだ。
清太郎はおとっつぁんの姿が見えなくなるまで頭を下げていた。そして、顔を上げて立ち上がった。
こんな風に謝れる清太郎はすごい。店を切り盛りしていることといい、なんだか突然大人になった気がする。
「あのさ、美津」
呼び方が戻った。態度も、今度は前と同じ清太郎だ。
「何? 話って」
だから、私も軽く答えることが出来た。
「いや、そのかっこ悪いとこ見せちまった後で、すまねぇんだけどよ。おめぇも一緒だったとは思わなくて、よ」
「かっこ悪い? もしかして、土下座のこと?」
「ああ」
決まり悪そうに清太郎が頬をかく。
「そんなことないよ!」
私は言った。そんな風に思わなかった。むしろ、
「ちゃんとお礼が言える人って、私はかっこいいと思った!」
「そ、そうか?」
清太郎が今度は照れくさそうに言う。
「そうだよ。それに、若旦那としてがんばってるのもすごいよ!」
「ありがとよ。それとな、その、お前にも迷惑ばかり掛けちまったからよ。本当に、すまなかった」
「いいよいいよ。だって、清太郎は私のこと守ってくれてたんだし。そりゃ、色々あったけどさ、清太郎が悪いわけじゃないんだから。あ、でも悪いこともちょびっとしてたか……。でもさ、今は清太郎の家の方が大変でしょ。大丈夫なの?」
「お前ってやつは……」
本気で心配して言っているのに、清太郎があきれたように笑う。
「で、だ。よかったら、お詫びにってわけじゃねぇけど……、芝居でも見に行かねぇか? 今、面白そうなのやってんだよ」
「え、芝居!? 行ってみたい!」
思ってもみなかった申し出に、私は身を乗り出してしまう。時代劇の中でやっている芝居なんて気になるに決まっている。
「よ、よし! それなら今から……」
清太郎が言ったときだった。
「よう、嬢ちゃん」
声を掛けられて振り向くと、そこには豊次さんが立っていた。今日はトヨさんでもなく、岡っ引きの格好でもなく、着流し姿の豊次さんだ。
「今日は非番なもんでな。こないだは大変だっただろ? 塞ぎ込んでちゃいけねぇと思って、気晴らしに両国橋にでも誘おうと思ったんだがな。ま、その顔を見ると心配はねぇようだが……。嬢ちゃんが喜びそうな見世物が沢山出てるぜ。どうだぃ?」
「あ、あう……」
こっちもめちゃくちゃ魅力的なお誘いだ。だけど、
「あの、今日は別で誘われてて」
「お、なんでぃ。先約があったのかぃ。まさか、その若旦那かぃ」
「おう、悪いかい」
清太郎が豊次さんをにらみ付ける。自分の父親をしょっ引かれた恨みだろうか。おとっつぁんに対する態度とは違いすぎる。
一応、豊次さんも文蔵さんのために色々取り計らってくれたと思うんだけど……。ヒーローだし、裏で色々やってくれたに違いない。誤解を解かなくては。
豊次さんもにらまれていい気分になるわけもないようで、笑って余裕のあるような顔をしながら意外と圧がすごい。
「ちょ、ちょっと清太郎」
私が清太郎を止めようとしていると、
「お嬢様」
「わっ!」
後ろから急に弥吉の声がして、私は飛び上がった。
「や、弥吉。まだそこにいたんだね……」
静かにしていてわからなかったけれど、ずっと後ろにいたらしい。おとっつぁんと一緒に店に入っていったかと思った。
「そういうことはまず旦那様に相談しませんと。何も言わずに出掛けたりしたら、また心配されますよ」
「あ、そっか、そうだよね」
すぐ私のことを心配するおとっつぁんだ。
「そういうことなので、それでは」
「わわっ、弥吉っ!?」
まだにらみ合っている二人を残して、ぐいぐいと弥吉が私の袖を引っ張る。弥吉がなんだか不機嫌そうなのは気のせいだろうか。二人と話している間、待たせていたことを怒っているに違いない。まさかずっと後ろで待っていたなんて思わなかったからしょうがない。
さっきは豊次さんの誘いを断ろうとしてしまったけれど、せっかく二人とも楽しそうなことに誘ってくれているのだから、三人でどっちも行ってしまうのもいい。
うん。いい考えだ。
弥吉もついて行くだろうか。四人ならきっと、もっと楽しい。それならたえちゃんも誘ってみよう。五人なら、もっともっと楽しい。
きっとおとっつぁんも許してくれるに違いない。
「あ、もしかしておとっつぁんも行くかな? 仕事忙しくて、ダメかなぁ」
「何の話ですか、お嬢様?」
首をひねる弥吉に、私は笑って答える。
「これから楽しいことがいっぱい待ってるって話!」
今度こそ時代劇の世界を満喫できると、期待に胸を膨らませるお美津であった。
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