第13話 正体がバレたのは豊次?

「シロ?」


 私は首を傾げる。

 シロ。しろ。白。

 刑事ドラマなんかでよく聞く言葉だ。ニュアンス的にそんな感じだった。

 あまりに小さな声だったから、聞き間違いかもしれない。そんな言葉、あまり日常会話で使う人はいない。


「ううん。なんでもないわ」


 トヨさんが誤魔化すみたいに笑う。

 なにか、怪しい。


「あ、そういえば」


 トヨさんがポン、と手を打った。

 更に怪しい。

 トヨさんが、ごそごそと荷物の中から何かを取り出す。紙のようだ。


「……それって」


 私の目が、ソレに釘付けになる。

 この前の瓦版だ。

 うちの店がおかしな取引をしているとか書かれていたやつ。

 あの時は、政七さんに無理矢理その場を離れさせられてしまったので見ることが出来なかった。


「どうしてこれを?」

「たまたま通りを歩いていたら、こんなものを売っている瓦版屋がいてね。思わず買ってしまったのよ」

「見せてください!」


 トヨさんの返事を待たずに、私は瓦版をひったくるように取ってしまった。申し訳ないと思ったが、早く見たい気持ちの方が勝った。


「ごめんなさいね。こんなもの。ただ、美津ちゃんの店のことが書かれていたでしょう? だから私も気になって」

「前にこれを売っている瓦版売りを見て、気になってたんです。その時には読めなくて。むしろありがたいです」


 なんだかんだと以前のこともあってか、私には甘くて箱入り娘のように扱う人たちだ。政七さんが見せてくれなかったように、他の奉公人に聞いてもこんなものは私の目に入らないようにするに違いない。心配させたくないとか、教育に悪いとか言われそうだ。

 トヨさんが持ってきてくれて助かった。


「よかった。読めそう」


 本当の江戸時代なら古文書のような絶対読めない字に決まっているが、そこは時代劇だ。ご親切に元現代人の私でも読める瓦版になっていた。

 内容はひどいものだった。週刊誌のような憶測で書かれた記事だった。ただ、うちの店が悪いことをしていると言わんばかりのものだ。


「なにこれ、ひどい」

「でしょう?」


 トヨさんもため息を吐く。


「いつもひどいものばかり売っている信頼できない瓦版売りの瓦版だからねぇ。みんな暇つぶしに買ってるだけだと思うわよ。いるのよ、そういうタチの悪い奴がね。話題なんてなんでもよくて、興味を引いて売れればいいってヤツよ」

「むうう」


 私は唸ってしまう。

 確か、政七さんも同じようなことを言っていたはずだ。


「けど、なんでうちの店が? いい話題になるとでも思ったのかな……」


 それにしても、ひどい。

 現代だったら誹謗中傷で訴えることが出来そうなものだ。だが、ここは一応時代劇の世界とはいえ江戸時代だ。やられ損の泣き寝入りで終わってしまうのだろうか。


「そうね。確かに、抜け荷なんてやっているとしたら、奉行所も動く大事よ。でっち上げでおもしろおかしく書いたのかもしれないわ。瓦版さえ売れればいいって考えでね」

「そんな」

「けど……」


 今度はトヨさんが、ふうむと唸った。


「美津ちゃん」


 トヨさんが私の目を真っ直ぐに見る。


「は、はい!」


 その真剣な目に、私は思わず姿勢を正した。オネエさんモードの時はなんとなく警戒を解いてしまうが、この人はあの豊次さんなんだなと認識してしまうと緊張する。


「本当にあなたのおとっつぁんは何も悪いことはしていないのよね」

「だと、思います」


 ハッキリとは私もわからない。


「……というか、そう思いたいです。最近になってやっと優しいおとっつぁんなんじゃないかと思えてきたのに、それに奉公人のみんなだっていい人たちだし……。ここが悪徳商人の店だなんて思いたくなくて」

