第21話 急転直下! おとっつぁんの危機!

 その日は朝から騒がしかった。夜中に眠れずに干し芋なんか食べていたから、寝覚めも悪く眠たかった。

 また清太郎でも来て騒いでいるのかと、私は眠い目をこすりながら店先へと向かった。この前話していた感じからして、もうあんなことはしないかとぼんやりと思っていた。今度は別の人でも来たのだろうか。

 私はふわぁとあくびをする。


「今度はなんだろ?」


 むにゃむにゃと呟きながら廊下を歩いていると、


「大変です! 美津様!」


 店先の方から雪ちゃんが走ってくるのが見えた。前に清太郎が怒鳴り込んで来た時よりも取り乱しているように見える。ずぼらな私でもないのに、珍しく髪まで乱れてしまっている。

 まさか、私が干し芋を勝手に食べたせいで騒ぎになっているなんてことはないと思う。ない、よね?

 とにかく眠気が吹っ飛ぶ慌てようだ。私は再び出そうになっていたあくびを飲み込んだ。


「どうしたの? 雪ちゃん」

「どうしたの、じゃないんです! 旦那様が……。旦那様が!」

「おとっつぁんが?」

「大変なんです! 奉行所からお役人様が来て、旦那様を……!」

「え!? どどど、どういうことと!?」


 完全に眠気が吹っ飛んだ。干し芋とか言ってる場合じゃなかった。


「旦那様が御禁制の鉄砲を密売してるとかで……」

「御禁制の……なに、それ」

「私も、よくわからなくて」


 急転直下の展開だ。まだ悪徳商人の店かもしれないと疑っていたときは、こういう展開があるかもしれないと心配していた。誰かがうちの店を陥れようと疑い始めてからも、考えてはいた。

