第6話 聞き込み調査開始

「おとっつぁんてどんな人なんですか?」


 雪ちゃんだけではなく別の人にも聞いてみようと、私はおとっつぁんのことを聞いて回ることにした。本当のところどうなのかがわからないと対策の立てようもない。

 あれから数日寝かされていて、さすがに飽きていたのもある。そこで店の中をうろうろしていたら、たまたま政七さんを見つけて声を掛けているところだ。知っている顔だと安心だ。


「旦那様ですか? どうして急にそんなことを聞くんです?」

「なんとなく、どんな人か気になって」

「ああ、記憶がおかしくなっているから思い出したいということですか?」

「そんなところです」

「そうですね。私は立派な方だと思いますよ」


 本当は、悪徳商人なんですか? とかストレートに聞きたいところだが、それはさすがにおかしすぎる。店に怪しいところは無いかも気になるけど、それもいきなり聞けるようなことではない。

 本当にそうだったら、気付いてしまったのかとかいうことになって口封じに消されそうだ。

 考えただけでゾッとする。

 私を見たときのおとっつぁんの目を思い出す。あんなのは娘を見るような目ではなかった。時代劇だと娘を溺愛しているパターンもあったが、悪巧みの道具としか考えていないパターンもありえる。

 政七さんは立派な人だと言っているが、裏の顔を知らないだけかもしれない。上の方の人だけ知っているとか、そういうこともよくある。それに、もし知っていても正直に言うわけがない、とも思う。立派な人だと言うように脅されている可能性もある。

 私は政七さんの顔をじっと見る。


「お嬢様、どうされたんです。眉間に皺を寄せて。やはり、どこかお悪いのではないですか? 無理せず寝ていないと旦那様も心配されますよ」

「おとっつぁんが?」

「はい」


 政七さんが頷く。

 おとっつぁんが私のことを心配しているところを思い浮かべてみる。


「うーーーん」


 あの顔だと難しい。


「お嬢様?」

「なんでもないです。じゃあ、お仕事がんばってくださいねー」

「は、はぁ」


 あまり長々と聞いて何か探っていると怪しまれても困る。ぺこりと頭を下げて、その場を去ろうとすると政七さんが言った。


「あ、お嬢様! 外には出ないようにしてくださいね。この前のように迷子になられては困りますし、お身体だって万全では無いのですから」

「はーい。わかってまーす」


 あれ以来、どうやらかなり心配されているらしい。だが、私がここに転生する前はどうだったのかがよくわからない。前からこんな風に過保護というか、干渉がひどかったのだろうか。

 お嬢様なのだからどこかに出掛けるときに供がつくこと自体は、江戸時代なら普通なのはわかる。

 けれど、一人でぶらぶらと出掛けたくもある。せっかく時代劇っぽい世界に来ているのだから、色々と見てみたい。

 最初は異世界転生したっぽいことに動揺したけれど、引きこもっていると外に出たり色々したくなってしまう。

 だが、抜け出したことがあのおとっつぁんに知られたらどんなことになってしまうかわからない。


「とりあえずは、店の中で情報収集かなぁ」


 私は仕方なく呟いた。

 そして私はそこら辺にいる奉公人を捕まえて、おとっつぁんのことを聞いてみた。大店なだけあって、大勢の奉公人がいたので聞くのには困らなかった。遠くから私の顔を見てささっと逃げるように行ってしまった人もいたから捕まった人だけだ。その人たちは、きっと仕事が忙しかったのだろう。

 結果はあまり変わらなかった。政七さんと同じようなことを言うのだ。立派な旦那様、だと。

 ただ、一つ気になったことはある。みんなやけにびくびくしているということだ。しかも、私が話し掛けてもあまりいい顔をしない。顔を引きつらせて、体が今にも逃げだそうとしているような様子だった。

