第19話 先のことはわからねぇ
しかし、この池のほとりは都合よく人も通らないしロケーションもいいし、話をするには最高の場所だ。さすがよくしみじみと話をするシーンで使われているだけある。
たまにどざえもんが上がったりもする場所としても使われるけど、それはご愛敬だ。
おばあさんの話はついたとして、今度は本家の大黒屋の情報でも聞こうかと思っているのだが。さすがに面と向かって、
『清太郎のおとっつぁんって悪徳商人だったりする? で、私の店のことを逆恨みして陥れようとかしちゃってるー?』
なんて、明るく聞けない。もちろん、明るくじゃなくても聞けない。
とりあえずここは、
「最近、お店の方はどう?」
「は?」
明日の天気でも聞くように聞いてしまった私だったが、どうやら蜂の巣をつついてしまったようだ。一瞬で清太郎の顔が険しくなる。
「知らねぇよ」
「えー、自分の店でしょ?」
「俺の店じゃねぇよ」
清太郎は吐き捨てる。
「お前のところはいいよな。うまくいっててよ。こっちなんて落ち目だぜ。お前も知ってるだろ? なのに当たり前のように俺が店を継げとか言ってくるんだぜ? クソ食らえだ」
「……うーん」
確かに、うちの店にお客さんも取られてしまっているみたいだし、店の中も暗くて活気がなかった。
「でも、清太郎だってお手伝いしてるでしょ」
「……お手伝い?」
「ほら、うちの店に取り立てに来たり」
「あれがお手伝いって言えるような可愛いもんか?」
清太郎が鼻で笑う。
「しかも、最近はろくでもないことしてるしよ」
「ろくでもないこと?」
「な、なんでもねぇよ。それより、もう話は終わったんだよな。子犬のこと、誰にも話すなよ。なんだか、久しぶりに話したな。……じゃあな」
「ちょっと待ってよ。まだ全然話してないよっ」
行ってしまおうとする清太郎の腕を、私はがしっとつかむ。その、ろくでもないこと、というのはまさかうちの店を陥れるための何かだったりするんじゃないだろうか。
聞いたところで素直に答えてなんかくれないに決まっている。けど、清太郎はもし何か知っていても悪事を行うことを、いいことだとは考えてはいないのではないかと、私は思う。だって、こうして話していると根っから悪いやつには思えない。
「なななな、なにすんだよっ」
清太郎が私の腕を振り払った。
「あ、ごめん。いきなり掴んで」
「なんか変だぞ、お前」
「え、そう? あはは」
さすが幼馴染みだ。人格が変わったことに気付いただろうか。
「なんか、こんなに話してると昔みたいっつーか……。最近、顔会わせることもなかったし、合わせたところでお前、ツンとして話もしなかっただろ? ま、俺もだけどよ。ま、店同士のこともあるし仕方ねぇか」
「あ、そっちか」
子どもの頃仲良くしていたというのは本当だったらしい。ここは、本当のことを言っておいた方がこじれないかもしれない。
「実は私、この前ちょっと頭打っちゃって。前のこと結構忘れちゃってて」
へへ、と私は笑ってみせる。
「なんだよ、それ。見せてみろ」
「え」
清太郎は私の頭を確認する。
「結ってあるせいで、わかんねぇな。大丈夫なのか?」
「う、うん」
まさか心配してくれるとは思わなかった。
「全く、お前って昔からそそっかしいところがあるからな」
私には昔のことはわからないけれど、きっと元々こんな風にやりとりしていた仲だったのだと思う。それにしても、前の私も結構そそっかしかったのか。性格は全然違うのかもしれないけど、ちょっと親近感が湧く。
やれやれ、とため息を吐いてから、我に返ったように清太郎はそっぽを向いた。
「ありがとう」
やっぱり、悪いやつじゃない。
「ね、そんなに継ぎたくないくらい嫌な店なの? だったら、無理に継がなくてもいいんじゃない?」
もし、清太郎が悪人じゃないとしたら、無理に継がずに平和に暮らして欲しい。
「は? そんなこと出来るわけねぇだろ」
清太郎が私を馬鹿にするように笑う。意外と、真面目というかなんというか。
