第10話 オネエさんの職人仕事

「で」


 こほんと、オネエさんが咳払いする。


「一応、髪は触らせてもらおうか」

「あ、はい。よろしくお願いします」


 そういえば、髪結いとして来ていたのだった。オネエさんは慣れた様子で道具を用意し始める。


「それにしても結構乱れてるな。まさか、自分で髪が結えねぇのかい?」

「はい!」


 本当のことなので私は勢いよく返事をした。


「なに堂々と言ってんだい。髪くらい自分で結えないと一人前じゃねぇだろ」

「そうですかね」


 さすがに時代劇好きだからと言って、髪の結い方までは知らなかったのだから仕方ない。


「ま、いいさ。最初がひどい方が、やりがいがあるってもんよ」


 オネエさんはさっさと準備をして私の髪をほどいて結い始めた。なるほど、そんな風になっていたのかと思わず感心する。正直、自分で出来る気はしない。

 鏡に向かってやっているので、鏡越しにオネエさんの姿が見える。

 現代でも美容師でオネエ系の人は結構いるイメージだ。私自身、そういう美容師に当たったことは無かったけれど、テレビなんかでは見たことがある。


「じっと俺の顔を見てどうしたぃ」

「あ」


 気付けば、オネエさんの顔をまじまじと見てしまっていたようだ。

 美容師といえば。


「話し相手になったりすることも多いんですか?」

「ん? ああ。そうだな。仕事柄、多いかもな」


 やはり、そういうところは今も昔も変わらないようだ。髪結い処が情報交換の場所になっていたとか、そういうのも聞いたことがある。最初のオネエさんのキャラなら、女性でも話しやすそうだ。


「それなら……」


 再び、オネエさんが咳払いして、


「そうねぇ。最近は天気がいいけど、どこかに出掛けたりしたかしら?」


 首をかしげる。


「うぉう!」


 思わず私は、歓声みたいな声を上げた。すごい変わり身だ。さっきまで格好はオネエさんでも色男に見えていたのに、話し方と仕草一つで女性っぽくなった。


「……すごい」

「そうぉ? うふふ」


 オネエさんが笑う。それもイヤらしくない、カラッとした笑いだ。


「アタシはお仕事でよく歩き回っているわよ」


 さっきの江戸っ子な話し方も格好良かったけれど、今のオネエさんな話し方も様になっている。さすがプロだ。切り替えがすごい。


「それが、初めて会ったとき私、迷子になってましたよね。あれのせいでまた迷子になるんじゃないかって心配されてるのか、なかなか外に出してもらえなくなっちゃって……」

「あらぁ、それは大変ね。引きこもってちゃ飽きるでしょ」

「それが、家の中でも色々あってそうでもなかったというか。外に出たくもあるんですが」

「あらあら、何かあったのかしら?」


 テンポのいい語りにつられて、私は思わず口が軽くなってしまう。

 気付けば、


「うちの店って、悪いことやってたりしてるんじゃないですかねー」

「んー、そうなのぉ? そうねぇ、最近そういう怪しい店があるとか聞いたことはあるけど」

「えっ、やっぱりそうなんですかっ!? 痛っ」

「こらこら、そんなに動かないで髪の毛が絡まるわよ」

「は、はい。うう、痛い」


 今まで誰にも言えなかったことをぶっちゃけてしまっていた。


「なぁに? 何か不安なことでもあるの?」

「うう。私、おとっつぁんが悪いことやってないか不安で。それにこの前も、大黒屋の本家? から若旦那が怒鳴り込みに来てたし……」

「ああ、あそこの若旦那ね。あんまりいい噂は聞かないわねぇ」

「やっぱり」


 どう見たってチンピラだった。


「けど、ここの店は特に悪い噂なんて聞いたことないわよ。アタシ、こんな仕事してるでしょ? だから、色んな人からそういう話も聞くのよ」

「なるほど」


 本当に現代の美容師と変わらないらしい。私も思わず色々話してしまったくらいだ。


「でも、娘のあなたが気になるって言うくらいだから、何かあるのかしらね?」


 オネエさんが首をひねる。


「うーん」


 ここまで言ってしまったら、お主も悪よのう、をやっていたことまで話してもいいだろうかと一瞬口を開きかけて、やめた。

 そこまではさすがに言えない。


「はい、出来たわよ」


 なんて、唸っていたらいつの間にか髪が綺麗になっていた。


「どうかしら?」

「おお。さすが!」

結綿ゆいわたにしてみたわよ」

「結綿?」

「ほら、島田髷しまだまげに鹿の子絞りの布が付いてるでしょ?」


 オネエさんが鏡を見せてくる。


「あ、本当だ。絞り染めの赤い布が付いてて可愛い」

「でしょう? 大黒屋のお嬢様だったらこれくらいお洒落しなさいよ」


 確かに時代劇でもいいところのお嬢様だと色々飾りが付いてて可愛かったりする。まあ、カツラだが。自分の髪で結ってあると思うとなかなか感慨深い。

 ちょんまげの方が好きすぎて女性の髪型には余り興味が無かった私でも、現代の結婚式の和装でよく聞く文金高島田くらいなら知っている。あれは高さがあって、こっちの普通の島田髷はあれより低くなっている感じだ。


「おー。すごい! 確かに可愛い! ありがとうございます! けど、自分で出来る気がしないです……」


 せっかく綺麗にしてもらっても、数日経ったらぐしゃぐしゃだ。


「大丈夫よ。大黒屋さんと契約してね。ちょこちょこ、ここに通うことになったから。ほら、月代なんて五日も剃らないとだらしなくなるでしょ。だから、店の人たちの髪結いを契約で引き受けることにしたのよね。奉公人がさっぱりしてると店の印象もいいでしょ? 私ってば腕がいいから見込まれちゃったのよ。だから、あなたの分も今度来たときにまた私がやるわ」

「ありがてぇ!」

「ふふ、喜んでくれるなら嬉しいわ。よかったらまた話しましょ」

「それは、はい。でも、さっきの話、あんまり他の人の前で言いふらされると……。一応私のおとっつぁんなんで、なにかあったら困るというか」


 今更だが少し不安になった。別のところで話されたりしたら私が危ないかもしれない。オネエさんは悪い噂を聞いたことがないと言ったけれど、私は怪しい現場を見てしまっている。

 オネエさんはそんな私を安心させるように言った。


「あー、そうね。大丈夫よ。さっきアタシのことも黙っていてくれるって言ってくれたじゃない。あなたが嫌ならアタシだって話さないわ。お互い様よ。それにそんな大変なことはぺらぺらと話さないわよぅ。この商売、信用第一だもの」


 オネエさんがにっこりと笑ったので、私は安心した。

 それと、また来てくれることにも安心した。店の中の人としか話していないと、外のことはよくわからない。

 オネエさんが来てくれて話してくれるのはありがたい。また次も外から見た店のことを聞けるかもしれない。


「あ、そうだ。オネエさん。名前、なんて言うんですか?」

「アタシ? 廻り髪結いでは、トヨってことになってるわ」

「トヨさん、お兄さんの方は?」

「そうねぇ、こっちの姿では教えないことにしてるんだけど、特別よ。その代わり、本当に私のこと秘密にしておいてね」

「もちろんです」


 うんうんと力一杯、私は頷く。


豊次とよじってんだ。よろしくな」

「はうっ」


 オネエさんの向こうに江戸っ子の豊次さんが見えて、私は心臓を打ち抜かれた。

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