 更に、最後にお礼を言うとみんなびっくりしたような顔をするのだ。鳩が豆鉄砲を食らったような顔とでも言えばいいのだろうか。

 そして、みんな忙しそうにさっさと行ってしまう。もちろん、お嬢様に対する礼儀みたいなものは感じられるけれど、なんだか妙によそよそしい。

 やはり、なにか隠していたりするんだろうか。

 なんて、とぼとぼと歩いていると、


「あ」


 あの子がいた。

 入ったばかりの丁稚らしき子どもだ。掃除をしているみたいだ。丁稚の仕事は、店の雑用というにはどこかで見たことがある。

 どう見たって小学生くらいの子どもに見えるのに、働いているのは本当にすごいと思う。

 一生懸命ぞうきんがけをしている丁稚くんは、私が近付いても気付かない。


「お疲れ様、偉いね」

「!? お、お嬢様?」


 声を掛けると、丁稚くんは飛び上がらんばかりに驚いた。実際ちょっと飛んだかもしれない。

 ぴょって感じで。


「ごめんごめん。邪魔するつもりじゃなかったんだけど」

「あ、あの、ええと」

「ん?」


 突然声を掛けられてびっくりしているのか、丁稚くんは立ち上がってもじもじしている。邪魔をしてしまったみたいだ。だけど、なんだかそんな姿が可愛い。やっぱりまだ小さい子どもだ。


「あ、そうだ。君は名前なんていうの?」

「え? おいらの、じゃなくて、わたしの、ですか? お、お嬢様に覚えていただくほどの名前じゃ、ないんだけど。じゃなくて、ないんですが……」

「そんなことないよ」


 丁稚くんは下を向いてしまう。恥ずかしがり屋なのかもしれない。


「どうせなら名前で呼びたいしさ」

「……弥吉やきち


 私が言うと、ぼそりと呟くように教えてくれた。


「弥吉かぁ。なら、……弥きっちゃん?」

「……やめてください。弥吉で」

「お、おう」


 軽く言ったつもりだったのに、思ったより強く否定されて驚く。時代劇的にはいい感じの呼び方だと思ったのだが、ちゃん付けなんて子ども扱いっぽくて嫌だったのかもしれない。微妙なお年頃だ。

