第22話 推理無用
「鍵は閉まったまま……」
私は呟く。
やはり本当に荷物に紛れ込んでいて、気付かなかっただけだったのだろうか。
それなら、どうしてそんなものが荷物の中にあるタイミングで同心がこの店に踏み込んで来たりしたのだろう。
なんだか密室トリックのミステリーみたいになってきた。
「私、さっきは途中から来ちゃって。同心の人たちが来た時ってどんな感じだったんですか?」
「そう、ですね。突然のことだったので私も訳が分からず……。どこかから密告があったとかなんとか言っていたような気がします。それで、うちの店におかしなものなどあるわけがないと申し上げたのですが、どうしても見せろと蔵に踏み込まれてしまって」
怪しすぎる。
「密告って、一体誰が?」
「それは、私もわかりません。申し訳ありません、お嬢様。目の前にいた旦那様をお助けできませんでした」
番頭さんが落ち込んだように、肩を落とす。
「番頭さんは悪くないです。私も止められなかったし……」
「あそこでお嬢様まで連れて行かれたら大変でした。お嬢様だけでも無事で、よかったです。飛び出されたときには心配しました」
番頭さんが涙ぐむ。
だけど、本当にそれだけでよかったのだろうか。
「おとっつぁん、ちゃんと帰ってくるかな……」
「大丈夫ですよ、お嬢様。これは何かの間違いに決まっています」
番頭さんが安心させるように私に言う。だけど、不安そうな顔をしている。
番頭さんの言うとおり冤罪だとわかれば、きっと無事に帰してもらえる。だけど、これが元々仕組まれたものだとしたら……。
閉まっていたはずの蔵の鍵、無かったはずの鉄砲、タイミングよく現れた同心たち。
明らかに作為的だ。
「あれ? そういえば……」
昨日の夜、私は起きていた。しかも、結構遅い時間までお腹が空いたせいで寝付けなかった。そのせいで、寝起きはかなりぼんやりとしていたのだ。昨夜、誰かがあの鉄砲を運び入れたのなら、私が気付いてもよさそうなものだ。なにしろ、台所に行こうとして蔵の近くまで行っていた。
怪しいことなんか何も起こっていなかった、と思う。私が一人でお化けが出ないかびくびくしていたくらいだ。それと……、
「あ」
「お嬢様? どうされました?」
思わず声を上げた私の顔を、番頭さんが心配そうにのぞき込んでくる。
心当たりがあった。
私は周りを見回す。
昨夜、弥吉もあの蔵の近くまで行っていたはずだ。しかも、私よりも近付いていた。弥吉の方が何か見ている可能性がある。
あのときは何も言っていなかった。が、それと気付かずに怪しいものを目撃した、ということもあるかもしれない。
そういえば、今日は弥吉を見ていない。店先には今も奉公人たちが集っているが、弥吉の姿は見当たらない。この騒ぎが怖くてどこかに隠れているのだろうか。
弥吉を怖い目に遭わせたくはないから、奥の方に隠れていてくれた方がいい。怖いことがあると私の後ろに隠れるような子だ。
今も震えていないか心配だ。
無理に話を聞こうとしても、怖がらせてしまうかもしれない。けれど、おとっつぁんが捕まったままなのも困る。弥吉には悪いが、少しでも手掛かりが欲しい。
私は弥吉を探すために、店の奥へと向かった。
誰も追っては来なかった。おとっつぁんのことでショックを受けている私のことを、そっとしておいてくれようとしているに違いない。みんないい人たちだから。
◇ ◇ ◇
「弥吉ぃー! 弥吉ぃ? どこー?」
私は店の奥で弥吉の名前を呼ぶ。
どこかにいるはずだ。まさか、外にまで出ていることはないと思う。
奉公人部屋にはいなかった。
私は廊下に面した庭へと目を移す。こんなに探していないんだ。建物内にいるとは限らない。
縁側から踏み石に置かれた下駄を履いて、私は庭に出た。
そして、
「……こんなところにいたんだ」
木の陰に座っている弥吉を見つけた。体操座りみたいに膝を抱えて、弥吉はうずくまっている。
「弥吉」
名前を呼ぶと弥吉は、びくりと肩を震わせた。私が近付くと、弥吉はそろそろと顔を上げる。
「……お嬢様」
余程怖かったのか、声まで震えている。
「あの人たちは、もう帰ったよ」
同心たちがもういなくなったと言えば、少しは安心してくれるのではないかと思った。
「だから、もう大丈夫」
本当のことを言えば全然大丈夫じゃない。