「そうかな。別にいいんじゃないかな。若旦那なんてやめて、好きなことしても、さ。ほら、よくあるでしょ、家を飛び出して棒手振から始めるとか! 裏長屋に住んで内職したりとかさ。で、井戸端会議してるおばちゃんに捕まってあまったおかずもらったりして。うんうん、なかなか楽しそうじゃない?」
「なに言ってんだ、お前……」
しまった。妄想が爆発してしまった。
清太郎が呆れた顔をして私を見ている。
こういう話はたまにあるけど、よくあるパターンだと許されない恋とかして、二人で貧しいけれど幸せな暮らし、みたいな感じな話になることが多いやつだ。もちろん、その後、店から二人を連れ戻しに来たり事件に巻き込まれたりする。
なんて、更に妄想を膨らませていたら、
「変なやつだな。そんなこと言うやつだっけ? つーか、他のやつにもそんなこと言われたことねぇよ。店を継がなくていいなんてよ」
なぜか、清太郎が笑っていた。しかも、さっきまなんだか難しそうな顔をしていたのに今はちょっぴり嬉しそうに笑っている。
「そうかな? 思ったことを言っただけだけど」
「おめぇは気楽でいいよな」
「えー」
急に馬鹿にするような口調に戻る。が、なんだかくだけた感じだ。
「そういうおめぇはどうなんだよ。店のこと、なんか考えてるのか? おめぇだって、あの店の一人娘だろ。婿を取るとか、言われてねぇのか? 勝手に決められて進められるなんて嫌だろ、そういうの」
「あ」
こっちに話を振られて、気付いた。
「なんにも考えてない」
「はぁ?」
まだこっちに来てから日が経っていないし、色々あったし、本気で何も考えていなかった。何も言われてもなかったし。
確かに大店の一人娘の場合だと、大体誰かを婿にして店を継いでもらうことが時代劇では多かった。それで悪いやつに店を乗っ取られそうになるとかもある。
転生する前も特にまだ何も決めていなかったから、今そんなことを急に決めろと言われても難しい。
あのおとっつぁんのことだ。私がそれは嫌だと言ったら、好きなことをさせてくれそうな気もする。どうなんだろう。
「人に言っといてなんなんだよ、お前は。変なやつだな」
清太郎がやれやれといった感じで、ため息を吐く。
「ごめんごめん。偉そうに言える立場じゃなかったね」
あはは、と私は笑って謝る。だけど、
「でもさ、将来なんてまだ決まってないんだよ。私たち、まだ若いんだし!」
普通ならこの歳ではまだ、未来は自由に決めていいととか、よく先生とか親に言われていたから、それっぽく言ってしまった。
「まったく」
困った人を見るように、清太郎が苦笑いする。これは、呆れられている。
「だけど……」
清太郎が何かを言いかけて、止めた。途中で止められると気になるのが人情というものだ。
「なになに?」
「なんでもねぇよ」
「気になるよ」
「しつけぇよ!」
ずいずいと迫っても、清太郎は答えてくれない。
こうしていると、やっぱり清太郎は私と同い年くらいの普通の男の子だ。店に何かあったとしても、清太郎がなにかしているとは思えない。思いたくなくなってくる。
将来のことを考えて悩んでいるような、どこにでもいるような男の子なんだから。
今は政七さんも弥吉も待っているから、そんなにゆっくりは出来ない。だけど、またゆっくり話してみたい。同じ大店の子ども同士色々話したいことがありそうだ。
◇ ◇ ◇
私が茶屋に戻ると政七さんは驚きながらも、無事に戻ったことを喜んでいた。
特に何も危ないことが無かったのだから、そんなに心配することもないと思ってしまう私なのだが。
弥吉は私が戻ってから、店に戻るまでぴったりと後ろからついてきた。
清太郎はと言うと、茶屋が見えるところまでは一緒にいて、政七さんたちに気付かれないうちにどこかに行ってしまった。もしかしたら、心配して送ってくれたのかもしれない。
みんな心配性だ。
確かに、私はすぐ迷子になるから仕方ないけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます