第7話 あのシーンを見てしまったのは私

 雪ちゃんに真相を聞いてみれば、奉公人たちの態度の理由がわかった。訳もわからず私の顔を見て逃げるように行ってしまわれるのは困るけど、前の私の態度が原因だというのなら仕方ない。

 それでも、やっぱり逃げられてしまうのはさみしい。原因がわかっていれば私からなんとかすればいいだけの話だ。

 今は、


「おはようございます。お嬢様」

「番頭さん。おはようございます! みなさんもおはようございます!」

「お、おはようございます。お嬢様」

「……おはようございます」


 番頭さんも近くにいた奉公人たちも、私が挨拶すると返事をしてくれる。

 あれから毎日店の中を歩き回って話し掛けているうちに、少しずつ私から逃げないようになってくれた。

 やっぱり第一印象に限らず挨拶は大事だ。

 でも、


「あ、それ私も一緒に運びますよー」

「だ、駄目ですよ。お嬢様にそんなことはさせられませんっ」


 また断られてしまった。

 みんなにお嬢様扱いされて、この前の弥吉に限らず私には何もさせてくれない。このままでは体がなまってしまう。

 それに比べて、奉公人のみんなは今日も忙しそうに働いている。それはそれは、本当に忙しい店のように働いている。その様子はどう見たって、悪徳商人の店には見えない。最初は強面だと思っていた番頭さんも、仕事ぶりを見ているととても真面目そうな人だ。挨拶も毎日、面倒くさがりもせず返してくれる。

 もしかしたら、私がおとっつぁんの顔を見て勘違いしただけで、ここは悪徳商人の店でもなんでもなく、むしろ繁昌しているいい店なのかもしれない。

 ただ、あれからおとっつぁんと話す機会は全く無い。視線の先におとっつぁんを見つけても、すぐに姿を消してしまう。挨拶する隙も無く、だ。

 どうも、私を避けているように見える。


「やっぱり、私に隠していることがある?」


 首をひねっていた私の前を弥吉が横切る。急いでどこかに行くところのようだ。


「おはよう、弥吉」

「……おはようございます。お嬢様」

「忙しそうだね。どこ行くの」

「ちょっと、お使いに」

「そうなんだ。あ、そうだ。外に行くなら、ちょっとだけ待っててくれるかな」


 まだ恐る恐るな様子で頷く弥吉を見て。私はタッと駆け出すと自分の部屋に向かった。弥吉はまだ今の私に慣れてくれていないようだ。弥吉にも何かしたんだろうか、前の私。

 部屋につくと、私はタンスを開けて中をごそごそと探る。


「ええと、この辺に。……あった」


 部屋にいて、やることが無いときに色々と漁っていたのだ。もう自分の部屋のようにどこに何があるかはわかる。

 急いで戻ると、弥吉はその場でちゃんと待っていた。


「はい、これ」


 差しだそうとすると、弥吉は一瞬身を引いた。


「いやいや、攻撃とかじゃないから。手、出して」


 私が言うと今度はおずおずと手を出してくれた。弥吉の手に持っていた小銭を握らせる。


「……これは」

「少しだけど、屋台とかでなにか食べておいでよ。気分転換にさ」


 弥吉が手の中の小銭をそっと見る。


「……」


 そして、黙り込んでしまう。信じられないようなものを見る目で小銭を睨んでいる。前の私だったら絶対にしないことだっただろうから、怪しんでいるようだ。

 だから、


「あのさ、もし美味しそうなものがあったら、私にも少し買ってきてもらえると嬉しいな。いい? あ、これで足りるかな」


 言い足すと弥吉はようやく、こくんと頷いた。そうでも言わないと、受け取ってくれないような気がした。

 それに、本当にこれで足りるかはよく知らない。相場がよくわからない。小銭、と言っているが現代のお金ではなく早起きは三文の徳の、あの一文銭だ。

 確か、転生したばかりときに見た大通りには茶屋とか、屋台とかがあったはずだ。そういうところなら、お団子でも買えるに違いない。


「じゃあ、行ってらっしゃい」

「……行ってきます」


 ぱたぱたと手を振る私に、弥吉はそれだけを言うと、この前と同じように逃げるように走って行った。


「うーん。変だったかな?」


 弥吉くんを見ているとやっぱり小さいのに偉いなと思ってしまう。だから、ちょっぴりお小遣いとかあげたくなってしまったのだ。


「……これが、親心?」


 弥吉を見送って、私は自分の部屋に戻ることにした。その間にも奉公人とすれ違う。


「お疲れ様でーす」


 私が言うと、その奉公人はぺこりと頭を下げてすれ違う。少しだけ笑顔も見せてくれた。段々私もこの店になじんできたようで嬉しい。

 やはり、悪徳商人の店がこんなに和やかなはずがない。


「うんうん。やっぱり私の早とちりだったかな」


 それならそれで、この世界を楽しめばいい。

 足取り軽く、スキップでもしそうになってしまいながら歩いていた時だった。


「……こちら、お納めください」


 障子の向こうから聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 この声は、おとっつぁんだ。久しぶりに聞いた。

 しかし、これは、あまりにもアレなセリフなのだがまさか、と思っていたら、


「おお、これは。お主も悪よのう、大黒屋」

「いえいえ、お代官様ほどでは」

「……!?」


 続いて聞こえてきたセリフに私は思わず固まっていた。固まらずにはいられなかった。

 時代劇のあまりにも有名なテンプレセリフを、まさかリアルで聞く日が来ようとはさすがに想像していなかった。

 シルエットになって障子の向こうにいるのは、おとっつぁんともう一人、誰か。というか、お代官様だ。

 と、いうことは……。

 これは……、時代劇でよくある(実は実際にはあんまり無いけど、一般的にイメージとして定着している)あの会話ということで。

 なんでこんなに綺麗に映るのかと不思議に思うくらい、シルエットは綺麗に映っていて、どうやらお菓子の箱を開けているようだ。

 アレは、山吹色のお菓子に違いない。つまり、小判だ。もっとわかりやすく言えば賄賂。


「わかっておるのう、大黒屋。はははははは」

「ふふふふふ」


 これでもかというくらいの悪者笑いで二人が笑っている。

 あまりにも時代劇のワンシーンすぎて、私は思わず再び頬をつねる。こんなの夢かと思う。

 痛い。

 が、声を出すわけにはいかない。気配に気付いたが最後、曲者! とか叫ばれてなにか飛んでくる。そして、やられる。隠密ならともかく、私にそんなものは避けられない。

 そうこうしているうちに、どこかから足音が近付いてきた。奉公人の誰かだろうか。こんな会話を立ち聞きしているところを見られたらマズい。もし、この悪巧みに荷担している人だったら捕まってしまう。

 私はこそこそと足音を立てないように気を付けながら、その場を立ち去った。




 ◇ ◇ ◇




「ぶはぁ! なんだったの、今の」


 私は自分の部屋に入ってようやく息を吐き出した。見つかったらまずいと思って、息まで止めてしまっていたみたいだ。

 がくりと私は膝をつく。


「まさか……、本当に……うう」


 悪徳商人の店だというのは誤解で、本当はいい店なのではないかと思い直していたところだった。おとっつぁんだけで悪事を働いているというのは考え辛い。奉公人の全員ではなく、一部の人だけが関わっていると考えるのが妥当だろうか。

 けれど、雪ちゃんも政七さんも番頭さんも、それに弥吉も、他の奉公人のみんな普通のいい人たちで、悪人なんかに見えなかった。

 誰か一人でも関わっているとは思いたくない。あの悪役顔のおとっつぁんだって、この店の奉公人たちが信頼している人だ。いい人なのではないかと思い始めていたところだった。


「それなのに……」


 あんなシーンを見せられてしまったら……、確定だ。

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