 だけど、本当に覚悟できていたかと言われれば、出来てなんかいなかった。

 確かにそういう瓦版が出ていたことがあったけど、あれはでっち上げだという話だったのに……。


「……て、ことはまさか。この騒ぎはお役人様がおとっつぁんを連れて行こうとしてるってこと?」

「は、はい」


 雪ちゃんが頷く。


「で、でも、うちの旦那様が、そんなことをするはず、ございませんのに……!」


 雪ちゃんは目に涙を溜めている。そして、廊下にへたり込んでしまう。

 私は、がしっと雪ちゃんの肩を掴んでその目を見た。


「当たり前だよ」

「……美津様」

「うちのおとっつぁんがそんなこと、するはずがない」


 私の言葉に雪ちゃんが頷く。


「雪ちゃんは、ここにいて」


 泣いている雪ちゃんを置いていくのは嫌だけど、私は店先へと走った。


「美津様!」


 雪ちゃんが呼ぶけど、振り返っている場合じゃない。

 騒ぎが近付いてくる。


「もう調べはついているんだ! 神妙にお縄に付け!」


 店先からはテンプレな叫び声が聞こえてくる。けれど、これはテレビの向こうの話じゃないし、他人事じゃない。

 私は店先へと飛び出した。おとっつぁんはすでに数人の岡っ引きだか下っ引きだか、とにかくそんな男たちに囲まれて拘束されていた。


「おとっつぁん!」

「美津!」


 おとっつぁんが振り向きながら私の名前を呼ぶ。

 おとっつぁんの横には同心らしき人もいて、私を睨んだ。

 時代劇にはよくある構図だ。再放送なら平日は毎日見ていたような、テンプレの出来事だ。


「私は何もやっておりません!」

「なに言ってやがる。この店の蔵から鉄砲が見つかっただろう」


 抵抗するおとっつぁんに同心が詰め寄る。


「そんなものは、私は知りません」

「ああん。これが証拠だろうが!」


 同心が手に持っていたものをおとっつぁんの鼻先に突きつけた。


「……それは」


 それは、確かに鉄砲だった。実物は初めて見た。重々しそうなその姿。あんなもの、店の中で一度も見たことがない。

 こんなのなにかの間違いに決まっている。


「本当に知りません」

「まだシラを切るか! ええい! さっさとしょっ引け!」

「来い!」


 岡っ引きが乱暴におとっつぁんを引っ立てる。


「待ってください!」


 私は飛び出す。


「待ってください! おとっつぁんはやっていないと言っているじゃないですか!」

「あ? なんだおめぇは。引っ込んでろ!」


 勢いよく突進したのが悪かったのか、岡っ引きの袖の一降りで私は床にすっころんでしまった。


「美津! 美津に手出しは止めてください!」

「ああ? なら、とっとと歩け!」

「おとっつぁん!」


 自分の方が大変な目に遭っているのに、おとっつぁんが心配そうな目を私に向ける。そんな優しい人が捕まるなんて、おかしいに決まってる。

 私が立ち上がった時には、すでにおとっつぁんは外に連れていかれていた。

 朝っぱらからどうしてそんなに集まっているのか、ざわざわと騒がしい通行人たちが物珍しげに、その捕り物を見ている。


「おとっつぁーん!」


 本当にどこにこんなに人がいたんだと思うような人波で、私ははじき返されてしまった。

 どんな力が働いているのか、おとっつぁんに追い付けない。


「美津ー!」

「おとっつぁーん!」


 おとっつぁんが私を呼ぶ声が遠ざかっていく。


「なんで……、なんで追い付かないの!?」


 それどころか、


「危ねぇよっ」


 再び誰かにぶつかられて転んでしまう。


「うう……」


 私はなんだかボロボロになっていた。こういう場面だとなぜか追いすがっても追いつかないものだけれど、本当にそうなってしまったらしい。


「美津様、とりあえず戻りましょう」


 気付けば雪ちゃんが私の隣に立っていた。

 私は雪ちゃんに、連れられて店に戻る。

 戻った店先にいた奉公人たちも、何が起こったかわからない様子だった。


「旦那様が、そんな……」


 あのいつもしっかりしている番頭さんも、何をしていいかわからないように立ち尽くしていた。

 あまりのことに、みんなどうしていいかわからないみたいだ。当たり前だ。うちの店がこんなことになるなんて思ってもいなかったのだから。みんな、うちの大黒屋が真面目な店だと知っている。

 だけど、こんな時には不安になるに決まっている。

 私は……、


「なにかの間違いだよ!」


 叫んだ。

 それは、奉公人たちを落ち着かせるために。そして、自分自身に言い聞かせるために。


「……お嬢様」


 最初に口を開いたのは番頭さんだった。私はそちらを向く。そして、じっと番頭さんの顔を見た。


「一体、何が起こったのでしょう……」


 番頭さんは本当に何が起こったのかわからないといった顔をしている。その表情に嘘偽りはなさそうだ。

 私は少しほっとする。この人は、何もやっていない。

 実は時代劇ではこういう時、番頭さんが怪しいことが多い。店の外の誰とつるんでいたり、店主の奥さんと不倫したりして、店主を陥れようとしている番頭さんはよく登場する。そして、店主に罪を被せて自分がその座についてしまおうというとか、そういう筋書きだ。

 番頭さんが何もやっていないのなら、逆に、


「番頭さん、何か知ってます?」


 私は番頭さんに問い掛けた。

 おとっつぁんと仕事のことでよく話している番頭さんなら、何か知っているかもしれないと思ったからだ。このまま何も知らないままで泣き寝入りなんか出来ない。


「……いえ。私は何も」


 だが、番頭さんは首を横に振る。その言葉にも嘘偽りはなさそうだ。

 番頭さんは俯く。そして、首をひねった。


「おかしいのですよ。店の在庫はしっかりと管理されているはずなのです。いくら旦那様が陰で何かしようとされていたとしても、私どもが気付かないわけがないのです。あんな物が蔵の中から見つかること自体がおかしいのです。もっと別の場所に隠すのならわかるのですが……。もちろん、私は旦那様がそんなことをしていたとは思ってはおりませんよ!」


 どうやら、番頭さんはおとっつぁんのことを信じてくれているみたいだ。私に気を遣って言ってくれたのかもしれないが、こんな中で心強いと思える言葉だった。

 おとっつぁんが信頼されているのは嬉しい。


「それとも誰も知らないうちに荷物に紛れていたということもありえるのでしょうか? しかし、まさか、そんな……」

「うーん。荷物にそんな物が紛れてたらさすがに気付きそうですよねぇ。鉄砲が紛れてるなんて、一大事だし……」


 私も首をひねる。

 時代劇の中でも鉄砲の密売や密造は大事だ。


「だとしたら、夜のうちに誰かが荷物の中に紛れ込ませた、とか?」

「それはありえません。昨日も蔵に鍵にはしっかりと鍵が掛かっていたはずです」

「それは、番頭さんが?」

「はい、昨日は私が蔵の鍵を掛けました。朝見たときにも、蔵の鍵はしっかりと閉まったままでした」

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