「悪徳商人って、あなた……」


 一応そこにツッコんでから、トヨさんは言った。


「だとしたら、あの瓦版はなんなのかしらね?」


 そして、首をひねる。


「あ、そうか」


 ハッと、私は気付いた。


「もしかして、うちの店を陥れようとしている人がいる?」


 こくり、とトヨさんが頷く。

 考えてみればわかる。


「あの瓦版は、裏で手を引いてる誰かがいるってこと? うちの評判を落とそうとしてるとか」

「そうかもしれないわね。でなければ、わざわざなんの疑いも無い店のことを名指しで悪く言うことはないもの」

「そんなの、許せない」


 ぐぎぎ、と私は歯がみする。


「どこのどいつだ!」

「あらあら、あなたって時々大店のお嬢様とは思えないわねぇ」


 トヨさんが笑う。


「いやいや、笑い事じゃないっすよ!」


 もし、うちの店を陥れようとしている誰かが存在しているとすれば、だ。せっかく悪徳商人の店ではなさそうだとわかって破滅フラグ回避かと思ったのに、今度は別のヤバいフラグが立ってしまう。


「どうしよう。うちの店が変な事件にでも巻き込まれたら……。ううー」


 私は頭を抱える。そんな私に、


「大丈夫よ。ほら、出来た」


 ポン、と終わりの合図のようにトヨさんが頭を軽く叩いた。叩いたと言ってもとても優しく、だ。

 話ながらいつの間にか髪まで整えてくれていたようだ。私は鏡をのぞく。


「わ、今回も可愛い」

「でしょう?」


 ふふん、とトヨさんは得意気に鼻を鳴らす。そんなトヨさんの顔を見ていると少しだけ落ち着いた。


「まだ、そうと決まったわけではないでしょ? 本当にただのでっち上げって可能性もあるんだし。それでも心配なら、ね。アタシにまた話してちょうだい。話を聞くだけなら私にだって出来るもの。お役に立つかはわからないけどね」

「トヨさん……」


 私はちょっと涙ぐんでトヨさんを見つめてしまった。


「そう言ってくれるだけで嬉しいです。だってだって、うちの店に何かあるかもしれないなんて相談できる人もいないし……」

「そうよねぇ。この店の中でそんなことを言うのも、いたずらに混乱を招くだけかもしれないものね。うん。あまり、人には話さない方がよさそうね。アタシも町を回っているときに、それとなく情報を集めてみるわ。何も無いってわかった方が美津ちゃんも安心するでしょう?」

「ありがとうございますっ!」


 本当に、本当にありがたかった。

 トヨさんの言うとおり、店の人たちにはこんな話出来ない。話が出来る人がいて、協力までしてくれるなんて、それだけで夢みたいだ。廻り髪結いなら情報を集めることだって得意そうだ。なにしろ、私ともこんなに色々なことを話しているくらいだ。


「って」


 そんなことを考えた途端に、私の中にある考えが浮かんだ。

 鏡越しにトヨさんの顔をうかがう。


「どうかした?」


 トヨさんも鏡越しに私の顔をのぞく。


「あ、いえ、なんでもないです」


 私の髪を結い終えたトヨさんは手際よく仕事道具を片付けている。

 仕事道具。

 それは、表では普通の髪を結う道具にすぎないのだが、実は……。

 などと考えて、私はふるふると首を振った。


「じゃあ、また来るわね。あんまり思い詰めないのよ」

「はーい。ありがとうございました」


 トヨさんが私の部屋を出て行く。


「……まさかね」


 トヨさんの廻り髪結いは実は表の仕事で、実は裏の顔があって、悪人を倒して廻っている、とか……。だとすると、廻り髪結いは情報収集をするにあたってあまりにもぴったりな仕事だ。


「いやいやいや」


 それはあまりにも時代劇すぎる。


「けど、さっきこの店はシロ、とか言ってたような。普通の人はそんなこと口に出したりしないし。ってことは、豊次さんは時代劇のヒーローだったりして? もしかして、あんなに明るく見えて、実はダークヒーロー? そんな、まさか……」


 でも、そうだったとしたら、


「うちの店のことはシロだってわかってくれたから、もう安心なのかな? それよりも……、もしそうなら萌え設定すぎる!」


 私は妄想しながら床をゴロゴロと転げ回ってしまた。

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