 現代なら弥吉君が普通だと思う。けど、君付けは幕末まで使われていなかったようだから、ここはそのまま呼ぶしかなさそうだ。


「弥吉は、掃除してたの?」


 再び無言で弥吉が頷く。

 やっぱり相当恥ずかしがり屋なようだ。それでも、他の奉公人みたいに逃げていかないところが嬉しい。


「ん? 桶の水が汚れてるね。私、かえてこようか」

「そ、そんなこと、お嬢様には、その、させられません」

「そう?」


 そういうところはしっかりと奉公人みたいだ。小さいのにしっかりしていてすごい。


「それくらい、いいよいいよ。今なら誰も見てないし」


 廊下には私と弥吉の他には誰もいない。私は、桶に手を伸ばす。これくらい手伝ってもバチは当たらないと思う。

 弥吉は私が持とうとした桶をひったくるようにして持ち上げると、足早に行ってしまった。


「ちょ、ちょっと、待っ……」


 声を掛けるが案外逃げ足が速くて、弥吉は廊下の向こうに消えてしまう。

 私はぽつんと取り残される。


「あ、おとっつぁんのこと聞くの忘れた」


 弥吉が行ってしまってから、聞こうとしていたことを思い出す。


「でも、ま、いっか」


 まだ入ったばかりだと思うし、まだ小さな子だ。聞いてもきっと何も知らないと思う。しかも、あの顔だけで怯えているかもしれない。わざわざ聞くこともないだろう。

 それにしても、あんな子どもにまで逃げられるのはちょっとさみしい。




 ◇ ◇ ◇




「わ、今日も美味しそう!」


 最近部屋で寝ているばかりでお腹が空いていなかったのだが、今日は店の中を歩き回ったお陰かいつもより腹ぺこだ。

 私は、雪ちゃんがいつものように並べてくれるお膳をわくわくと見つめていた。


「どうぞ」

「いっただっきまーす」


 いつも引き止めていたので、雪ちゃんは何も言わなくても食事の時には隣にいてくれるようになった。

 元気になったのに、おとっつぁんと一緒に食べるという話には全くならない。


「うん。今日も美味しい」

「よかったです」


 雪ちゃんが嬉しそうに微笑む。最近、雪ちゃんはよく笑ってくれるようになった。


「お嬢様が美味しそうに食べてくださるので、最近はとても作りがいがあります」

「だって、本当に美味しいから。ね、私って前もこうやって一人でご飯食べてたのかな」

「そうです。私を引き止めることもありませんでした」

「そうなんだ」


 さみしくなかったのだろうか、と思ってしまう。


「おとっつぁんは一緒に食べたりしなかったの?」

「旦那様ですか? 旦那様もお一人で食事をしています。旦那様と言えば、今日は他の方にも旦那様のことを聞いて回っていたそうですね」

「あ、うん。知ってたんだ」

「みんな、突然話し掛けられて何事かと思ったと言っていましたから。いきなりどうされたんですか?」

「あー、ちょっとどんな人なのか気になって、ね」

「そうなのですか」

「でもさ、聞いてよ。みんな私の顔を見るとすぐにどこかに行っちゃうんだよ。それに、なんだか迷惑そうで。忙しかったのかな。それならしょうがないけど」

「……」


 そこでなぜか雪ちゃんが黙り込む。


「……それなのですが。あの」


 言いにくそうに雪ちゃんが口籠もる。


「途中で止められると気になっちゃうんだけど」

「申し訳ありません。それは、その、皆、戸惑っているのだと思います」

「戸惑ってる?」


 ピンときた。

 おとっつぁんの悪事を隠していて、私に知られるのを恐れているに違いない。これは、怪しい匂いがしてきた。

 と、思ったら、


「お嬢様が奉公人に親しげに話し掛けるなど、今まで無かったことですから」

「あ、そっち!?」

「は、はい」


 驚きの声を上げる私に、雪ちゃんは申し訳なさそうに頷いた。


「前は私が奉公人に話し掛けるときって、どんな感じだったの?」


 前の私のことが気になって聞いてみる。


「そ、それは、その……」


 なんだか言い辛そうだ。


「いいよいいよ。正直に言って」

「では、あの。……ええと、私には、その、いつももたもたしていると言われたり、お食事をお持ちしても、お腹が空いていないと言われたり……、その、もっとツンとされていて話し掛け辛かったと言いますか」

「えー。雪ちゃんは全然もたもたしてないよ。むしろ、動きが丁寧で綺麗だし、それにいつも雪ちゃんのご飯を見るとお腹が鳴るくらいに美味しいのに」

「そ、そんな」


 雪ちゃんがおたおたしている。

 前の私は一体何を言ってしまっていたのだろうか。今の感じだと、かなり罵ってしまっていた気がする。以前の私に腹が立つ。一言何か言ってやりたいが、今は私が私なわけでどうにも出来ないのがもどかしい。


「てことは。他の奉公人にも同じように?」

「は、はい! も、申し訳ございません」


 雪ちゃんが深々と頭を下げる。

 理解した。

 以前の私がわがままできつい性格の典型的な高飛車お嬢様だったらしい。大店のお嬢様にはよくいるタイプだ。

 そんなお嬢様が突然親しく話し掛けてきたから、奉公人のみんながびっくりしたわけだ。以前の私、何してくれてるんだ。

 あのおとっつぁんにして、この娘ありということか。


「大丈夫だよ。むしろ今までごめんね。もうそんなことしないから。それに雪ちゃんが言ったことも全然気にしてないからいいよ」

「……お嬢様」


 顔を上げた雪ちゃんに、私はにっこりと笑う。だって、以前の私がどうであれ、今の私は雪ちゃんと仲良くしたいと思っている。


「それと、ずっとお嬢様って言われてると名前忘れそうだから、名前で呼んでくれるかな、雪ちゃん」

「お嬢様がそうおっしゃるなら。その、美津様?」

「うん!」


 様はいらないと思うけど、この際しょうがない。名前を呼ばれただけでも、少し仲良くなれた気がして嬉しい。まだ、ここでの名前は私の名前という気がしていなかったけど、呼ばれたらちょっぴり私の名前だと思える気がしてきた。


「最近、誰からも名前で呼ばれてなかったから、嬉しいな。『お嬢様』ばっかりでさ」

「そんな……。私でよかったら、呼ばせていただきます。美津様」

「ありがとう」


 感謝の言葉を伝えると、雪ちゃんは照れくさそうに微笑んでくれた。

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