おとっつぁんのことを思うと、今にも奉行所に走って行きたい。だけど、さっきの感じからすると絶対に門前払いされるに決まっている。
私なんか歯牙にも掛けていなかった。
少しでも弥吉が何か見ていてくれれば、おとっつぁんは無実だという訴えに説得力が出るはずだ。そうしたら、私の話も聞いてくれるかもしれない。
「あのね、弥吉に聞きたいことがあるんだけど」
私が問い掛けようとすると、再び体を震わせて弥吉は後ずさった。
「どうしたの?」
出来るだけ優しく聞こうとしても、弥吉は震えるばかりだ。私は一歩、弥吉に近付こうと足を踏み出そうとした。
たったそれだけで、弥吉はやはりびくりとする。
これではまともに話が出来そうにない。
「大丈夫? 弥吉?」
そっと手を伸ばしても、更に後ろに下がっていってしまう。
まるで、おびえた子犬みたいだ。
これ以上何か話しかけるのがかわいそうなくらいだ。普段の私ならここで引き下がってしまいそうだった。だが、今は少しだけでも話を聞いておきたかった。
何も見ていないのならそれはそれで構わない。また別の行動をすればいい。どうすればいいかわからないけど、それはまた考える。
とにかく、私が動かないとおとっつぁんを救えない。
「昨日の夜、蔵の近くにいたよね。あのとき、何か……」
怪しいものでも見なかった? と私は聞こうとした。
だが、私がそれを言い終わる前に、弥吉は叫ぶように言った。
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
「……え? ど、どうしたの?」
突然のことに驚いてしまう。弥吉を責めていたつもりはない。それなのに、弥吉にはそう聞こえていたのだろうか。
「ごめんなさい。ごめんなさい……」
弥吉の声は段々と掠れていく。弥吉は膝を抱えながら、ただ謝り続ける。
「弥吉?」
「ごめん、なさい……」
一旦、声が止んだかと思うと、弥吉の肩が小刻みに震えだした。小さくしゃくり上げるように、弥吉は泣いていた。
「……ごめん、なさい」
それでも弥吉の謝罪は続く。
そして、
「……おいらです。おいらのせいです」
「え?」
突然の言葉に、私は頭がついていかなかった。なんのことを言っているのかわからない。
「あのとき、おいらが蔵から出てくるところ、本当は見ていたんですよね。だから、すぐにおいらを探し、たんですよね……」
「え、どういうこと? 弥吉。何を言ってるの?」
「……え」
今度は弥吉がきょとんとした目で私を見た。その目は涙に濡れている。
弥吉はいつも自分のことを呼ぶときはわたしになっているのに今は、おいらだ。店に来る前はきっとそうだったのだろう。この店に来てから、自分のことをわたしと呼ぶように指導されているに違いない。今は、そこに気が回らないくらい混乱しているようだ。
「私はただ、弥吉が蔵の近くにいたから、誰か怪しい人影でも見たんじゃないかと、そう思って。弥吉のこと探してたんだよ。小さなことでも、おとっつぁんが助かる手掛かりになるんじゃないないかと思って、それで」
「お嬢様。おいらのこと、疑ってたんじゃ……」
「弥吉を疑うなんて、そんなこと考えてもなかったんだけど、え?」
「……う、あ」
弥吉は火のついたように泣き出す。
「……弥吉」
私はいてもたってもいられなくて、弥吉を抱きしめた。今度は、弥吉は逃げなかった。ただ、私に体を預けて泣いていた。
私は、弥吉が落ち着くまで背中を撫で続けた。私が子どもの頃に、お母さんがよくしてくれたみたいに。
ただ、弥吉が言ったことは引っ掛かった。
弥吉が悪い、とはどういうことなのだろう。蔵から出てきた、とは。
そんなところは見ていなかった。
しばらく抱きしめていると、弥吉は自分から体を離した。恥ずかしいのか、下を向いている。
「弥吉はお腹が空いてあの場所にいたんじゃないの?」
「……お嬢様。本当にそう思ってくれたんですか?」
「え、うん。そうだけど……、違った、の?」
「……ごめんなさい」
もう一度、弥吉は謝った。
「どうしたの、そんなに謝って。それに、弥吉のせいって、何?」
弥吉は顔を上げた。まだ涙に濡れた目で、私の目をじっと見る。そして、言った。
「おいら、です。鉄砲を蔵の中に忍ばせたのは、おいら……、なんです」
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