第23話 私、ピンチになる

「えええええ? ちょっと待って。どういうこと?」


 本気で混乱する。


「蔵の鍵は閉まってたって、番頭さんが言ってたよ? 弥吉に出来るはず、なくない?」

「夜中に何度もこっそりと番頭さんの後をつけて、蔵の鍵の場所を確かめていたんです。昨日はそれを誰にも見つからないように使って……。と言っても、お嬢様には見られてしまったと思ったのですが……。鍵は、お嬢様と別れた後でそっと戻しておいたんです」

「えーーーー!」


 密室トリックではなかったらしい。


「……お嬢様は、本当においらを疑っていなかったんですね」

「当たり前だよ! 私が弥吉を疑うなんて。でも、なんで……」

「おいらは、こんな、こんなことをしてしまったのに。しようとしていたのに。みんなよくしてくれるのに、お嬢様がこんなに、優しくしてくれるのに……。おいらは……。こんな、こんな……」


 弥吉は拳をぎゅっと握りしめている。


「……おいらは、お嬢様を、この店の人たちを騙して……」

「騙す?」

「……おいら、本家の大黒屋から来たんです。無理矢理、連れてこられたんです」

「え。本家の、大黒屋?」


 こくり、と弥吉が頷く。


「本当はそっちの奉公人だってこと?」


 今度は、弥吉は首を横に振る。


「奉公人なんかじゃないです!」

「だったら、一体……」

「絶対に話すなって、言われてるけど……」

「話して、くれる?」

「でも……」


 弥吉は悩んでいるようだ。

 話すなと言われているだけで、こんなに悩むものだろうか。弥吉がなんの理由もなく、悪いことなんかするわけがない。

 だったら、


「もしかして、脅されてるの? まさか、だけど……」


 弥吉がすがるような目で、私を見た。


「お嬢様! 助けてください。助けて……」


 そう言って、弥吉が本当に私にすがりついてくる。私はそんな弥吉を抱き留めて、背中を優しくなでた。

 何かありそうだ。


「わかった」


 私は頷いた。

 きっとそれがおとっつぁんを助けることにも繋がる。


「……妹が、妹が人質に取られて、それで、この店の奉公人としてもぐりこんで、密売をしたように見せかけろって、そう、言われて……。おいらたち、みなしごで、拾われたときにはよかったと思ったんだ。親切な人もいるもんなんだって。だけど、だけど、あいつらは、そんなつもりじゃなかったんだ! おいら、こんなこと、したくなかったのに……、やるしかなくて……」

「……そんな」


 ぼろぼろと、弥吉が大粒の涙を流す。これまで、一人でどれだけ抱え込んでいたんだろう。全然気付いてあげられなかった。

 本家に行ったときに、弥吉はとても怖がっていた。その意味がやっとわかった。

 この店の奉公人たちとなかなか馴染めないと政七さんが言っていた。それもわかった気がする。

 ひどい秘密を抱え込んだままで弥吉は一人、苦しんでいた。

 守ってあげたいと思っていた。だけど、私は何も守れていなかった。


「……許さない」


 やり方が汚い。

 こんな子どもにひどいことをさせるなんて、許せない。

 のれん分けしたうちの店の方が繁昌しているのが気に入らないからって、ここまでしなくていい。


「私、行く」

「お嬢様?」


 こういう話は時代劇のヒーローが聞くものだ。困っている人の打ち明け話は、時代劇の大事なシーンだ。

 それを私が聞いてしまった。

 清太郎がおばあちゃんを突き飛ばしたときも、居合わせてしまったのは私だ。

 誰も助けに来ないなら、私が行く。

 おとっつぁんも、弥吉の妹も助ける。もちろん、目の前にいる弥吉も。

 みんな、助けたい。


「弥吉は、ここで待ってて。大丈夫、私がなんとかするから。もう怖いことなんてないからね」


 私は弥吉を安心させるように微笑む。

 そして、弥吉が止める声も聞かず、私は庭にある裏口から外へ飛び出した。

 本家の大黒屋の店主は、清太郎の父だ。そんなひどいことするはずない、と思いたかった。けれど、確かに弥吉が証言したのだ。




 ◇ ◇ ◇




「ええと、この辺……」


 勢いよく飛び出してきた私は、そろそろ本家の大黒屋に無事辿り着く、予定だ。

 この前政七さんと弥吉と一緒に来たばかりだから、なんとなくうろ覚えで道はわかっていた、はずだ。


「あ、あった!」


 大黒屋の看板が見えた。こっちはなんの騒ぎにもなっていない。普段通りに店は開いている。


「で、どうしよう。時代劇のヒーローみたいに武器とかないし、剣の達人でもないし、ものすごい忍びの技が使えるわけでもないし……、ええい! 行こう! おー!」


 私は気合いを入れる。

 何も考えないで飛び出してきてしまった。だけど、何もやらないで指をくわえて破滅に向かっていくよりはマシだと思う。

 文句の一つも言ってやろう。

 おとっつぁんを帰せと、冤罪を証明しろと、弥吉の妹を帰せと。

 私はもう真相を知っているのだと、言ってやろう。

 ずんずんと私は店先へと向かう。普通はこういうときヒーローなら庭の方から入ったりする。で、何故かそっちの方に悪人がいて『であえであえー』になったり、闇討ちしたりするわけだが。


「裏口から行った方がいいかな? 弥吉の妹もこっそり助け出せたりするかもしれないし。うーむ」


 悩んだ私が裏口に足を向けようとしたときだった。

 店先から誰かが顔を出した。


「あ」


 前にここに来たときに見た顔だ。店主に取り次いでもくれなかった番頭さんだ。


「お前は!」


 番頭さんが叫ぶ。


「え、私?」


 私が顔を覚えていたくらいだ。番頭さんだって、覚えていたに違いない、のだが。大店のお嬢様に向かっての呼び方ではない。

 番頭さんが後ろに目配せをしている。

 なんだか雲行きが怪しい。

 と、思ったときだった。

 頭の後ろに鈍い痛みが走った。


「……あ」


 何が起こったのかわからなくて、後ろを向こうとして……。

 私は意識を失った。




 ◇ ◇ ◇




「ん、むむ……」


 頭が痛かった。

 今は何時なんだろう。変な時間に起きると、頭が痛いことがある。それ、だろうか。

 伸びをしようとして、体が動かないことに気付く。

 おかしい。

 それに、なんだか体の下が固い。寝るときは、ちゃんと布団の上で寝るはずなのに。

 前に、うとうとしていて床に転がったまま寝ていたら、雪ちゃんに怒られた。それから気を付けていたのに、うっかりやってしまったのだろうか。

 でも、畳よりずっと固いし冷たい気がする。

 体が起こせない。


「んにゃ」


 寝ぼけながら目を開けると、


「んん?」


 そこは、私の部屋じゃなかった。

 私は周りを見回す。薄暗くてよく見えない。

 土の壁に、周りはなんだかごちゃごちゃと荷物が置かれている。どうやら土蔵の中のようだ。


「どこなの、ここ? ……あ」


 とりあえず立ち上がってここから出てみようと思って気付いた。私、手を縛られてる。


「うぉう。痛っ」


 立ち上がろうとしたら、ぐらりとバランスを崩して再び床に転がってしまった。ご丁寧に足まで縛られている。


「わ! なんだこれ」


 立ち上がれない。

 そういえば、時代劇だとこんな風に若い女性が捕まって、身動きを取れない状態にされているところは結構見たことがある。これは、結構危ない状態な気がする。

 猿ぐつわを噛まされていないだけマシではある。さすがにあれは苦しそうだ。

 少し離れたところにある扉は、きっちりと閉まっていた。あれは、外側から鍵が掛けてありそうだ。

 私は本家の大黒屋に行こうとしていたはずだ。ようやく辿り着いたら、番頭さんに見つかって、急に頭が痛くなって。というか、今も痛い。

 と、いうことは……。


「ハッ。私、後ろから殴られて捕まった!? どどど、どうしよう」


 私が一人パニックになっていると、がちゃり、と鍵が開く音がした。


「目が覚めたか」

「誰!?」


 扉が重々しくが開いて誰かが入ってくる。

 私はそちらをバッと見た。すごく、動きにくい。

 知らない人だった。なんだかすごく高そうな着物を着た、おとっつぁんと同じくらいの歳のおじさんだ。私のおとっつぁんは恰幅がいいのだけど、この人はどちらかと言えば痩せ型だ。それに、どこかで見たことがあるような顔をしている。だけど、わからない。

 なんて、思っていると、


「どうしますか、この娘」


 もう一人の男が土蔵に入ってきた。


「……あ」


 その顔には見覚えがあった。

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